盗賊とお宝と吟遊詩人 3



その頃、青の王都では視察と称して街をうろつくパックに、最強の竜騎士殿が見張り兼、護衛として付き添っていた。パックがなんとなく人の流れに乗って、街の広場の方に歩いて行くと、美しい竪琴の音色がそちらから流れて来る。
果たして広場の噴水の所で、旅の吟遊詩人が美しい歌声を、街の人々に披露していた。
「へぇ…“霧の8戦士の詩”だ。ちょっと聞いて行こうぜ、フラットレイ」
飛空艇がまだなかった時代、遠方で起きた出来事を人々に伝えるのは、彼ら吟遊詩人の役割だった。美しい調べにのせて語られる、王や騎士達の武勲や冒険譚、美しい姫君の恋物語、様々な喜劇や悲劇…。現在でも吟遊詩人達が街にやって来るのを、人々は常に心待ちにしている。
そして今、浪々とした声で吟遊詩人が歌い上げるのは、霧をこの大陸から消し去った8人の英雄の物語。霧の3大国全てを戦乱に巻き込んだブラネを背後で操っていたクジャを倒す為、勇者達はイーファの木と呼ばれる大樹に開いた異空間へと乗り込んで行く。それを助けるのはシド大公率いるリンドブルム艦隊と、アレクサンドリアの女将軍。そして何より飛来する銀竜の群れから艦隊を守り抜いたブルメシアの竜騎士達の活躍に、人々は聞き惚れている。
歌が終わると拍手喝采が起き、吟遊詩人の足元に置かれた帽子には、些少だが人々の心づくしのギルが次々に投げ込まれる。
「陛下。申し訳ありませんが、少々そこでお待ち頂けますか」
フラットレイが吟遊詩人に近寄ると、何事か交渉を始めた。吟遊詩人が二つ返事で頷くと、フラットレイはパックの元に戻って来た。
「何だ?」
「今宵、夕食の後で我が家で歌を披露してくれるよう、彼に頼んで来ました」
貴族や裕福な市民、流行りの宿屋や酒場などが、気に入った旅の吟遊詩人を家に招いて夕餉に侍らせ、代わりに宿と食事を提供するのは、ごくありふれた事だった。
「ふーん。じゃあ俺も今夜、久しぶりにフライヤの手料理を食べに行こうかなぁ」
完全にその気のパックに、フラットレイは笑顔を浮かべてこう言った。
「お忘れですか、陛下。今日の夕餉に女官長が、新作のデザートを陛下に披露するのだと張り切っていた事を。話を聞いた料理長も、ならばデザート以上に陛下の舌を唸らせる料理を作ってみせようと、思案していましたしね。陛下もずいぶん楽しみにされていたようですが、本当に宜しいのですか?」
「う゛……」
甘い物に目がないパックは、女官長が手ずから作るお菓子が何よりの大好物だった。その新作のデザートを棒に振っても良いのか?と問われれば、あきらめるより他はない。
実はパックが公務と称して遊びに出たきり、いつも夜遅くまで城に帰らない事を危惧した女官長がこの作戦を計画し、くれぐれもとフラットレイに頼み込んでいたのである。新作デザートに目がくらんだ脱走常習犯のお子様は、街を一通り回った後、大人しくフラットレイに城へと連行されて行った。


フライヤ達は夕刻前に王都に帰り着いた。ジタンが子供達の遊び相手をしている間に、フライヤは早速夕食の仕度に取りかかる。やがて王宮からフラットレイが帰って来て、賑やかな夕食を終える頃、約束通り吟遊詩人がクレセント家を訪れた。
「あーっ!! おまえはっ!!」
食事の間に現れた吟遊詩人を見た途端、ジタンが叫び声を上げる。
「これジタン、客人を指さすのは失礼であろう」
フライヤがぴしゃりとジタンの手を叩く。そして席を立つと吟遊詩人の前で会釈する。
「よう参られた、ギルバート殿。久しぶりじゃの」
「お久しぶりでございます、フライヤ様。今宵は夫君のお招きで、参上致しました」
ギルバートと呼ばれた吟遊詩人は、実に優雅な仕草で恭しくフライヤの前に膝を折る。
「おぬしフラットレイ様とは面識がないと思ったが、ようそれと判ったの」
「はい、ご夫君は国王陛下とご一緒におられましたので。…それに、我が詩に詠ったお方なれば、一目で」
このギルバートこそが“霧の8戦士の詩”を創った吟遊詩人だった。
ブルメシアとクレイラの神殿に古来から伝わる雅楽には、魔法に等しい奇跡を起こす力があるが、神殿の奥深く秘された奇跡の技を用いずとも、楽の音にはもう1つの魔力がある――人々を魅了し、心を酔わせる魔力が。ギルバートは当代で、その技に最も長けた吟遊詩人だった。
彼がジタン達8人の英雄譚を創ったのは、こんな経緯からだった。
シド大公とヒルダガルデ3号がイーファの樹から帰還した時、リンドブルム――いや霧の大陸全土では、霧の突然の消滅と、続く大地震で再び霧が世界を覆い、それと同時に無数の魔物が出現、そしてもう1度霧が消失したその原因について、様々な憶測と流言が人々の間で囁かれていた。この世の終わりだと嘆く者、そんな人々の不安を更に煽動する輩、果てには自分が霧を消滅させたのだと騙る贋勇者までが現れる始末。混乱に乗じての様々な犯罪も横行し始めていた。そこでシド大公は一計を案じ、真実を人々に広く伝える為に、魔物を避ける為リンドブルムの劇場街に長期滞在していたギルバートに依頼して、ジタン達の英雄譚を最高と呼ばれる吟遊詩人に歌わせたのだった。無論、歌にはテラやジェノム達、黒魔道士達の事などには触れられていない。
物語の中核を織りなすのは、アレクサンドリアの美姫と、その姫君自身の依頼で城から彼女を盗み出し、ついでに心までも盗んだタンタラスの役者との恋物語。これはヒルダ妃の発案で、エーコが大いに語ったおかげで、当代最高の吟遊詩人が自慢の甘い美声で浪々と歌い上げるジタンとガーネットの美しくも切ない恋物語と、恋人達の別れのシーンに、世の女性達はこぞって紅涙を振り絞った。そのロマンティックな歌は、後に帰還したジタンがそれを実際に聞いて、砂を吐いたまま石化した程である。
「あんたの恥ずかしい歌のせいで、俺は酷い目にあったんだからな!」
街で女の子に声を掛けたところで、特徴のある黄金の髪と尻尾のおかげですぐにジタンと知れ、貴方にはお綺麗な女王様がいるんでしょうと、あっさりフラれてしまう。そして年を召したおば様方に見つかれば、たちまち人垣が出来て珍しい愛玩動物か珍獣のごとき扱いを受け、果てにはガーネットとの事を根ほり葉ほり聞かれる始末。そんな受難の日々が長く続いている。
「良いではないか。ギルバート殿の歌で、アレクサンドリアの民の少なくとも半分は、おぬしとガーネットの味方ではないか。ガーネットと民の前であれ程派手な帰還をしておきながら、今更何を言うておる」
自分もジタンと同じ目に合いたくないが為に、フライヤも殊更熱心にギルバートにジタンとガーネットの事を語った事は、親友と言えども永遠の秘密だ。
「そうですとも。ジタン殿の素晴らしい劇のおかげで、私の歌も大団円で締めくくる事が出来ました。私も弟子達もそれを歌う都度、旅を楽に続けられるだけのギルを街の人々が大喜びで下さるのですから、貴方には心から感謝しておりますよ」
ギルバートがぽろんと、竪琴を軽くかき鳴らす。
フライヤの言う通り、歌に酔いしれたアレクサンドリア中の女性達は、エイヴォン卿の物語そのままの女王と役者の恋を容認した。伝統的に女性が強いアレクサンドリアでは、貴族の重鎮といえども大抵が奥方の尻に敷かれている。奥方達がこぞって女王の味方となれば、伝統と血統を重んずる彼らとて、声高に反対する訳にもいかなくなってしまったのである。それに霧の大陸中の誰もが知る恋人同士を、アレクサンドリア議会の一存で引き裂いたとなれば、ジタンの帰還を熱狂的に迎えた国中の民の反感のみならず、新女王の元で必死に回復に努めて来た諸外国の信頼も再び地に落ちかねない。何しろ彼の尻尾の君は、リンドブルム大公やブルメシア国王とも親交が極めて深いのだから。
世界を救った英雄を女王の伴侶に迎える事は、議会としてもやぶさかではない――政治的判断から、重鎮達はそう結論づけたのだった。
「ギルバート殿、ジタン君の恨み言は放っておいて、そろそろ歌を聞かせていただけますかな」
フラットレイの1言で、全員サロンの方に移動をする。ふてくされていたジタンも、バタバタとその後を追った。ソファにフラットレイとフライヤが仲良く腰を下ろすと、早速その膝によじ登ろうとする子供達をジタンが襟首掴んで引き留めた。
「まぁ待て。父上と母上はらぶらぶなんだからさ、こーいう時は邪魔しないで兄ちゃんの膝に来いよ、な。もし歌が退屈だったら、一緒に遊んでやるし」
「かまわないよジタン君。2人ともおいで」
「いーからいーから。な、おまえ達。今からあいつが歌うのは、父上と母上にとって特別な歌なんだ」
リーヴとシルフィンは不満そうに頬を膨らませていたが、幸せそうにフラットレイに寄り添うフライヤと、彼女を片腕でしっかりと抱きしめるフラットレイの姿に、“特別”の意味をおぼろげながらも理解した子供達は、絶対に遊んでくれる?と念を押してしぶしぶジタンの横に腰を下ろした。
「それでは何の歌をお弾きしましょうか?」
ギルバートが1本づつ弦の調子を確かめるように、竪琴を鳴らした。
「子供達が喜びそうな歌を何か1つ。それから“フライヤの詩”を」
「承知しました」
帰らぬ恋人を探す為、自らの意志で国外に飛び出して彷徨を続ける、美しく気高き竜騎士の物語。吟遊詩人は自慢の美声と竪琴で、物語を織り上げて行く。
「この歌と子供達が、私の何より自慢の宝物だな」
そして苦い悔恨と。フラットレイは言葉には出せないそれを胸の内に飲み込み、代わりに生涯かけてフライヤを幸せにすると、己の誓いを新たにする。
耳元でそっと囁かれたフラットレイの言葉に、フライヤがそっと頷いて彼にもたれたまま、幸せそのものといった表情でくつろいでいる。
ジタンはふと、腕の中で歌を真剣に聞いている幼子達に視線を落とした。この子達が今聞いている歌が、本当にあった自分の父母の物語だと知るのは、いつの事だろう。
自分とガーネットの歌に、もうじき新たな物語が1つ加わるように、“フライヤの詩”の最後にも、フラットレイとフライヤの華やかな結婚式が1章書き加えられた。そして遠くない将来、この幼子達も自らの歌を紡ぎ始めるに違いない。
未来と同時に過去の、今となっては懐かしい思い出に想いを馳せるように、ジタンは美しい歌の調べに身を任せるように目を閉じた。


−FIN−




10000HITを踏まれたレイ様より、「ジタフラで、ジタンが槍を、フライヤがナイフを持っているところ」というリクを戴きました。
コマンド入力後、攻撃を待つジタンの盗賊刀とフライヤの槍の構えって同じに見えるとずっと思っていたので、こんなお話になってしまいました。リクと微妙に違っていたらごめんなさい(^^;
ジタフラ夫婦漫才はいつ書いても楽しいです。レイ様リクありがとうございましたv

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