盗賊とお宝と吟遊詩人 2



翌朝。フライヤは朝早くから、台所でてんてこ舞いをしていた。ジタンが昨夜、チョコで子供達をピクニックに連れて行ってやると言い出したので、フライヤはお弁当を作るのに大忙しだった。
「そう言えば、子供達が生まれてから、こうして遠出の仕度をするのは始めてじゃな」
クレセント家お抱えのシェフにお弁当作りを手伝ってもらいながら、フライヤの顔がついついほころぶ。その背後に、そ〜っと忍び寄る人影があった。
台所で忙しく立ち働くメイド達に混じって気配を殺し、足音1つ立てずにフライヤに近づいた彼は、さっと手を伸ばしてお弁当のチキンをほおばる。
「お、いける、いける♪」
「ジタン! つまみ食いをするでない!」
声に振り返ったフライヤが怒鳴るが、鉄拳制裁を予測済みのジタンは、すでにとんずらの体勢に入っていた。ごちそーさんと言葉を残して、ジタンは尻尾を嬉しそうに揺らしながら逃走する。
「もう! ほんにしょうのない奴じゃ!!」
条件反射で身構えたフライヤの手には、きらりと光る包丁。呆れ顔で溜息をつき、何事もなかったようにお弁当作りを再開する。その様子にシェフを始め、キッチンに居合わせた人々がひそかに胸を撫で下ろす。
やがてリーヴとシルフィンが起き出して来て、クレセント邸はがぜん賑やかさと慌ただしさを増す。全員で朝食を済ませると、ジタンがチョコを前庭に連れ出して来た。子供達は金色の羽毛に包まれたチョコボが珍しくて、出かける準備をしているジタンとチョコの周囲を2人でじゃれ合いながら跳ね回っている。
「しゅご〜い。きんいろのチョコボなんて、パックしゃまのおうちにもいないよ」
「俺の相棒は特別なチョコボだからな。空も飛べるし、お宝探しだって得意中の得意なんだぜ」
へぇ〜と感心したように、子供達は目を丸くしてチョコを見上げる。そこへ玄関から、槍を抱えたフラットレイと、フライヤが出て来た。フラットレイは今日も竜騎士団長として王宮務めが待っている。
「「ちちうえ、いってらっしゃ〜い!」」
今は槍を片手に持っているので、フラットレイは子供達の頭を空いている方の手でくしゃくしゃと撫でた。
「リーヴもシルフィンも、今日は楽しんでおいで」
「「うん!!」」
「ジタン君、私の妻と子供達を頼んだよ」
「お、おう」
柔らかな笑顔と言葉の底に、若干の棘がある。子供達もいるというのに、フラットレイは何時の間にやらフライヤの腰を片腕でしっかりと抱いている。
「フラットレイ様、いってらっしゃいませ」
「君も気を付けて。子供達と楽しんでおいで」
2人は別れを惜しむように長いキスを交わして、妻は夫を笑顔で送り出す。
「なぁ、おまえらの父上と母上って、いつもああなのか?」
小声で訊ねるジタンに、リーヴとシルフィンはうん、とうなずく。
「ちちうえとははうえは、らぶらぶなんだって。パックしゃまがいってたよ」
「…………ι」
実にあっさりと答えるシルフィンに、ジタンが何とも言えない顔で、朝から熱々の竜騎士夫婦から目を逸らして天を仰ぐ。
「それじゃ、いってくるよ」
「「いってらっしゃ〜い!」」
ひらひらと振られる小さなもみじに、フラットレイも背中越しに振り返って、軽く手を振って応え、やがて門の向こう側の角を曲がってその姿が見えなくなった。
「さぁて、俺達もさっさと準備を済ませて、出発しようぜ」
「そうじゃの。すまぬがもうしばらく、子供達を見ていてくれるかの」
フライヤが仕度の為に、いそいそと屋敷の中に戻って行く。そしてお弁当やら何やらの荷物をチョコと、もう1羽のチョコボに載せて、いざ出発するという段になって、問題が起きた。リーヴもシルフィンも自分がチョコに乗るのだと言って譲らないのだ。フライヤがどんなに諫めても、2人は頑として言う事を聞きそうになかった。
「わかった、じゃ俺と3人で乗ろう。シルフィンが一番前で、リーヴはその後ろな」
「え゛〜?」
むくれる幼い少年に、ジタンが言い含める。
「リーヴは大きくなったら竜騎士になるんだろ? 騎士ならこーいう時は、当然レディファーストだ」
しぶしぶとうなずく少年の頭を、ジタンが撫でる。
「偉いな。おまえ、大きくなったらいい男になるぞ。そん時は俺が女の子の口説き方を教えてやるからな」
「ジタン! よけいな事を申すでない!」
フライヤに怒鳴られ、ジタンが大袈裟な仕草で肩を竦める。
「大きくなったら、母上に内緒でな」
こっそり小さな耳元に囁くと、意味が分からずきょとんとしているリーヴを抱え上げてチョコに乗せ、続いてシルフィンを少年の前に乗せた。
「では出発しようかの」
「おう!」
ジタンを真似て子供達が、おう!と可愛らしい声を上げる。市街を抜け、王都を護る大門をくぐると、デインズホース盆地の緑の草原がどこまでも広がっている。ジタンとフライヤはチョコボを並べて、草原を心地良い風と共に駆けてゆく。
目的地のアープス山麓の丘に向かう途中、一行は川に差し掛かった。浅い川なので、チョコボで簡単に渡る事が出来る。フライヤがそのままチョコボを川の中に進めようとすると、ジタンが待て、と声をかけた。彼はチョコボからひらりと飛び降りると、靴を脱ぎ捨て、ズボンの裾ををたくし上げて、盗賊刀を手に取る。
「せっかくだから、昼メシのメインデッシュを調達して行こうぜ」
ジタンの意図を悟ったフライヤがうなずくと、早速槍を持ってチョコボから降りる。昼食の調達というよりは、子供達にいい所を見せたいといったところか。
慎重に狙いを定め、ジタンが水中に盗賊刀を突き刺す。高々と掲げた盗賊刀の先に、大きな魚がぴちぴちと跳ねていた。それを見た子供達が、大喜びで歓声を上げる。負けじとフライヤも槍で獲物を捕らえる。長年の旅で培われた技の賜物である。
「ははうえも、ジタンおにいちゃんもしゅごーい」
「うん。かっこいー」
子供達の賞賛に、ジタンとフライヤが先を争うように魚を獲ったおかげで、ほんの30分程で大漁となった。その成果に、誰もが満足そうである。
川遊びの後、再びチョコボを走らせ、ようやく目的他のアープス山麓の丘陵地帯へと到着した。低地の牧草地には羊や牛が放牧されており、なんとものどかな丘陵地の頂上を目指す。
丘のてっぺんに着いてようやくチョコボから降りた子供達が、歓声を上げた。垂直に切り立ったアープス山脈の岩壁を背後に、丘の麓には羊達がもこもことした白い点となってのんびり草を食んでおり、その更に向こうには、先程魚獲りをした川がきらきらと光っている。点在する町や村の屋根が緑の大地の絨毯にちりばめられ、その向こうに遠く青の王都と王宮が見える。
「ねえ、ははうえ。あたしたちのおうちはどこにあるの?」
「そうじゃのう、王宮の屋根は見えるであろう? あの屋根の右側の端のあたりになるのじゃがの」
「ぜんぜんみえないよ? ははうえ」
王都の全ての家の屋根の色が青で統一されているので、目印にはならない。
「よし、じゃ俺がチョコで空の散歩に連れて行ってやるよ。それでも見えなかったら、勘弁してくれな?」
「「うん!」」
リーヴとシルフィンは期待に目を輝かせて、大きく頷く。
「すまぬのジタン。私は昼食の仕度をするゆえ、その間、子守を頼んだぞ」
チョコが羽ばたいてふわりと宙に浮かぶと、子供達はそれはもう大はしゃぎでキャッキャッと声を上げる。
「「ははうえ〜」」
ゆっくりと上空を旋回するチョコボからリーヴとシルフィンが手を振ると、フライヤも手を振ってそれに応える。次第に高度を上げていくチョコを見送って、フライヤは早速たき木になる枝を探しに、丘の中腹にある林の方に下って行く。
「おい、あれじゃないのか、クレセント家の邸って。王宮のすぐ側のでっかい青い屋根」
「え〜、僕、わかんないよ」
「ジタンおにいちゃん、テキトーなこといってるんじゃないの?」
「あ、バレた?」
途端に子供達からブーイングが起こる。
「だってさー、こんな遠くからじゃ、どんなに大きい家だって豆粒にしかみえないぜ。帰りに王都の近くで、またチョコ飛ばしてやるからさ。な? それよりほら、こっちの景色を見てみろよ」
既にチョコはアープス山脈の頂上近くの高度まで飛んでいた。ジタンが軽くチョコを旋回させると、リーヴもシルフィンもわぁ…!と目を大きく見開く。
チョコが更に高度を上げ、稜線の向こう側にはエレノウコースト、そして青い海が広がっている。飛空艇にもまだ1度も乗った事のない子供達は、生まれて始めて目にする景色に興奮気味に、あれは何?、向こうに見えるのは?と次々と質問を発する。
「すごいだろ? あの青いのが海だ。ここからは見えないけど、あの海のずっと向こうに黒魔道士村や、マダイン・サリのある外側の大陸がある。すぐ下に見えるのがエレノウコースト、ずっと向こうがイージスタンコーストだ」
昔は霧の遙か上空にまで達するクレイラの砂嵐が、この近辺の山頂から良く見えたという。だが霧も、美しいクレイラの町も、今はもう存在しない。霧の大陸の3国が壊滅したあの大戦の後に生を受けた子供達が、嬉しそうにはしゃぐ姿にジタンは目を細めた。
「この辺を1周したら、フライヤんとこ戻って昼メシにしようぜ」
「「うん!」」
リーヴとシルフィンは素直にうなずいた。
「おまえ達、あんまり身を乗り出して、落ちるなよ」
物珍しさに夢中で景色に見取れる子供達に、ジタンが注意した時、シルフィンがあっ!と声を上げた。
「みてみてリーヴ。あそこにドラゴンがいるよ♪」
「かっこいー。ぼく、ほんもののドラゴンはじめてみた」
シルフィンの指さした方を見て、ジタンはギョッとなった。幼女が示したのは、まぎれもないグランドドラゴン。
かつては霧のないごく限られた高地か、遠い南の島にしか生息していなかった地上最強の竜は、霧が消滅した事で少しづつではあるが、その生息範囲を広げつつある。3国の国境であるアープス山脈の峰々に出没するあまりに厄介で危険な魔物に、各国とも対処に頭を痛めている。
「ジタンおにいちゃん、もっとドラゴンちかくでみたい」
「あたしもみたい!」
―――冗談じゃねぇ!
ここは逃げるが勝ちだと、ジタンはそそくさとチョコの向きを変える。けれどもチョコの羽ばたきは、既にグランドドラゴンに察知されていた。空に浮かぶ金色のチョコボを格好の獲物と見なしたグランドドラゴンは、恐ろしい咆吼を上げてジタン達を追って来た。
「やべぇ。おまえら、しっかりつかまってろ!」
ジタンはチョコのスピードを上げるが、グランドドラゴンはものすごい速さで迫り来る。チョコがどんなに優れたチョコボでも、グランドドラゴン相手に、しかも幼子が一緒では空中戦は無理だ。とにかく地上まで逃げ切れば、フライヤの助太刀があるし、子供達をチョコに預けて安全を確保出来る。ジタンはチョコを駆って、地上に向かって急降下する。
その頃、丘の上では、たき木集めを終えたフライヤが、湧き水の所で獲った魚の下ごしらえをしていた。そこへグランドドラゴンの咆吼が響く。
「何事じゃ!?」
上空を見渡すフライヤが、ふと殺気を察して飛びすさる。寸前までフライヤがいた空間を、ガルーダの鋭い爪が切り裂いて行く。グランドドラゴンに呼応するように現れた魔物に、フライヤは舌打ちをした。槍はここから数十メートル丘を上がった頂上に置いて来てしまった。いま手元にある武器は、下ごしらえに使っていた小ぶりのダガー1本きり。
武家に生まれた者の心得として、剣やダガーでの戦いの手ほどきも父から受けてはいたが、実際にダガーで魔物と戦うのは初めてだ。
「厄介な事になったのう」
フライヤの口元に、不敵な笑みがこぼれる。
再度襲って来たガルーダを、ダガーの刃で思い切り斬りつけた。魔物が一瞬ひるんだ隙に、フライヤは脱兎の勢いで丘の頂上目指して走り出した。
ガルーダは彼女を執拗に追って来る。素早い動きの妖鳥に、槍と間合いの全く異なるダガーでは、流石のフライヤも追い払うのがせいぜいで、決定的なダメージを与える事が出来ない。
―――あと少しで頂上だ!
フライヤはダガーに竜の気を込めると、竜技の要領で桜花狂咲を放った。力の焦点を1点に限定し、細く引き絞った全ての竜の気を敵に叩き付ける奥義、竜の紋章よりも、力の及ぶ範囲が大きい薄紅の竜は確実にガルーダをその顎に捕らえた。
それを見届けて、フライヤはやっとの事で己の槍を手に取った。だがその背後に、怒り狂ったガルーダが恐ろしい速度で突進して行く。とっさに振り返るが、槍を構える前にガルーダはすぐ目前まで迫っていた。
「フライヤ!!」
チョコでガルーダとフライヤの間に割り込んだジタンが、盗賊刀を一閃する。断末魔の声を上げて、ガルーダが倒れた。更に彼等の上空から、黒い影――グランドドラゴンが、圧倒的な威圧感でのしかかるように迫って来る。
「チョコ、ちび達を頼むぞ」
子供達をチョコに預けたまま、ジタンがひらりと飛び降りて、グランドドラゴンと対峙する。
「ジタン。おぬしタダ飯を喰らうだけでは飽きたらず、また面倒な客まで連れて来てくれたのう」
「成り行きだ、しょーがねぇだろ」
地上最強、最悪の竜と、ろくな防具も身に着けずに、たった2人きりで対峙しているというのに、相変わらずの調子で会話を交わす彼等だが、流石に表情は真剣そのものだ。
ジタンとフライヤの頭上に、細く電撃が収束して行く。サンダガの直撃に、ジタンはで〜っ!と悲鳴を上げたが、フライヤは平然としている。そしてすかさず彼女は竜の紋章を放った。グランドドラゴンが怒りの咆吼を上げる。
「フライヤ。おまえ、さんごの指輪なんて持ってたのかよ」
「うむ。フラットレイ様が万一の事が心配じゃからと、持たせてくれての」
フライヤは嬉しそうに笑む。こんな非常時にまでノロケる竜騎士夫婦に、思わずジタンはケッと声を上げた。だがそれもほんのわずかのやりとり。グランドドラゴンが吐く毒のブレスを、2人はジャンプと素早い身のこなしでかわして、反撃に転じる。
「ははうえも、ジタンおにいちゃんもしゅごいね」
「うん」
リーヴとシルフィンは、離れた所からこわごわ戦いを眺めていた。だがそんな幼子達を、グランドドラゴンの咆吼に恐慌状態に陥った、別の魔物が襲って来た。突然目の前に飛び出して来たドラゴンフライに、チョコと子供達が気付いた時には、もう魔物は目前まで迫っていた。
「「ちゅ〜〜ッ!!」」
リーヴとシルフィンは、固く目を閉じて互いにしがみつく。子供達の悲鳴に振り返ったフライヤも、この距離では間に合わない。
ザシュッ!!
絶体絶命のその時、飛来したウイングエッジが魔物を一撃でまっぷたつに切り裂いた。
「サラマンダー!」
現れた焔色の髪の男に、フライヤが歓声を上げる。
「挨拶は後だ。そいつをブチ倒さなきゃ、話も出来ねぇみたいだしな」
強敵を前にニヤリと口の端を吊り上げると、グランドドラゴンに立ち向かって行く。
サラマンダーがマカロフ投法でウイングエッジを投げれば、ジタンが盗賊のあかしを使い、フライヤが竜の紋章を放つ。息詰まる攻防の末、グランドドラゴンは断末魔の咆吼を上げて消滅した。
「ふう、やれやれだぜ。ちび達も無事だな」
ジタンが子供達を振り返って、安堵の溜息をつく。
「礼を言うぞ、サラマンダー。おぬしのおかげで、子供達も無事じゃった。それにしても随分都合良く、おぬしが現れたのう」
「ふん、仕事でテメェを追って来たんだ。邸に行ったら、出かけたって言われたんでな」
サラマンダーは、相変わらずの仏頂面で言い放つ。
「そうか、何にしても助かった。話は後で聞くゆえ、おぬしも弁当を食して行くがよい。ジタン、火を起こして湯を沸かしておいてくれぬか。私は魚を下ごしらえせねばならぬゆえ」
「ああ、わかった」
丘を下って行くフライヤを見送り、ジタンは子供達ごとチョコの手綱をサラマンダーに手渡した。
「じゃ俺、水汲んで来るから、サラマンダーはこいつらと弁当広げて待っててくれ」
「…………」
チョコボに乗ったまま、双子の兄妹はつぶらな瞳でサラマンダーを、じっと見上げている。
「おじちゃん、助けてくれてありがとう」
「ありがとう、おじちゃん」
「(…おじちゃん?)」
ぺこんと頭を下げる兄妹に、サラマンダーは仏頂面のまま頷き返すと、黙ってチョコボの手綱を引いて、丘の頂上へと歩き出した。


「いただきま〜す!」
陽光の下で熱いお茶を片手に、フライヤの手作りのお弁当と、焼きたての魚を囲んでのランチ。
「途中で魚、獲ってきといて良かったな」
熱々の焼き魚を頬張りながら、ジタンが満足そうにうんうんと頷く。
「うむ。サラマンダーも遠慮せず、たんと食すがよい」
フライヤは皿に載せた魚の小骨を取りながら、おいしい!、もっとたべたい!と繰り返す子供達に交互に与えている。
「(エサを強請る雛鳥まんまだな…)」
母子の姿を眺めながら、サラマンダーはふとそんな事を考える。子供達が満腹になった所で、ようやくフライヤもゆっくりと食事に取りかかる。
「母親するのも大変だな」
「これでも生まれたばかりの頃よりは、遙かに手は掛からなくなったのじゃがの」
ジタンの言葉に、フライヤは美しい碧の瞳を和ませる。その子供達は、いつの間にサラマンダーに懐いたのか、頑丈そうな大男に楽しそうによじ登り始めていた。
「おい、髪を引っ張るのはよせ。……髭もだ」
サラマンダーもそうは言うものの、じゃれつく子供達を好きなように遊ばせている。
「してサラマンダー、私に用向きとは?」
フライヤが訊ねると、サラマンダーは荷の中から、天鵞絨張りの小箱を取り出した。
「アレクサンドリア女王からの依頼の品だ。テメェんとこの国王に渡してくれ」
小箱を受け取ったフライヤが中を改めると、瀟洒な細工の施された宝冠が納められていた。
「行方不明になっていたブルメシア王妃の宝冠じゃな。確かに受け取った、サラマンダー。陛下に成り代わり、礼を申す。ガーネットにもそう伝えてくりゃれ」
フライヤがサラマンダーに、丁寧に頭を下げる。
ブラネがブルメシアに侵攻した際に、持ち去った王家の宝物の1つ、王妃の宝冠。戴冠式に使われる綺羅綺羅しく重厚な冠ではなく、公式の祭典の時などに王妃が戴く豪奢なティアラだ。ブラネからクジャに下げ渡され、キング家のオークションを介してトレノのとある老貴族の手に渡っていたものだった。
ブラネが持ち去った王家の宝物は、ガーネットの手で全てブルメシアに返還され、行方不明になった幾つかの宝物については、大量の穀物でもって購われた。けれども代々の王妃が必ずその身に戴き、国王となったパックの亡き母の形見でもある王妃の宝冠だけは、どうしても取り戻したいというパックの意向で、タンタラス団が宝冠の行方を調査、件の貴族を突き止めたのだった。屋敷に忍び込んで宝冠を取り戻せばいいと主張するジタンに、ガーネットは例えアレクサンドリアが略奪した品とはいえ、彼の貴族は正当な対価を支払っているのだからと首を縦には振らず、考え抜いた末に裏世界でその名を知らぬ者はないサラマンダーに、老貴族から宝冠を買い戻す交渉を依頼したのだった。
「大したもんだぜ、サラマンダー。良く宝冠を取り戻せたよな〜。あのジジイ、一度手に入れたお宝は死んでも手放さない、光り物好きの悪竜も真っ青の強突張りだって、俺達の盗賊ギルドでも悪名高いんだぜ。噂じゃ屋敷にはとんでもない仕掛けがわんさかあって、今まで誰1人として盗みに成功した奴はいないって話だ」
それどころか屋敷に忍び込んで、戻って来た者はいない。ナイト家の主人が酔狂でモンスターを飼ってバトルを楽しむように、老貴族の屋敷には恐ろしい魔物が宝物の番をしていて、彼等はその魔物のエサにされたに違いないなどと、盗賊仲間の間でまことしやかに噂が流れ、かの屋敷に盗みに入るのは最早皆無だった。だからこそ挑戦してみたいとジタンはひそかに思惑を巡らせていたのだが。
ジタンはひょいとフライヤの横から手を伸ばし、宝冠を手に取った。ゆっくりと光の当たる角度を変えながら、宝冠にちりばめられた宝石を検分する。
「ざっと見ただけだけど、全部本物のようだな」
「当然だ。俺は偽物を掴まされるような、下手な仕事はしない」
ジタンの言葉に、サラマンダーが憮然として言う。
「サラマンダー、主君であるガーネットでさえ難儀した交渉を、どうやって成功させたのじゃ? 後学の為にぜひとも聞かせて欲しいのう」
サラマンダーの目がギラリと光る。
「俺が仕事の手の内を、明かすとでも思っているのか?」
剣呑で凶悪な形相で凄んでみせても、尻尾の君も月の姫君も好奇心いっぱいに、尻尾をぱたぱたと揺らしている。嬉しそうにはしゃぐ仔ネズミを2人も肩に乗っけたままの格好では、どんな脅しをかけたところで様にはならない。これだからガキは嫌いなんだと、サラマンダーは内心溜息をついた。
「―――爺さんと、普通に交渉をしただけだ。これ以上聞きてぇなら、その王妃の宝冠とやらの名に、無用の傷が付くだけだと思うがな。爺さんもその宝冠の事は、とうに忘れてる」
王家の名誉と好奇心を天秤に掛けられれば、王に仕える竜騎士は引き下がるしかない。痛い所をついて来る、とフライヤは苦笑いを浮かべた。
「…あい分かった、なればこれ以上は聞くまいよ」
「貴様とて盗賊の手口を、他人に簡単に明かせる物か?」
チ、とジタンが、つまらなそうに頬を膨らませた。
「王妃の宝冠は、アレクサンドリア侵攻の際にも宝物庫の中で無事眠っておった。王家の宝物は全て無事に返還され、ブルメシアとアレクサンドリアの友好に今後もいささかのゆるぎもない。…という筋書きで良いのじゃな?」
フライヤの言葉にサラマンダーが無言でうなずく。後に宝冠の無事を喜んだパックがその返礼として、ブルメシア独特の精緻な幾何学模様を細い金属で綴ったそれは見事なガーネットの首飾りをアレクサンドリア女王に贈るのだが、それはまた別の話となる。


リーヴとシルフィンは遊び疲れたのか、そろそろお昼寝の時間となったようだ。フライヤは眠たがってむずかる子供達をあやしながら、風通しの良い木陰に寝かしつける。
「やれ、ようやっと静かになってくれたの」
1つ毛布に仲良くくるまって、かすかに寝息を立てる幼い兄妹にフライヤが微笑む。ふわふわとした柔らかそうな小さな耳が、風が吹く度にぱたぱたと揺れている。子供達の相手から解放されたジタンは果物をかじり、サラマンダーは煙草を一服しながら、フライヤの母親ぶりを眺めていた。
「そーいやサラマンダー、アレクサンドリアに落ち着く事にしたんだって? こないだ街でラニと会ったぜ」
あのおしゃべり女、とサラマンダーは心の中で悪態を付く。
「ああ…。アレクサンドリアに居を構える事にした。…トレノとの往復が面倒だがな」
貴族の生活に憧れていたラニが、部屋の中を高価な家具とやらであれこれ飾り立てたあげく、トレノの下町にあるサラマンダーの住処が古くてボロいから、折角揃えた高級家具がそぐわないと文句ばかりで、ひたすら煩い。かと言ってトレノの裏世界に住む男が、ラニの望むような目立つ豪華な邸なぞ構えたら、かつての最高賞金首を狙う同業者の格好の標的になるだけだ。それでもラニがあまりに煩く言うので、すったもんだの口喧嘩の末に、仕方なくアレクサンドリアに手頃な家を見つける運びとなったのだった。
面白くもなさそうに回想するサラマンダーの口元は、微かに綻んでいる。やがて煙草を吸い終えたサラマンダーは、煙草をもみ消すと立ち上がる。
「仕事は済ませた、それじゃあな」
「なんじゃ、久方ぶりに会うたというのに、もう行ってしまうのか?」
「今からアレクサンドリアに行って、後金を貰わなくちゃならねぇからな」
「パック陛下からも、おぬしに報償が些少なりともあろう。一緒に王都にゆかぬか?」
「俺の依頼主はアレクサンドリア女王だ。ブルメシアから報酬を貰う筋合いはねぇ」
それに報酬ならもう貰ったとサラマンダーは、親指で自分の腹の辺りを示した。
「結構うまかったぜ。昔よりはちったぁましな食いモン、作るようになったな」
「あれだけ沢山弁当を食しておいて、失礼な事を言いおるの」
笑うフライヤに、じゃあなと背を向けて、サラマンダーは丘を下って言った。