盗賊とお宝と吟遊詩人 1



アープス山脈が紅と黄色の錦に覆われ、大地が黄金の実りに色づく、美しきブルメシアの秋。青の王都、最強の竜騎士夫婦の住まうクレセント邸に、珍客が訪れていた。玄関に応対に出て来たこの家の女主が、客を一目見るなり呆れ声を出す。
「またタダ飯を喰らいに来おったか、ジタン」
旅装束を身に纏い、金色のチョコボの手綱を引いた黄金の髪と尻尾の青年は、へへと決まり悪そうに頭を掻いて、人好きのする笑顔を浮かべた。
「ブルメシアの近くまで来たからさ、ついでにこっちの様子を見とこうと思って。…こいつら、ついこないだ生まれたばっかなのに、ずいぶん大きくなったな〜」
フライヤの足元にしがみつくようにしてジタンを見上げているのは、数ヶ月前フラットレイとフライヤ夫妻の間に誕生したばかりの双子の兄妹、リーヴとシルフィンだった。
ジタンが前回ブルメシアを訪れたのはフライヤの出産直後で、子供達もまだ小さな小さな赤子だった。それが今では、ちゃんと自分の足でしっかりと立って、ジタンを物珍しそうにじっと見上げている。
「リーヴ、シルフィン。お兄ちゃんにご挨拶せぬか」
「「こんにちわ」」
幼子達は言われるがままに、ぴょこんと頭を下げた。
「こんちわ。俺はジタン・トライバル、よろしくな」
ジタンが片膝を付いて小さな頭をぐりぐりと撫でると、兄妹はくすぐったそうにきゃらきゃらと笑い声を上げる。フライヤがやれやれと言うように溜息をついた。
「ま、折角訪ねてくれたのじゃ。好きなだけくつろいでゆくがいい。じゃがタダ飯を喰ろうてゆくからには、条件としてちと私に付き合うてもらおうかの」
「聞く聞く。フライヤの言う事なら、何でも聞くぜ♪」
羽毛の軽さで頷いて、踵を返して家の奥に向かうフライヤの後をほこほことついて行く。連れてゆかれたのは、クレセント家の屋内訓練場。フライヤは練習用の木製の長槍をジタンに放り、自らも同じ長槍を手に取る。
「もしかして俺にこれで戦えってか? フライヤ、まだ産休中じゃなかったっけ?」
「その通りじゃ。竜騎士団に復活する為に、毎日フラットレイ様に訓練に付き合うていただいておるのじゃが、そろそろ別の練習相手が欲しいと思っておってな。なに、夕食前に腹を空かせる為の、軽い運動じゃ」
何でも自分の言う事を聞くと言ったばかりだと、フライヤは挑戦的にフフンと嗤う。
「軽い運動…ねぇ」
気合い十分の最強の女竜騎士に、ジタンは引きつり笑いを浮かべた。カモネギか、はたまた飛んで火にいる何とやら。そんな単語がジタンの脳裏を駆けめぐる。
「仕方ない。フライヤ、ちょっ〜とだけ待ってくれよな」
ともかく慣れない槍では己の不利は目に見えているので、ジタンは槍の穂先をあっさりと外してしまった。
「お〜し、いい感じ。んじゃ、いっちょ行きますか」
柄の中心を持って、盗賊刀の要領でくるくると回すと、軽く構えを取る。ちょうどそこへ、フラットレイがひょっこりと顔を覗かせた。
「おや、ジタン君いらっしゃい。ただいまフライヤ、リーヴ、シルフィン」
「「ちちうえ、おかえりなしゃ〜い!」」
「お帰りなさいませ、フラットレイ様」
リーヴとシルフィンが一目散にフラットレイに駆け寄って行って、抱っこをせがむ。フラットレイが片膝をついて、子供達を両腕で抱きしめると柔らかい頬にキスをする。そして小さな頭を撫でながら立ち上がると、おもむろに彼の元にやって来たフライヤの肩を軽く抱き寄せて、お帰りのキスを交わした。
「これからジタン君と試合うのかい?」
「はい」
「楽しみだね。リーヴ、シルフィン、父上と一緒にこっちにおいで」
フラットレイは子供達を連れて休憩用の長椅子に腰を下ろすと、悠然と構えて高みの見物を決め込む。
「さて、では始めるとしようかの」
「いつでもいいぜ」
得物を構えて対峙するや、互いの纏う空気がふと変化する。ピンと張りつめた、ひどく硬質な感じのそれは、2年前のあの旅で、日々魔物との闘いであまりにも馴染んだもの。子を産み、母となった今でも、フライヤの戦士としての感覚は些かも衰えてはいないらしい。ジタンがニッと口の端で笑む。
「ははうえ、がんばえ〜」
「がんばえ〜」
幼い応援にフライヤが一瞬エメラルドの瞳を和ませると、次の瞬間、ジタンの懐に飛び込んで来る。
カンッ!!
木槍のぶつかり合う甲高い音が響く。ジタンはフライヤの一撃を正面から受け止めると、すかさず反撃に移る。フライヤの穂先を受け止めた柄が、衝撃を受け流すようにくるりと回転すると、石突きの側が思わぬ方向からフライヤを襲う。
それを見抜いていたかのように、フライヤの槍があっさりと攻撃をかわした。
カン!、カン!、カン!、カン!
続けざまに響く槍の音。竜騎士団の誰よりも身軽く素早い攻撃を得意とするフライヤと、素早さならフライヤ以上のジタンの槍が、互いに負けじと目にも止まらぬ速さで打ち合う。
子供達は2人の動きについてゆけず、ただただ目を丸くするばかりだが、闘いを見守るフラットレイの目も真剣そのもの。
渾身の一撃をジタンに受け止められ、フライヤが後方へふわりと飛びすさった。
「もうこのへんで良いじゃろう。なかなかに腕を上げたのう、ジタン」
「―――ってぇ〜〜〜! 流石に今の一撃、効いたぜ」
じん、と重い衝撃が腕に残っている。痺れた腕をぶんぶんと振るジタンに、フライヤがしてやったりという笑顔を浮かべる。
「この調子なら、産休終えて今すぐにでも、竜騎士団に復帰できんじゃねーの?」
ジタンの言葉にフライヤもうなずく。
「まぁの。先日ようやっと子供達のむつきも取れたばかりじゃし、来月には竜騎士団に復帰するつもりでおる。フラットレイ様との毎日の稽古のおかげで、なんとか以前の槍の感覚も取り戻せたところじゃしの」
出産後増えた体重も既に元に戻ったと笑うフライヤの表情からは幸せが溢れていて、彼女の辛い旅を誰よりも知るジタンも、嬉しそうに笑む。
「ははうえ〜」
我先にと双子の兄妹が尻尾をぱたぱた揺らしながら、とてとてとフライヤの元へ駆け寄って来る。片膝をついてフライヤは両手の中に兄妹を抱き止めた。
「ははうえ、つお〜い!」
「かっこよかった♪」
「リーヴもシルフィも、良い子でおとなしゅう見ていてくれたの」
ご褒美の頬ずりをされて、子供達が嬉しそうに黄色い声を上げる。彼らの元にフラットレイが、のんびりとした歩調でやって来て、フライヤとジタンから木槍を受け取った。
「ジタン君。手合わせを見ていて思ったんだけど、君に盗賊刀の扱いを教えたのはフライヤなのかい?」
「んあ? そーだけど、それが何か?」
2人で旅をしていた頃、ダガーを愛用していたジタンに、魔物との闘いの時にダガーでは時として間合いで不利になる場合があるからと、フライヤから勧められたのだった。そして長い獲物を手にした彼は、フライヤの旅の間の格好の槍の練習相手でもあった。
「いや、君がダガー以外で戦う所を見るのは初めてだったのだけれど、長物を扱う基本の型や構えが、フライヤの槍術と同じだったからね。もしかしてと思っただけで、他意はないよ。君がフライヤの直弟子ならば、次回はぜひ君の盗賊刀と私の槍で、じっくりと勝負をしてみたいな」
―――そら来た。
にこにこと満面の笑顔のフラットレイだが、彼の一見、人当たりの非常に良い笑顔が、時として恐怖の権化となりえることを、ジタンは誰よりも良く身をもって知っていた。
美しい妻を持った男の常で、嫉妬深いフラットレイの満面の笑顔に、ジタンは曖昧な笑みを返してまぁそのうち…と言葉を濁して誤魔化す。ちょうどそこへ夕食の支度が整ったとメイド頭が呼びに来て、ジタンはほっと胸を撫で下ろした。
そして一同はぞろぞろと訓練場から食堂へと移動を始めた。子供達はフラットレイとフライヤにそれぞれ抱っこされ、食事と聞いて意気揚々と先頭に立つジタンの後に、クレセント家の人々がついて行く。
「うお?!」
突然尻尾を引っ張られて、ジタンが振り向いた。リーヴが金色の尻尾を手に握ったまま、きょとんとこちらを見ている。
「これ、リーヴ。人の尻尾を引っ張ってはダメじゃろう。リーヴだって、自分の尻尾をギュッて引っ張られたら痛いであろう? お兄ちゃんにごめんなさいするのじゃ」
フライヤにたしなめられて、リーヴはしぶしぶと尻尾を離した。けれども子供達は、ジタンの金色のふさふさした尻尾に興味津々のようで、キラキラ輝く4つの瞳がずっと、目の前でぱたぱた揺れる尻尾を真剣に追っている。
「ま、いいけどな。今度からは尻尾をいきなり引っ張ったりしないでくれたら、後でおまえらに絵本読んでやるよ」
「ほんと?!」
「おう。これでも俺はリンドブルム一の人気劇団の主役だからな。絵本を読むのだってすごく上手なんだぜ」
得意げに胸を叩くジタンに、竜騎士夫婦は顔を見合わせ楽しげにクスと笑い合う。
「よかったの、2人とも。後でジタンに、たんと絵本を読んでもらうのじゃぞ」
「「うん!」」
子供達は元気一杯に返事をする。期待に顔をいっぱいに輝かせる素直な様が、とてつもなく愛くるしい。皆が食事の席に着き、食前酒が運ばれて来たところで、フライヤがジタンに尋ねた。
「ところでジタン。おぬしここ数ヶ月というもの、あちこち旅に出たきり、タンタラスにもアレクサンドリアにもなかなか顔を見せないそうじゃの。先日ガーネットからモグネット便が届いたが、ずいぶんと寂しがっておったぞ」
「ああ、ちょっと探しモンがあったからな」
ジタンがにやりと、得意げに笑む。
「昨日やっとそのお宝を見つけてさ、ちょうどブルメシアのすぐ近くにいたもんだから、フライヤにもお宝を見せてやろうと思って」
何じゃ?と首をかしげるフライヤには答えず、ジタンは立ち上がると部屋のカーテンを閉め、夕日の残照を遮った。そして燭台に明かりを灯すと、おもむろにポケットから何かを取り出し、燭台の明かりの下でその手を開いた。
ジタンの手の中で輝くのは、葡萄酒色をした赤紫の宝石。深い神秘的な色と煌めきが美しい。
「ほう、見事な宝石じゃの。色も輝きも素晴らしく綺麗じゃし、大きさもなかなかのもの。腕の良い細工師に、指輪かペンダントでも作らせれば映えるであろうの」
チッチッチとジタンは指を振り、フライヤに赤い宝石を押しつけた。
「驚くのはまだ早いぜ。そのままその石を、目をしっかりと開けて見ててくれよ」
ジタンが窓際に寄って、サッとカーテンを開けると、赤い宝石が鮮やかにその表情を一変させた。
葡萄酒色の赤紫から深い森の青緑へ。まるで魔法のような変化に、誰もが目を丸くしてフライヤの手の中の宝石を眺めている。
「アレキサンドライトガーネット。俺とチョコが苦労の末に探し出したお宝さ」
ジタンは得意げに胸を張る。
「しゅご〜い、きれ〜。お月しゃまみたい」
「お月しゃま〜!」
幼いシルフィンがつぶやくと、リーヴもキャッキャと声を上げて、それを繰り返す。
「つまり君が数ヶ月もの間行方知れずになっていたのは、アレクサンドリア女王に贈る宝石を探していた、と思って良いのかな?」
にっこり笑うフラットレイに、ジタンも尻尾をパタパタ揺らしながら大きくうなずく。
「ブラネの娘が生まれた時、アレクサンドリア王が珍しいアレキサンドライトガーネットの指輪をブラネに贈ったんだと。ブラネは大層喜んで、生まれた娘に指輪にちなんでガーネットと名付けたそうだ。
俺もその指輪を見せてもらったけど、お宝に目のないこの俺でさえ、その話になるほどなって思う程、それは見事な指輪だった。…でも、その指輪はダガーの為のものじゃない。
だからダガーの為の、アレキサンドライトガーネットの指輪を俺の手で贈りたい、そう思ったんだ」
ジタンの言葉に、竜騎士夫婦は目顔で微笑み合う。
「そうかそうか。これでガーネットも、ようやっと安心するじゃろ」
ジタンが派手な帰還を果たしてから、2年以上の月日が流れていた。ガーネットに正式に求婚をする、というジタンの決意を聞いて、フライヤは己が事のように嬉しそうな艶やかな笑みを浮かべる。リーヴとシルフィンの双子が産まれてから、ますます美しい笑顔を見せるようになったと、彼女を見つめる夫のフラットレイも大変嬉しそうだ。
「でさ、ダガーへ贈る指輪なんだけど、細い指の上で石が引き立つようなシンプルなデザインをって思ってるんたけど、馴染みの店に頼もうにも考えがなかなかまとまんなくてさー。フライヤんトコなら、宝石類がいっぱいあるだろうから、参考に見せて貰えればなって思って来た訳」
途端にフライヤが露骨に嫌な顔をする。
「ネズミ族は人間族のように華奢な手はしておらぬから、当然指輪もネズミ族の指に似合うよう、しっかりとした装飾の多いものになる。おぬしの望むような物はこの家には1つとしてないの」
フライヤの冷たい反応に、ジタンがうめく。
「あのさぁフライヤ。いくら俺が盗賊だからって、この家の物に手を付けたりなんかしないぜ。俺だけじゃなく霧の大陸全部の盗賊ギルドにだって、ブルメシア最強の竜騎士夫婦から盗みを働くような奴なんて、どこにもいないって」
そんな度胸のある奴がいたら、ぜひお目にかかってみたいものだと、ジタンは心の中でつぶやく。
「いいじゃないか、フライヤ。ジタン君もああ言っている事だし、私もこうして彼の側で見張っている。適当に幾つか見せてやったら」
「チ、結局の所、俺を信用してないんじゃねぇか」
ジタンががっくりと肩を落とした。
「ははうえのゆびわー? ははうえのゆびわも、お月しゃまみたいなのー?」
リーヴとシルフィンが興味津々に、テーブルに身を乗り出して来る。
「ジタンが見たいと言ってるのは、母上の母上、つまりおぬし達のお祖母様の持ち物じゃ。ジタンがお月様の宝石をアレクサンドリアのガーネット女王に贈るのと同じように、母上が父上から頂いたものはこれじゃよ」
フライヤは身に着けたエメラルドのブローチと、ルビーの指輪を外して、子供達の目の前に誇らしげに差し出す。
「このブローチと指輪は、父上と母上が結婚の約束をした時に、父上が下さったのじゃ。これとおぬし達2人が、母上の一番のお宝かの」
フラットレイが旅に出る前に交わした婚約の時に贈られたルビーの指輪と、ブルメシアに帰還してのちに、フラットレイの2度目の求婚の際に贈られたエメラルド。
改めて恋仲となったフラットレイに、フライヤは過去の約束を1度たりとも口にする事はなかった。だから2度目の求婚の時は、記憶を失っても尚、フラットレイが自分と将来を共にしたいと言ってくれる事が堪らなく嬉しかった。最初の婚約指輪をフラットレイに見せたのは結婚してずいぶん時が経ってからで、フラットレイは、自分より先に君に結婚を申し込んだ、目の高い奴がいたなんてとても悔しいなと言って穏やかに笑った。それ以来フライヤが家にいる時、竜騎士団の任務についていない時は、必ずブローチと指輪をお守りのように大事に肌身離さず身に着けている。
「シルフィンも大きくなったら、誰かから綺麗な宝石のついた指輪、貰えるぜ」
「ほんと? お月しゃまのゆびわ、あたしももらえるの?」
目を輝かすシルフィンとは好対照に、フラットレイがむっとしたようにジタンを氷の眼差しで射る。
「ああ。おまえ大きくなったら、フライヤに似てすっげー美人になるからな。きっと男にモテモテだぜ〜」
「もてもて?」
きょとんと幼女は首を傾げるばかりだが、フラットレイの周囲には氷の女王シヴァを召喚したのかと思う程の冷たい凍気が静かに吹き荒れている。親馬鹿のフラットレイもフラットレイだが、こういう話題になるとやけに嬉しそうに人を煽るジタンもジタンじゃと、フライヤは呆れたように溜息をつく。
「ぼくは? ぼくもお月しゃまのゆびわもらえるの?」
リーヴの問いかけに、大人達が苦笑する。
「おまえは貰う方じゃなくて、あげる方だな。おまえが大きくなって、お嫁さんにしたいなって思った女の子に、俺のお月様のガーネットや、フライヤのエメラルドとルビーみたいな綺麗な指輪を贈るんだ」
「そうなんだ…」
子供達はジタンの持ってきたアレキサンドライトガーネットがよほど気に入ったのだろう。しおしおと目に見えて肩を落とすリーヴに、誰もが小さな微笑みを浮かべる。
食事の後、ジタンは約束通り子供達に絵本を読んで聞かせてやった。2人のお気に入りのチョコボの絵本を、声だけでなく、時折身振り手振りを交えての迫真の“演技”に、子供達は大喜びで、もっと読んで読んでとせがんでいる。
「プロの役者相手では、今日は父上と母上の出番もなさそうだね」
子供達が生まれてから、すっかり子煩悩の父親と化したフラットレイは、ちょっぴり寂しそうだ。
「ほんに。あやつは子供をあやすのが上手ですから。昔から女の子よりも、むしろ小さい子供達にもてておりましたし」
フラットレイとフライヤは、ジタンの両脇にちょこんと座った双子の兄妹を少し離れたテーブルで見守りながら、久方ぶりの夫婦水入らずの食後のひとときをティーカップ片手に楽しんでいる。
青の王都の夜は、こうして穏やかに更けていった。