Snow White Lullaby



「フライヤさ〜ん、お手紙ですクポ〜」
アルテミシオンがテラスの窓を叩く音に、暖炉の側で本を読んでいたフライヤは顔を上げた。窓を開け放つと、途端に冬の冷気が部屋の中に吹き込んで来る。雨が初雪に変わるこの季節が、肌に当たる風が最も冷たく感じられる。
「寒い中ご苦労じゃの、アルテミシオン。少し中で暖まってゆくか?」
「ありがたいクポ〜」
フライヤに手紙を渡すと、アルテミシオンは嬉しそうに暖炉の方に飛んで行く。フライヤは窓をしっかりと閉ざすと、手紙を裏返す。封蝋に刻印された薔薇の紋章は、親しい友の物に相違ない。フライヤは暖炉の上に置いてあるペーパーナイフを手に取ると、手紙の封を切った。友からの手紙と添えられたカードに目を通して、フライヤは微笑みを深くする。
「結婚式? ベアトリクス殿とスタイナー殿の?」
その夜、王宮勤めを終えて我が家に帰って来た夫のフラットレイに、フライヤが笑顔で手紙の内容を報告する。ベアトリクスから2人の挙式の事は聞いていたが、今日、正式に結婚式の招待状が届いたのだった。
「式は来月だそうです。それで、フラットレイ様…」
ちょっぴり上目遣いで見上げて来るフライヤに、フラットレイは苦笑を零す。
「結婚式に出席したいんだろう? もろろん、かまわないとも。但しアレクサンドリアまでの旅を、医者が許可してくれればだけどね。ただでさえ冬の旅は厳しい上に、今は身重の身体なんだから、無茶は絶対にさせられない」
「はい」
穏やかに、だが断固たる口調で宣言するフラットレイに、フライヤははにかんだように面を伏せながら、嬉しそうに頷く。
「君は明日にでも医者の所へ行って来るといい。私も陛下に休暇を頂けるようお願いして来よう」
2人が熱心に医者とパックを口説いたおかげで、ガーネット女王にパックの親書を届けるという名目で、無事にアレクサンドリアへの旅の許可が下りた。個人的に非常に親しくしている間柄とはいえ、2年前の大戦の際、ブルメシアとクレイラへ侵攻するアレクサンドリア軍の指揮を取ったベアトリクス将軍の結婚式に、ブルメシア竜騎士団長とその妻が出席するのはいかがなものかという古老達の意見を考慮に入れての事である。おかげで王家が所有するブルメシアで唯一の霧機関を使わない飛空艇も、憚りがあって使えなくなってしまったが、そんな事は些細な事に過ぎない。フライヤの方も出発の直前まで様子を見てという条件付で、体調に問題がなければ良いでしょうという事になった


そして日々は瞬く間に過ぎて行き、フラットレイとフライヤが出立する日がやって来た。フライヤのお腹も少しづつふっくらとし始め、服の上からでも何となくそれと判るようになって来ている。
「フライヤ、ちゃんと暖かくするんだよ。ああ、もう1枚膝掛けを余分に用意しといた方がいいな。ガブリエラ、すまないが奥から持って来てくれないか。…そう、グレーの毛皮のだ」
「フラットレイ様、かように心配なさらずとも、このように厚着をしておりますから」
フライヤは母が使っていた毛皮のコートとマフラー、それにふかふかの帽子をしっかりと纏っているのだが、にもかかわらず心配性のフラットレイに、思わず苦笑がもれる。今からこんな調子では、子供が実際に生まれたら一体どんな親馬鹿ぶりを発揮するのだろうか。
「今は普通の身体じゃないんだから、大事にしないと。こんな所で立ってないで、身体を冷やさないうちにチョコボ車に乗って待っていたまえ」
「はい、フラットレイ様」
微笑ましい若夫妻のやりとりに、出発準備と見送りの為に表に出て来たメイド達が、クスクスと笑みを零す。
2人は一旦リンドブルムに向かって、そこからアレクサンドリア行きの飛空艇に乗船する予定だったが、エーコの好意でヒルダガルデが、国境であるキザマルークの洞窟の出口まで迎えに来てくれる事になっていた。
フラットレイとフライヤが、わざわざリンドブルム経由でアレクサンドリアに向かうのにはもう1つ理由があった。ブルメシア人はギザマルークの洞窟で結婚の誓いを立て、子供を懐妊した時に再び洞窟に詣でて、全ての生命の源である水を統べる竜神に、安産と子供が無事に産まれて来るよう祈りを捧げる。洞窟へは夫婦揃って詣でるが、長旅の出来ぬ妻の代わりに夫だけが参拝する事も少なくない。始めての子供という事で、可能なら2人でギザマルークの洞窟に詣でたいと考えていたフラットレイとフライヤ夫妻にとって、今回のアレクサンドリア訪問は、その願いを叶える格好の機会でもあったのだ。
地図を手に御者と最後の打ち合わせをしていたフラットレイが、ようやくチョコボ車に乗り込んで来た。フライヤの隣に腰を下ろすと、先程メイドに取りやらせた大きな毛皮の膝掛けを、妻と自分の膝に掛けてぴったりと身体を寄せる。伝わってくる温もりは、どんな毛皮よりも暖かで、フライヤは嬉しそうにフラットレイに笑みを向ける。
フラットレイの合図で、チョコボ車は滑るように動き出す。昨夜の雪で、青の王都は純白の雪化粧を薄く身に纏い、ディンズホース盆地の草原も今は見渡す限りの雪原へと変わっている。幸い今は雪が止んでいるが、今にも降り出しそうな黒雲が空を覆っている。
「ギザマルークの村に到着するまで、雪が降らないと良いのですが…」
「うん。御者のモリスには、少し遠回りになるけど、道が平坦な旧街道を行くように言ってある。このチョコボ車なら多少の雪なら問題ないが、一昨日みたいな吹雪は勘弁して欲しいところだな」
丁度王都周辺の定期巡回日に当たったフラットレイは、まるで雪だるまのように真っ白い姿になって帰宅した。
「あの日の雪はひどうございましたからね」
ふと思い出し笑いをするフライヤに、フラットレイは本当に大変だったのだと苦笑いを返す。
「アレクサンドリアも、きっと今頃は雪景色でしょうね。お式の当日はお天気だと良いですね」
「君との結婚式の日も良く晴れていたから、きっと晴れるよ」
他愛のない会話を楽しみながら、チョコボ車は街道をひた走る。ところが突然チョコボ車が急停止した。フラットレイはとっさにフライヤを、庇うようにきつく抱きかかえる。
「どうした?!」
「だ、旦那様、外を…!」
緊迫した御者の声に窓の外を見れば、チョコボ車の前方に魔物の群れが立ちふさがっていた。雪で獲物がなくなった為、チョコボの匂いに引かれて現れたのだろう。その数、十数匹はいようか。ドラゴンゾンビ、ヘクトアイズ、モルボル…どれも手強い魔物ばかりだ。2頭のチョコボは怯えたように、立ちつくしたままだ。フラットレイが即座に槍を携えてチョコボ車の外に飛び出した。続いてフライヤもチョコボ車から降りて来た。
「モリス、予備の剣を寄越すのじゃ」
既に剣を抜いている御者に向かって叫ぶと、驚いたようにフラットレイが振り向く。
「フライヤ! 何故出て来た!! 中に戻りたまえ、今すぐ!!」
激しい口調で怒鳴りつけるフラットレイに、フライヤは頑なに首を横に振る。
「いいえ、あの数ではいかにフラットレイ様と言えども、簡単に退治とはゆきませぬ。チョコボに万一の事あらば、私達はこの雪の中で立ち往生するしかありませぬ!」
「ダメだ! 身重の君に何が出来るというんだ?! その身体で、まともに戦う事など出来はしないのは、君が一番良く判っている筈だ。早くチョコボ車へ戻るんだ!!」
「嫌です。私とてわずかなりともお役には立てましょう。かような状況で、私1人安全な所でのうのうとしている訳には参りませぬ」
言い争いをしている間に、魔物の1匹が2人に襲いかかって来た。フラットレイはフライヤを己の背後に押しやると、槍を力一杯袈裟懸けに薙ぎ一太刀で魔物を倒した。そこへドラゴンゾンビがブレスを放って来る。
「退くんだ、フライヤ! ウインドシールド!」
フラットレイが竜技で風の防護壁を作り、ドラゴンゾンビのブレスから皆とチョコボを護る。モリスもフライヤの父のクレセント元帥に長年御者として仕えて来ただけあって、剣を振るう腕は確かだった。予備の剣を背にしっかりと装着し、フライヤに決して渡すつもりはないと態度で語っている。
フライヤを背後にかばいながら、魔物と斬り結びつつフラットレイが叫ぶ。
「聞きなさいフライヤ。私の槍で君を護る事は出来る。けれどお腹の子供を護れるのは、母親の君だけなんだぞ?! 少しでも私達の手助けをしたいと思うのなら、チョコボを連れてこの場から離れるんだ。いいね?!」
フライヤに指一本触れさせぬという気迫で、フラットレイはただの1歩もその場から動かず、攻撃を仕掛けて来た魔物を鬼神のごとき槍捌きで葬り去る。だが、飢えた魔物達は人間よりも2羽のチョコボを狙って群がって来る。モリスが必死にチョコボを護って戦っているが、数の多さに魔物の牙を遠ざけるのがやっと。彼の力が尽きれば、最悪の事態になるのは目に見えている。
自分が2人の足手まといになっている事に、フライヤは唇をきつく噛んだ。そこへ今度はモルボルが攻撃して来た。
「行け、フライヤ!!」
フラットレイがモルボルに斬りかかると同時に、フライヤは魔物の触手を避けるようにジャンプして、チョコボ車の屋根に身軽く降り立った。ところがそのフライヤ目掛けてヴェパルが急降下して襲いかかって来る。
チョコボ車の屋根には、万が一に備えて野営用のテントなどの装備が積んである。フライヤはとっさにその中から武器になりそうな物を掴むと、思い切りヴェパルを殴りつけた。
パーン!と派手な金属音にギョッとしたように、何事かとフラットレイとモリスがチョコボ車を振り仰ぐ。
―――フ、フライパン?!
逆上したヴェパルが再び凄まじい速度で降下して来た所に、フライパンがまたもや見事にヒット、へろへろと落下するヴェパルをフラットレイの槍が叩き斬る。
―――今のは見なかった事にしよう…。
鍋とフライパンそして可愛いフリルのエプロンは女性の最強の武器の1つだが、魔物を殴って思い切り凹んだフライパンをきりりと手に持って魔物に睨みをきかせるフライヤの姿は、何かが激しく間違っている。
速攻で記憶喪失を決め込む事にしたフラットレイとモリスが、魔物との戦いに専念を始めたおかげで魔物の攻撃の手が緩んだ。その隙にフライヤはチョコボ車の手綱を取って、街道を来た方向に向かって全速で走らせる。
「フラットレイ様…」
もう大丈夫だろうという距離まで離れて、遠く背後を振り返る。飢えた魔物が死に物狂いで獲物を襲って来る時の恐ろしさは、長い旅の間に骨身に染みて知っている。無論、ブルメシア最強の竜騎士であるフラットレイが、万が一にも負ける筈などないと信じているが、1人戦場から安全な場所へ遠く離れ、様子が全く判らない分、不安だけが大きく膨らんでゆく。
フラットレイはフライヤが自分も戦うのだと意地を張り続けていた時に、彼女を背後にかばって幾つか怪我を負っていた。どうかご無事で…と祈る思いを風に託すより他に、フライヤに出来る事はない。
「―――っ、つう…」
不安の為か、突然腹の痛みに襲われ、フライヤは御者台にうずくまる。
「おぬしにもすまなかったの…」
フライヤは何度も思いを込めて、下腹部を優しくさする。今は1人の身ではないのに、自分の我が儘が情けなくて涙が出そうだった。
フライヤにとってただ待つだけの長い長い時間が過ぎ、遠くでキラリと輝く剣の金属光が目に飛び込んで来た。チカチカと何度も瞬く合図に、フライヤは大急ぎでチョコボ車をフラットレイの元へと走らせる。
「フラットレイ様!」
フライヤがチョコボ車で駆けつけた時には、フラットレイとモリスの足元に魔物が累々と転がっていた。2人とも怪我をポーションで治療している最中で、特にモリスは足に大きな傷を負っていたが、生命に別状はないようだった。
フライヤは荷の中から貴重なエリクサーの小瓶を取り出すと、モリスに放ってやった。そしてチョコボ車を降りると、おずおずとフラットレイの前へと進み出る。
「その…フラットレイ様、申し訳ありませんでした」
もう2度と無茶をするんじゃないと、きつく叱られるのは当然の事と覚悟しているのか、フライヤの耳と尻尾がしゅんと垂れ、視線はずっと下を向いたままだ。
「どこも怪我はないね? お腹にも異常はないだろうね?」
予想通りのフラットレイの厳しい口調に、フライヤはますます下を俯く。
「はい…」
その返答に、フラットレイは戦闘の時からずっと纏っていた氷のような冷厳な気配をふっと緩めると、ようやく肩の力をぬいて深い溜息をつく。
「―――君が無事で良かった。たく、君といるといつも寿命が縮む思いだ。無茶をする君も好きだが、あまり心配をかけさせないでくれ」
「…はい」
安堵の思いを込めてきつくフライヤを抱きしめるフラットレイに、フライヤは何度もうなずく。エリクサーのおかげで傷を完治したモリスは、熱々の竜騎士夫婦からは目を背けて、チョコボの世話を始めていた。2羽のチョコボはギザールの野菜を貰って、嬉しそうにクェクェと鳴く。
ようやく旅を再開し、フライヤ達がギザマルークの村に到着した時には、陽は大きく西に傾いていた。フライヤとフラットレイは、早速村のギザマルーク神殿に向かった。
神殿で巫女と神官から安産の祈祷を受け、その証として小さなベルを授かった。後で洞窟の舞神窟に参拝して、竜神の棲む聖なる泉にベルをくぐらせ、生命の源である水の加護を願うのである。
ギザマルークのベルの音が、洞窟の扉の封印を解く魔法の鍵であるように、その小さなベルはこれから産まれて来る子供の魂と共鳴して、母親の胎内に無事に導き、その子が産まれるまで護るとの言い伝えがある。母と子の絆を結ぶというベルを、フライヤは嬉しそうに何度も鳴らす。神殿を出て宿に向かう道すがら、自分やフラットレイの耳元で鳴らしたり、お腹の子供に聞かせるようにしてみたり。少女のようなはしゃぎぶりに、フラットレイも目を細める。
後はギザマルークの洞窟を抜ければ、ヒルダガルデが迎えに来てれる。今日のような魔物の襲撃に会う事ももうあるまい。ここまで来れば、後は何事もなくアレクサンドリアまで到着出来るとフラットレイは安堵していた。だがその期待は2人が向かった宿で、早くも裏切られる事となるのだった。


ギザマルークの村は小さな村ではあるが、各地方からの街道が交わる国境の宿場町として、目抜き通りの両側には多くの宿屋が建ち並び、行き交う人々で活気に満ちていた。フラットレイとフライヤは、その中から瀟洒な造りのこぢんまりとした宿へと入っていった。
2人がギザマルーク神殿に詣でている間に、陽はとうに暮れ、建物の中から暖かな光がこぼれている。モリスが既にチョコボ車と荷物を宿に運び入れていたので、フラットレイは宿の主人から部屋の鍵を受け取ると、冷えた身体を暖めようとすぐに食事を取ろうと提案し、フライヤも大きく頷いた。
宿の1階にある食堂兼酒場は、夕食時とあってなかなかの盛況ぶりだった。あちこちのテーブルから、穏やかに談笑する声や、笑いさざめく声が聞こえて来る。そんな酒場の最奥に軽く壁に仕切られた小部屋があり、珍しい青銀の髪と瞳をした壮年のブルメシア人が1人優雅に酒を呑んでいた。相当の酒豪とみえて既に幾つもの酒瓶が空になっているが、彼は全く酔った様子もない。男はグラスに残った酒を一気にあおると、追加の酒を注文しようと片手を上げかけた。ちょうどその時、新たな客が宿の娘の案内で酒場へ入って来た。
良く見知った竜騎士夫婦の姿を認めて、男は上げた手を下ろすと、竜騎士夫婦の方を真っ直ぐ見据えたままほんの一瞬、気を放つ。
「!」
強大な竜の気に、ハッとしたようにフラットレイとフライヤが奥の小部屋に目を向けると、男は軽く手を上げて2人を手招きする。
「ギザマルーク様、どうしてこんな所に?!」
小部屋で酒を楽しんでいたのは、ギザマルークの洞窟の主たる、ブルメシアの守護竜。つい先程2人が参って来た神殿に奉られている守護竜が、何故ここで人の姿で呑気に酒を嗜んでいるのかと、慌てる竜騎士夫婦の様子にギザマルークはちらりと笑う。
「酒は好きだからな、呑みに来ただけだ。そなた達も座って一緒に呑むがいい」
「はぁ…」
竜族は概して酒が好きだ。古来から邪悪な竜を酒に酔わせて倒したという英雄譚は枚挙に暇がない。けれどもフラットレイとフライヤは困惑ぎみに顔を見合わせるばかり。
「細かい事は気にするな。我の事は水鏡に映った影とでも思うがよい。たまには誰かと酒を酌み交わすのも悪くないからな。アリス、酒の追加と2人分のグラスを頼む」
2人が案内の娘を振り向くと、彼女もまたギザマルークの正体を知っているのだろう、娘も少し困ったような曖昧な笑みをフライヤ達に向け、かしこまりましたと頷いて、カウンターの奥に向かう。
「ここへは良く酒を呑みに来るのですか?」
「ごくたまに気が向いた時にな。こうして耳をそばだてていると、洞窟や神殿では決して聞く事の出来ぬ民の本音の声も良く聞こえるぞ」
まるでどこぞの国王陛下のようなギザマルークのすました言葉に、竜騎士夫婦は思わず苦笑を漏らす。
「ではお言葉に甘えて、ご相伴させていただきます」
フラットレイとフライヤが腰を下ろすと、娘がタイミング良く酒とグラスを持って来た。
「奥様にはこちらをお持ちしました」
そう言って娘はノンアルコールの葡萄液の入った瓶を差し出した。
「おお、すまぬの」
身重のフライヤへの細かな気遣いを、ありがたく頂戴する。
「―――ああ、神殿に安産の祈祷に詣でて来たのか。そなたの子なら、そんな事をせずとも丈夫な子が産まれると思うがな」
ギザマルークが、フライヤが大事そうに持っていたベルを見ながら言う。
「さっき入口でチョコボ番が話すのを小耳に挟んだのだが、ここへ来る途中、魔物に襲われたとか? クレセント代々の竜騎士の血を色濃く受け継いだそなたの事だ、大人しく安全な所におったとは思えぬのだが。フラットレイ、そなたも難儀な事だな」
フライヤは耳まで真っ赤になって下を向き、話を振られたフラットレイはただ苦笑いを浮かべる。
「例えギザマルーク様のおっしゃる通りだったとしても、私はフライヤのそんな所も含めて愛しております。例え何が起きようとも、大切な妻を己が槍で護り抜く所存にございますれば」
竜の目を覗き込んだ者は、その強大な魔力に魂を捕らわれると言う。だがフラットレイはあえて守護竜の青銀の瞳を真っ直ぐに見据えながら、あっさりと言ってのける。これまでに星の数にも等しい夫婦の、永遠の誓いを聞き届けて来たギザマルークが、ほんの微かに口元を緩めた。
「そなた達、明日は洞窟に詣でるのだろう? もう供物は神殿の方に奉納してしまったのかな? クレセントの畑の葡萄酒は旨い故、我も気に入っているのだが、神殿から我の元に届くのにちと時間が掛かるのが難でな」
そう言いながらギザマルークは、既に追加の酒瓶を半分近く空けている。酒豪揃いの竜騎士団にも、まさに底なしのギザマルークの呑みっぷりに敵う者はそう多くはないだろう。
「最も葡萄の出来の良い年の物を一樽、神殿に奉納して参りました。ですがご所望であれば同じ物を1本お持ち致します」
それはベアトリクスとスタイナーの結婚祝いに持参した物だった。ギザマルーク神殿への供物と同様に樽ごと持って来ても良かったのだが、集まる面子が面子だけに樽酒など持っていったら、それこそ結婚式が台無しになりかねない。フラットレイとフライヤの結婚式の時にも、挙式後ふるまわれた酒でちょっとした騒動が起こって、宴会場となった王宮の一室が吹き飛んだ事は記憶に新しい。そんな訳で竜騎士夫妻が話し合い、慎ましく(?)酒瓶1箱で止めておこうという事になったのだった。
フラットレイが席を立ち、やがて葡萄酒の瓶を1本携えて戻って来た。“月の乙女”と銘打つそれは、ブルメシアでも5指に数えられる極上の酒だった。クレセント家の先祖が武勲の褒美に時の国王から賜ったという葡萄畑から作られるこの酒を、フライヤは子供の時分より慣れ親しんで、育って来たのだった。
ギザマルークは新しいグラスを3つ用意させると、手ずから酒をグラスに注ぐ。美しい黄金色の酒をギザマルークから手渡されて、フライヤは微笑みながらグラスをテーブルに置く。
「ギザマルーク様、お気持ちは大変ありがたいのですが、今は御酒は飲めませんので…」
大好きな酒を前に、フライヤは本当に残念そうだ。
「判っておる。そなたと最も縁(えにし)の深い大地の恵みと、水の祝福だ。1口で良いから飲んでみるがいい」
ギザマルークの人ならぬ青銀の瞳が、悪戯っぽく煌めく。水竜の化身は明らかに楽しんでいる様子だった。
「では1口だけ」
フライヤがグラスを手に取ると、ギザマルークが竜の言葉で呪文を唱えた。古い古い言葉なのでフライヤ達には意味は取れなかったが、不思議な事に最後の言葉だけははっきりと判った。
『生命と水の加護をそなたに』
ギザマルークとフライヤのグラスが澄んだ音を立てて触れ合うと、黄金の液が一瞬、不可思議な色に煌めいて揺れた。フライヤは数ヶ月ぶりに飲む酒を、嬉しそうに傾ける。
「!」
くいっと一気に喉へと流し込まれた酒に、フラットレイが静かにあわてふためくのを、ギザマルークが目の端で捉えて小さく笑う。
「ちょっとした守護の魔法を授けただけだ、子に害はない。神殿へ詣でて神官達の祈祷を受けるよりは、多少マシな“御利益”とやらはあると思うぞ。但し子供が無事産まれるまでは、魔物相手に立ち回るのは止めておいた方が良いと思うがな。そこの竜騎士の為にも」
「はい。ギザマルーク様、まことありがとうございまする」
ブルメシアの守護竜御自らの祝福に、フライヤとフラットレイが揃って頭を下げる。
やがてテーブルに暖かな食事が運ばれて来たが、ギザマルークは酒以外の一切を口にしようとはしなかった。恐ろしくハイペースで呑むギザマルークに、フラットレイも良く付き合っていた。その間、身重の身体でなければ、とフライヤがほんのちょっぴり悔しそうに2人の呑み比べを眺めていたのは言うまでもないだろう。
「フラットレイ様、そろそろお終いになされた方が宜しいのでは?」
幾つの酒瓶を空にしたのか、とうに分からなくなった頃、フライヤが夫のグラスを手で押さえた。表面上はほとんど変わらないが、流石のフラットレイもそろそろ限界のようだった。普通の者であれば、とうの昔に酔いつぶれている所だ。フラットレイも相当の量を呑んでいるのだが、うわばみと親戚の種族である竜と、酒量を対等に競える人間なぞいないと言って良いだろう。
「…うん、そうだね。こんなに呑んだのは私も久しぶりだ」
立ち上がりかけて、少しよろめいてフライヤに抱きつく。妻に甘えているのか、本当に足元がおぼつかないのか。恐らくは双方であろうと、フライヤは苦笑しながら溜息をつく。
「ギザマルーク様、申し訳ありませんが、私達はこれにて失礼させていただきます」
「うむ、我も久しぶりに楽しませてもらった。…これをアリスに渡してくれ。酒代だ」
ギザマルークが放ったのは、見事な色合いの大粒のアクアマリン。竜に酒を奢られるなど、きっと生涯ただ一度きりの出来事だろう。
「お預かり致します」
丁重に礼をして、仲良く酒場の扉をくぐる竜騎士夫婦の後ろ姿に、幸あれとギザマルークはグラスを掲げ、旨そうに酒を飲み干した。


翌日、フライヤ達は同じように安産の祈願に集った人々と共に、巫女の案内でギザマルークの洞窟に入り、舞神窟の聖なる泉に授かった生命のベルをくぐらせ、生まれ来る幼子への加護を祈る。昨夜、水竜から特別の祝福を賜った2人だったが、古くからの習わしの儀式を無事終えると、また感慨深いものがある。
「これで昨夜ギザマルーク様がおっしゃられたように、君に似た元気の良い子が無事産まれるだろうね」
「もう、フラットレイ様!」
からかわれて口を尖らすフライヤも、幸せそうに笑んでいる。ギザマルークの村に戻る一行と別れ、竜騎士夫妻は無事リンドブルム側の出口にたどり着いた。チョコボに荷を載せ替えたモリスも同行している。
エーコとの約束の時間通りに洞窟の上空に飛空艇が姿を現し、ヒルダガルデの優美な船体が3人の前に降り立った。
「フライヤ、フラットレイさん。久しぶり〜!」
渡り板が下ろされると、真っ先にエーコが中から飛び出して来て、フライヤに駆け寄る。その勢いのままフライヤに抱きつこうとして、ハッとしたようにエーコが立ち止まってたたらを踏む。
「っとと。フライヤ、お腹に赤ちゃんがいるのよね」
片膝をついたフライヤに、いつものように抱きついていいものかどうか、エーコは戸惑っているようだった。
「そっとであればかまわぬ。久しぶりじゃの、エーコ」
フライヤの方から抱きしめられて、エーコは嬉しそうにフライヤの首に両腕を回す。
「えっと、お腹に触ってもいい、フライヤ? この子達にもご挨拶しなくっちゃ」
フライヤが二つ返事で頷くと、エーコはそうっと少しふっくらとしたフライヤのお腹に手を当てる。
「こんにちわ、おチビさん達。あたしはエーコ・キャルオル・ファブールよ。よろしくね」
「するとエーコ殿、フライヤのお腹にいる子供は1人ではないのですか?」
「そうよ。暖かい感じのものがふたつ、あたしの角で判るの」
「では生まれて来るのは双子か。私には兄弟はおらなんだから、ますます楽しみじゃのう。男の子か女の子か、エーコは判るか?」
双子と聞いて、フラットレイもフライヤも既に相好を崩している。
「ううん、そこまではわかんないわ。でも女の子だったら、あたしも嬉しいな。あたしとお揃いのリボンつけて、可愛いフリルのお洋服着せて、一緒に街を歩いたらきっと楽しいだろうなって思うわ」
「女の子が産まれたら、ぜひそうさせてもらおうかの」
「うん!」
久しぶりの楽しい会話は、ヒルダガルデがアレクサンドリアに到着するまで尽きる事はなかった。アレクサンドリア城では、明日花嫁となるベアトリクスとスタイナーが、ヒルダガルデを出迎えてくれた。
「ベアトリクス。出迎えは嬉しいのだが、明日の式の準備で忙しいだろうに、かような事をしていて良いのか?」
「ええ…城の女官達が何やら張り切ってしまっていて、花嫁に磨きを掛けるのだと言ってお風呂場やらお針子部屋などをあちこち引き回されるので、こうして任務についていた方がずっと気が楽ですから。城の女官達は皆、ガーネット様のお世話をする為にいるというのに、困った事ですこと」
ベアトリクスは深々と溜息をつく。美貌の女将軍の花嫁仕度という事で、女官達が手ぐすね引いているのが目に見えるようだ。フライヤも自分の結婚式の時の、メイド達の張り切りようを思い出して、しみじみとうなずく。
「明日までの辛抱じゃ、ベアトリクス。おぬしの花嫁姿はさぞ美しかろうから、皆の気持ちとて判らなくもない。私も楽しみにしておるからの」
ぽんぽんと肩を叩かれ、ベアトリクスはあきらめたように肩を落とした。
フラットレイとフライヤ、エーコは揃ってガーネットに謁見し、フラットレイはパックからの親書をガーネットに手渡した。表向きの用件を済ませて、後は明日の結婚式を待つばかりである。


「ガーネット様、ベアトリクス将軍のお支度が整いましてございます」
「わかりました。すぐに参ります」
ガーネットと共にサロンでお茶をしていたエーコとフライヤも立ち上がり、女官の後に揃ってついて行く。フラットレイ達男性陣は、ずいぶん前にスタイナーの控え室に顔を出しに行っていた。
「どうぞ、皆様方」
扉が開くと、ベアトリクスを囲んでいた女官達がガーネットと賓客の為にサッと道を空ける。雪よりも白い純白のウェディングドレスに身を包んだベアトリクスは実に美しかった。
「綺麗よ、ベアトリクス」
「素敵だわ〜。スタイナーもこんな綺麗なお嫁さん貰えるなんて、果報者ね」
エーコが乙女のあこがれモードで、溜息を漏らす。
「ほんに文字通りの、三国一の花嫁じゃのう」
「ありがとう存じます、ガーネット様、エーコ様、フライヤ」
ベアトリクスがほんのりと頬を上気させて微笑む。
「ほーんと、おっさんなんかにゃもったいないよな〜」
「!」
その場にいた全員がぎょっとしたように、後ろを振り向く。
「ジタン! ここはおぬしの来る所ではない!」
一喝する声と同時に鉄拳制裁をくらって、ジタンは痛そうに頭をさする。
「フライヤ、おまえもうじき母親になるんだからさ、もちょっと優しく…」
「ええい、黙りゃ。ここは男子禁制じゃ、早う出てゆくがいい」
ジタンはあっさりとフライヤに蹴り出されてしまった。
「たく、油断も隙もない奴じゃ」
「レディの控え室を覗くなんて失礼よ!」
「(ジタンたら、あの悪い癖はいったい何時になったら治るのかしら…)」
エーコとガーネットも呆れ顔を浮かべているが、ベアトリクスは些細な事と気にも止めていないようで、終止幸せそうな微笑みを浮かべている。無論ジタンの悪行は、花婿の控え室にもすぐに伝わり、ショックと竜の紋章が炸裂する音がベアトリクスの控え室にまで派手に響いていた。
ベアトリクスとスタイナーの結婚式は、アレクサンドリア城の大聖堂で執り行われた。2人の晴れの日は、あいにく今にも降り出しそうな曇り空だった。親しい友人達の見守る中で慎ましく式を挙げる心づもりでいた新郎新婦だったが、大聖堂の外には美貌の花嫁を一目見ようと、ベアトリクスの部下の女兵士達、城の女官達などが寒空にもかかわらず大勢詰めかけていて、式に列席するプルート隊の隊員は彼女達の嫉妬の視線を浴びまくっていた。
外の喧噪に比べて、大聖堂の中はなごやかな雰囲気で花婿と花嫁の登場を今かと待っていた。ガーネット女王、エーコ公女に、ブルメシアの竜騎士夫妻や、ジタンとタンタラスのメンバー、クイナにビビの子供達の姿もある。そしてサラマンダーも、ラニと共に大聖堂の端を陣取るようにして、椅子に腰を下ろしていた。他にアレクサンドリアの大臣等、主立った執政官達も列席している。
大聖堂に厳かに音楽が鳴り響き、スタイナーとベアトリクスが静々と入場して来た。緊張の為に、スタイナーの足取りは妙にぎくしゃくとしている。純白のベールに全身を覆われた美しい花嫁に列席者のあちこちから溜息が漏れる。
式は厳粛に滞りなく進み、誓いのキスの後、司祭が祝福の言葉を述べると、心からの拍手が鳴り響く。花嫁のブーケはガーネットに手渡され、聖剣の乙女は頬をほんのりと上気させてブーケをしっかりと胸に抱きしめていた。
式が終わって大聖堂の扉が再び開かれた時には、外では雪がちらちらと舞い始めていた。
「せっかくの結婚式なんだから、もう少しだけ晴れていてくれれば良かったのに!」
エーコがぼやくが、それでも2人を祝福する為に大勢の人々が大聖堂の外で待っていた。ライスシャワーを浴びるベアトリクスとスタイナー夫妻の頭上には、天から白い花びらが降り注ぐ。
「じゃが、2人ともほんに良い表情をしておる」
幸せいっぱいの新郎新婦に、誰もが笑みを浮かべて祝福を贈る。式の参列者達も大聖堂から表に出て来て、人々の中に加わった。ブーケを抱えたガーネットの優美なドレスの裾を気遣うようにジタンがエスコートしながら大聖堂の石段を降りてゆくのを、そして大勢の祝福を受けるベアトリクスとスタイナーの幸せを絵に描いたような姿を、エーコがほんの少し羨むように眺めている。
「ね、エーコもいつか、あんな風な素敵な花嫁さんになれるわよね」
「もちろんじゃとも。あと何年かすれば、エーコだけの大切な人がきっと現れようぞ。じゃがあんまり早うエーコがお嫁に行ってしまったら、シド大公殿は寂しがるかも知れぬのう」
「そうねぇ。じゃあ、今の内にいっぱいお父さんに親孝行しとけばいいわよね?」
自分も早くウェディングドレスを着たくてたまらないらしいエーコに、フライヤが大きく頷く。満足したようにエーコは大聖堂の石段を元気良く駆け下りると、ビビの子供達と共にライスシャワーの輪に加わる。石段の手前でフラットレイがフライヤにスッと近づき、さりげない動作で白い手を取った。
「雪で滑りやすくなってるから気を付けてね」
「はい」
ゆっくりと石段を下りて、フラットレイが雪よけにと自分のマントを肩に掛けてくれた。フライヤは天を仰いで、静かに降る雪を見上げる。この雪が更に深く積もり、そして春になって解ける頃、お腹にいる子供が生まれて来る。
いつの間にやらエーコとビビの子供達は、互いにライスシャワーをぶつけ、合戦を始めてはしゃいでいた。ここにいる全ての者の上に、雪の白い花びらは等しく降りゆく。
フライヤはフラットレイにそっと寄り添いながら、自分がフラットレイと結ばれて幸せになったように、ベアトリクスとスタイナー夫妻にも、ジタンとガーネットにも、じゃれ合うエーコとビビの子供達、そしてサラマンダーとラニ、この場に集って笑っている大切な仲間達皆にどうか
幸福が訪れますようにと、空を渡る風に願いを込めるのだった。


−FIN−





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