〜竜の国の狂詩曲 3〜





「フラットレイ様、フライヤ様。出立のお時間でございます」
執事の声に、微笑みと共に差し出されたフラットレイの腕を取り、フライヤははにかみながらも顔をまっすぐに上げて、静々と仕度部屋のドアをくぐる。
サラサラと、ウェディングドレスの衣擦れの音だけが、後に残った。それをゆっくりと追うように、パック、そして仲間達が2人の後に続く。
クレセント邸の正面玄関には、揃いの礼装を纏った2人の竜騎士が、花婿と花嫁を待っていた。
慣例により、ギザマルークの洞窟へ向かう花嫁行列を青の王都の正門まで、神殿付きの警護兵が先導する事になっている。
人目を引く花嫁行列による交通の混乱を避ける為のもので、一般市民は王都にある風の神殿で式を挙げるので、そこの警護兵が任に当たるのだが、フラットレイとフライヤの場合は王宮の大神殿の警備の者――すなわち竜騎士がその役を担う事になる。
「竜騎士アルスターとウルリッヒ、王都の正門まで、めでたき花嫁行列の先導の任を仕ります!」
きりりと敬礼をする双子の竜騎士に、花婿と花嫁も同じ仕草を返す。
型通りの挨拶を交わした直後、フラットレイの悪友達は相好を崩し、花婿の背中をバシバシと叩きまくる。
「おい。フライヤ、メチャメチャ綺麗じゃねぇか」
「たく、この幸せもんが〜」
小声で囁きながら、フラットレイを羽交い締めにする。
もう勘弁してくれよ、と言いながらも、フラットレイもフライヤも楽しげな笑い声を立てている。
「お役目大儀である」
悪友達に小突かれてるフラットレイを救ったのは、適当な頃合いで2人の後から玄関先に現れたパックだった。その背後から仲間達もぞろぞろと表に出て来る。
4人の竜騎士が全く同時に、王に礼を取る。
「陛下。女官長殿より、後ほど迎えを寄越すとの伝言を承っております」
「うむ」
パックは鷹揚にうなずく。
やがてチョコボが3羽、門衛の手で玄関先に連れて来られた。
フライヤを抱いたフラットレイ、ベアトリクス、スタイナーが、それぞれ用意されたチョコボに乗った。竜騎士達も各々のチョコボに跨る。
「それでは陛下、行って参ります」
「スタイナー、ベアトリクス。2人を頼みますね」
「はっ」
チョコボに騎乗した騎士達が、己の主君に一斉に敬礼する。
「いってらっしゃ〜い♪」
皆の声に手を振って、花嫁行列はギザマルークの洞窟に向けて出立した。


フライヤ達一行の姿が見えなくなると、早速サラマンダーが使用人の1人を捕まえて訊ねる。
「おい。この近くに貸しチョコボ屋はあるか?」
「でしたらこの先の角を…」
不穏な気配を纏った巨躯の男にも、にっこり笑顔で答えるメイドは、流石主人の躾の賜物と言うべきか。
ジタンもサラマンダーと並んで、メイドの説明を聞いている。そんな彼らにクイナと何事か話していたシドが声を掛けた。
「おまえ達、弁当が出来るまで待つ気があるなら、ヒルダガルデでギザマルークの洞窟まで送って行ってやるぞ」
「本当? やりぃ!」
二つ返事でうなずくジタンが、おまえはどうする?、とサラマンダーを向く。
「…いいだろう。チョコボで移動するよりも、その分、力を温存出来るからな」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
この男が、ジタンの前でこんな笑みを見せるのは、非常に珍しい。よほどベアトリクスとの対決を、楽しみにしているようだ。
「お弁当作るなら、げんこついもの煮っ転がしと、山の幸のサラダ、それからデザートはね…」
ちゃっかりクイナにメニューの注文をつけているラニに、サラマンダーが渋い顔をする。
「おい、まさかとは思うが、おまえも一緒に来るってのか?」
「悪い? どうせ神殿の儀式とやらまでヒマなんだし、久しぶりに焔の旦那の戦いぶりを見物させてもらうのも、いいかなって♪」
「…勝手にしろ」
何を言っても聞く耳持たないラニに、サラマンダーも既に諦めているようで、くるりと背を向ける。
2人のやりとりを見て、思わず吹きだしたジタンは、サラマンダーの八つ当たりの拳を見事に食らっていた。


竜騎士の先導でフライヤの花嫁行列は、道行く人々の美しい花嫁への溜息と祝福を受けながら、青の王都の正門までやって来た。
「我々の任務はここまでです。ギザマルークの洞窟まで、どうぞお気をつけて」
「ありがとう、感謝する」
お幸せに〜♪と花婿花嫁に手を振る友に別れを告げ、デインズホース平原へとチョコボを進める。
「良い風ですこと。折角の結婚式ですもの、ギザマルークの洞窟まで行くのに、雨が降ったら大変でしたわね」
ベアトリクスが、青く澄み渡った晴天に目を細める。
「銀竜花の咲く季節は、良く晴れる日が多いのですよ。だから花嫁に幸福を運ぶ花だと言う説もあるくらいですから」
穏やかにフラットレイが答える。
他愛のない会話が弾む中、フライヤが何となく浮かない顔をしているのに気づき、フラットレイが小声で囁く。
「どうしたんだい、フライヤ」
「あ、いえ…。今まで王都の外に出る時は、必ず槍を持って出たものですから、空手というのはどうも落ち着かなくて」
彼女の返事に、フラットレイが思わず苦笑する。
この顔ぶれであれば、たとえモンスターが襲って来ても、フライヤが戦闘に参加せずとも全く問題はないのだが、それでも――いや、この顔ぶれが揃っているからこそ、自分1人だけ己の得物を持たないというのが、武人として気が落ち着かないのだろう。
「大丈夫だよ。例えモンスターだろうが、尻尾の君や焔色の彼が現れようが、君は私が守る」
きゅっとフライヤを抱く腕に力を込めるフラットレイに、彼女もややぎこちない笑顔でうなずく。
「しかし残念でありますな。お2人の結婚式でブルメシアを訪れたのでなければ、先日の試合の再現が望めましたものを」
先月のガーネットの誕生日に、タンタラスの公演に先立って行われた御前試合に、フラットレイ、フライヤの両名も参加していた。
トーナメント方式の試合で、決勝に残ったのはベアトリクスとフラットレイ。
その時は僅差でベアトリクスが勝利したのだが、準決勝でベアトリクスはフライヤと、フラットレイはスタイナーと、それぞれ死力を尽くした戦いを演じた直後だったので、次回は1対1の本当の勝負をしましょうと、アレクサンドリアを立つ前に約束を交わしていたのだ。
「次に我らがアレクサンドリアを訪ねる時は、おぬし達の結婚式であろうが」
フライヤの言葉に、スタイナー、ベアトリクス両名が頬を染める。フライヤがクスクスと笑い声を立てた。
「いずれにせよ次の勝負、必ずや私が勝たせていただきますぞ」
「こちらこそ、決して負けはいたしませぬ」
互いに笑顔を浮かべているが、言葉には本気の鋭い刃が見え隠れしている。
フラットレイのその言葉が、フライヤが心の奥で感じている、とある不安を思い起こさせる。




それは結婚式の3日前の事。
月に1度行われる竜騎士の練習試合で、フライヤはフラットレイと対峙していた。
フライヤ、フラットレイ、実力は共にほぼ互角。
伯仲する試合展開に、他の竜騎士達は固唾を呑んで見守っている。
…けれど試合が長引けば長引く程、男女の体力差でフライヤの方が、次第に劣勢に追い込まれて行く。
「この勝負、フラットレイに1000ギル賭けた」
「俺はフライヤに1000ギルだ。あいつ結婚したら、確実にフライヤの尻に敷かれそうだからな」
「俺はフラットレイに賭けるぞ」
俺も俺も、と声が続く。
「え?! 5対1かよ〜。誰か俺の他に、フライヤに賭ける奴はいないのか?」
アルスターが情けない声を上げる。
「では予がフライヤに、残り4000…いや倍の8000ギル賭けようじゃないか」
突如背後から上がった馴染みのある幼い声に、竜騎士達がギョッとして飛び上がる。
「へ、陛下」
礼を取りながら蒼白になる騎士達に、パックはにやりと笑みを作る。
「今は執務室から脱走中の身だ、気にするな。それに俺は賭け事には自信がある。
フライヤは必ず勝つ。見ているがいい」
腰に両手をやって胸を反らし、パックは顎で闘技場を指し示した。
続く激しい戦いに、肩で苦しい息をしながらも、フライヤの瞳は闘志に輝いている。
渾身の攻撃をかわされ、逆に懐に飛び込んで来るフラットレイの攻撃をギリギリのタイミングでどうにか槍で受け止め、その重い衝撃に耐えながら、彼女の心にあるのはただ1つ。
勝ちたい。
例えフラットレイの元に嫁いでも、戦場では常に彼と共に並んで戦う戦士でありたい。
結婚式の前の最後の試合だからこそ、また見習い時代からフラットレイの強さに憧れ、ずっとその背を追い続けて来たからこそ、何としてでも勝って、その証としたい。
そんなフライヤの想いを察したかのように、フラットレイも一瞬たりとも手を抜く事なく、己が力の全てでもってフライヤと対峙する。それが何よりフライヤは嬉しい。
立て続けの容赦のないフラットレイの攻撃に、ざわ、とフライヤの中の竜の魂がざわめいた。
沸き上がる竜の力に、フライヤの全身が白銀の光に包まれる。
トランスしたフライヤに、フラットレイの瞳がスッと危険な色に細められる。
「竜剣!」
フライヤの竜技に、フラットレイもまた同じ竜技でもって、正面から向かって来る。
竜剣と竜剣がぶつかり合う、凄まじい気の衝撃が走る。
しん、と水を打った闘技場で、がくりと先に地に膝を付けたのは、フラットレイだった。
「そこまで!」
審判を務める竜騎士が、フライヤの勝利を宣言する。
「やった!!」
パックが嬉しそうに、指をパチンと鳴らす。
見事掛け金の8000ギルをせしめたパックは、アルスターの手にその金を押しつけた。
「アル、これであいつら2人に、祝い酒でも奢ってやれ」
国王陛下の粋な計らいに、肩を落としていた竜騎士達も、ピンと耳と尻尾を立てる。
今宵は婚約者達を囲んでの、酒宴になりそうだ。
一方闘技場では、完全に息が上がって声も出ないフライヤの前に、フラットレイが槍を杖に立ち上がって、祝福の言葉を述べる。
「おめでとうフライヤ」
これまで彼女と行った試合のほとんどを、フラットレイが勝利している。
だがそれは女性であるフライヤよりも、全てにおいて恵まれた体格や力があっての事。…トランス状態の彼女に、フラットレイが勝てたためしはただの1度もない。
ほんの一瞬、フラットレイが見せた複雑な笑顔に、フライヤの胸中にかつての痛みが甦る。
「フラットレイ様…」
不安に駆られて彼の名を呼ぶフライヤに、パックが駆け寄って来た。
「フライヤ!」
嬉しそうに飛び込んで来るパックを、身をかがめて腕に抱き止めるのに何とか間に合った。
「見事だったぞ2人とも。フラットレイ、おまえも惜しかったな」
パックは手放しで賞賛の眼差しを向ける。
「いえ。これほどの試合を、彼女との結婚式の前に出来た事、騎士としてこの上ない誇りに思います」
そう言ってフラットレイは、心から満足そうな笑みを浮かべる。
その穏やかな表情に、やはり先程心をよぎった影は杞憂であったかと、フライヤは胸を撫で下ろす。
「私もフラットレイ様が、真剣勝負をして下さって、とても嬉しかった。ありがとうございました!」
ぺこん、と礼をするフライヤに、フラットレイも立礼を返す。
「フラットレイにフライヤ、2人揃って竜騎士団を率いてくれれば、ブルメシアは恐いものなしだな」
「御意!」
うんうんとうなずくパックに、フライヤもフラットレイも力強い笑顔で応えた。




「―――ベアトリクスとの勝負の後は、私ともう1度手合わせ願いたいものですな。先日の試合の雪辱を、是非とも晴らしたく思いますれば」
スタイナーの声で、フライヤは我に返る。
「無論の事。こうして共に腕を競い合う相手がいるのは、騎士として無上の喜びの1つなれば」
応えてフラットレイが言う。
―――あ、まただ。この感覚。
『夢に果てなきうちは、道もまた果てのなきもの。さえぎるものが在るならば、それは内なる「恐れ」、ただそれのみである』
かつて、その言葉をフライヤに残し、フラットレイは強き者を求めて修行の旅に出た。
己の技を極める道に果てはない。
“ブルメシア最強の竜騎士”と呼ばれる彼と戦って1本取れる者は、あの不幸な戦のせいもあって、ブルメシアにはもうほとんど残っていない。
それが故に、いつの日か再びフラットレイが、ブルメシアから旅立ってしまうのではないか。
そんな不安がつきまとって離れない。
フラットレイが、フライヤのトランスにも匹敵する、あるいはそれ以上の新たな竜技を得ようと厳しい修練を己に課し、時間が許す限り王宮や神殿の古文書に残された竜騎士の記録を調べている事も、彼女は知っている。
『もう君を置いて、旅に出たりなどしない』
フラットレイは、固く約束してくれた。無論、現在復興途上のブルメシアも、彼の力を必要としている。
今すぐではない。けれど、いつかきっと……。
蒼き飛竜の眼差しは、常に天の高みへと向けられている。
―――その時が来たら、私はどうするのじゃろう? 今度こそフラットレイ様と共に、旅に出るのじゃろうか? それとも…。
フラットレイが再び外界に飛び立つ事も、彼が自分の為にその翼を折る事も――飛べない飛竜はどうなってしまうのか――フライヤはどちらも恐れている。
「フライヤ?」
ひどく硬い表情をしたまま押し黙ってしまったフライヤに、フラットレイが訝しげな顔を向ける。
「何でも…ありませぬ。……これからはずっと、こうして一緒にいられるのですよね?」
フラットレイ様の胸元に、白い頬を寄せる。
「もちろんだとも。何度でも誓おう、もう君を置いて旅に出たりなどしないと」
5年もの長きに渡る辛い旅の事を思い出していたのだろうか、とフラットレイは彼女を安心させるように優しく微笑む。
「…ふむ」
時折こんな風に不安げな表情をするフライヤに、『結婚式前の花嫁はナーバスになりがちだから、大事にして差し上げるように』と、女官長と風の大巫女から言い聞かされている事もあり、フラットレイは一計を案じた。
手綱をフライヤを抱く右手に持ち替え、反対の手でフライヤの顎を捕らえて、上向かせる。
「んっ……んん」
突然の長い口づけからやっとのことで解放された彼女の頬が、淡い桜色に染まっている。
「落ち着いた? 式の前に、君がとても緊張しているようだったから」
そう言ってフラットレイが深く笑む。
「…………」
「実は私も、少しばかり緊張しているんだ」
では先程から、胸の上を触りまくっている男の手は、一体何なのか?
「…フラットレイ様のお言葉、とても本当の事とは思えませぬ」
こめかみに青筋を立てているフライヤに、フラットレイは今度こそ嬉しそうに笑った。
「フフッ、やっといつもの君に戻ったね♪
君の笑顔はもちろん最高だけれど、怒った顔もとてもかわいい」
パッとフライヤの顔に朱が散る。
「緊張しているというのは本当だ。だから今度は君が慰めてくれないか?」
フラットレイの唇が再び近付けられる。
「ちょっ…フラットレイ様」
ベアトリクスやスタイナーに何と思われるかと、周囲に視線を走らせると、隣にいた筈の彼らは、とうに熱々の恋人達を置いてフライヤの遙か前方を走っていた。
「…………(汗)」
羞恥にますます顔を赤らめるフライヤに、フラットレイはもう1度甘美な口づけを与えた。




こちらは、シド達がヒルダガルデで飛び立った後のクレセント邸。
ヒルダ妃とガーネットが、サロンで優雅に紅茶を片手におしゃべりに興じている傍らで、エーコが窓の外をぼ〜っと眺めている。
「おい、ディディ達を知らないか?」
サロンに入って来たパックが、ビビの子供達の行方を、入口近くにいたエーコに尋ねる。
「ディディもバビもデェデェもブウも、みんな、み〜んな街に出かけちゃったわよ」
好奇心旺盛な子供達は、早速に青の王都見物に出ていた。
フライヤにもビビの子供達からも、1人置いてきぼりにされたエーコは、深い溜息をつく。
「チッ。俺がここで待ってろって言ったのに、あいつら」
パックが舌を打つ。
「まぁいいや。おまえ、俺と一緒に王宮に行かないか?」
「おまえじゃないわ! エーコ・キャルオル・ファブールって名前があるんだから!!」
むっとするエーコにも、パックは少しも動じず、そっと小声で囁く。
「ふーん。おまえ、フライヤの結婚の誓いの儀式、見たいんだろう?」
「えっ?」
「王宮に来れば、見せてやるって言ってんだよ。どうする?」
エーコの目がきらりん☆と光った。
「行くわ」
「そうこなくっちゃな。ただし他の連中には、絶対内緒だからな。
フラットレイにバレたら、後でどんな目に合わされるか…」
「もちろん。何でも約束するわ」
先程の無言の対決の光景を思い出し、大袈裟に首をすくめるパックに、エーコもきっぱりとうなずく。
パックはヒルダとガーネットのテーブルに近づくと、優雅にお辞儀をする。
「女王陛下ならびに大公妃殿下。迎えが参りましたので、私は一足先に王宮に戻らせていただきます。後ほど迎えの者をこちらに伺わせますので、お二方も王宮にいらして下さいませ」
「お母様、エーコもパックと一緒に行ってもいいでしょ?」
「ご迷惑ではありませんの?陛下」
眉をひそめるヒルダに、パックは子供らしい笑みを向ける。
「いいえ。お客人がおれば、うるさ方の政務官達とも顔を合わせずに済む、良い口実になりますゆえ」
「まぁ。飛空艇作りに夢中になっている時のあの人と、同じ事をおっしゃいますのね」
ヒルダがころころと笑う。
「エーコ、お転婆はいけませんからね。リンドブルム公女としてのふるまいを忘れないように」
「はい、お母様」
エーコは殊勝にうなずいて、パックと共に部屋を辞すると、途端にドアの向こうでパタパタと駆け出す2つの足音がする。
いつの間にやら意気投合した子供達に、ヒルダとガーネットが共に顔を見合わせ、微笑みを浮かべた。


迎えのチョコボ車の中で、エーコが不思議そうにパックに訊ねる。
「ねぇ。どうしてブルメシアでは、ギザマルークの洞窟と神殿、2回も結婚式をしなくちゃならないの?」
「ぶっちゃけて言えば、神殿同士の権力争いの名残だな。
ブルメシアの民が、クレイラとブルメシアの2つの国に別れるよりも遙か昔には、ギザマルークの洞窟のすぐ脇に、ギザマルーク様を奉る水竜の神殿があって、民の信仰を一身に集めていたんだ」
当然、各町や村にある、風の精霊を奉る神殿としては面白くない。
風の神殿の司である大巫女は代々、王家に縁の深い、魔力の優れた女性が務めていたから、これ以上ギザマルークの神殿を民が崇め続けるのであれば、政にも差し障りかねない由々しき問題であるとして、やがて王宮の奥深くで1つの陰謀と、それに続く悲劇の数々が生まれる事になる。
王宮は国境でもあるギザマルークの洞窟警備の新たな責任者と称して、1人の竜騎士の青年を、ギザマルークの神殿の祭司である竜の巫女姫の元に送り込んだ。
心正しく人並み優れた力を持った若き竜騎士と恋に落ちた巫女姫は、ひそかに双子の男の子を出産する事になる。
神の妻として生涯常乙女であるべき祭司の巫女姫が、人の子と通じ、よりにもよってその男の、子を産んだ。
醜聞は幾つもの尾ひれを付けて、たちまちブルメシアの国中に伝わった。
神をも恐れぬ行為を行ったとして、竜の巫女姫は捕らえられ、王宮の獄に繋がれた。
生まれたばかりの子供達とも引き離され、陽の射さぬ地下牢にて火刑を待つばかりの身となった巫女姫の元に、恋人である竜騎士が訪れ、涙ながらに真相を打ち明けた。
すなわち王宮の命令で、ギザマルークの神殿の名を地に貶める為に、彼女を誘惑したのだと。
けれども、いつしか竜騎士は、美しい巫女姫を心から愛するようになっていた。
『そなたを一目見た時から、王宮の命などではなく、己が為にそなたを手に入れんと策を弄した。
私の行いは、例えそなたに赦しを請うたところで、決して赦されるものではないだろう。だがせめてもの償いとして、私にそなたと同じ罪を共に背負わせてはくれぬか?』
そう言って彼は竜技を放つと、自らの手で牢の扉を破壊した。
『さあ、外へ! そなたは私がこの身に代えても、必ずや隣国まで送り届けてみせる』
騎士の名も、己の生命さえも捨てる覚悟の竜騎士に、巫女姫はまっすぐに彼の腕の中へと飛び込んだ。
『いいえ、いいえ。あなたが私に近づいた目的など、最初から理解っておりました。
けれどあなたに心魅かれて行く自分を、どうする事もできなかった…あなたを愛した事が罪だというのなら、私は甘んじてそれを受けましょう』
男を気遣うように淡く微笑む巫女姫を、竜騎士はきつく抱きしめた。
2人が王宮から脱出する手引きをしたのは、幼少の頃からの守り役であった竜騎士とその恋人を哀れんだ、王家の末の王女とも伝えられている。
事件の後、ギザマルークの神殿の司である竜の巫女姫に立つ者は、誰1人としていなかった。
王宮と風の神殿が、残された竜の巫女達に有形無形の圧力をかけたからとも、また才能のある全ての幼女を権力づくで風の神殿の巫女見習いとしたからとも言われているが、ともかく、これをきっかけにギザマルークの神殿は衰退の道を辿ることになる。
「何てひどい…」
エーコがきつい目で、ブルメシア王家の末裔で現国王のパックを見る。
「ハン。どこの国の王家にも、この手の話など数え切れない程ある。おまえもリンドブルムに帰ったら、大公殿に聞いてみるがいい。綺麗事だけで政が出来る程、世の中甘くはない」
「…………!」
あまりにもきっぱりと言い切るパックに、エーコは小さな拳をぎゅっと握りしめる。
リンドブルム大公家の養女となって1年。
パックの言葉が正しい事は、幼いエーコとてうっすらとではあるが理解できる。けれども理不尽だと感じる心と理性とが、そう簡単に一致出来るものではなかった。
「じゃあ…パックは、何とも思わないの?」
目の前にいる少年が、急に遠くにいる人のように思えて、エーコはうつむいて唇を噛む。
「思うさ、いろいろとな。
俺の父上の教育方針で、ブルメシア史…ことに王家の歴史については、表に決して公表される事のない部分であろうと、包み隠さず全て叩き込まれた。
歴史書を紐解きながら、父上はよく俺に尋ねられた。“この時、おまえならどうするか。自分で良く考えてごらん?”とな」
忙しい父王が、自分の為に時間を割いてくれて、ブルメシアの歴史を自ら語ってくれた。
勉強よりも外を駆け回る事が大好きなパックも、その貴重な時間をいつも心待ちにしていた。
こうして国王の座に着いてみてはじめて、自分は次代の王位を継ぐ者として、またたった1人の息子として、父王からどんなに大切に、注意深く育てられていたかを思い知らされる。
「まぁ聞け。竜の巫女姫の話には、まだ続きがあるんだ―――」
洞窟の主であるギザマルークもまた、竜の巫女姫を深く愛していたので、王宮と風の神殿が行った彼女への仕打ちと、それに続く彼の人の失踪とに、怒り心頭に発した。
アープス山脈の分水嶺に棲む水竜は、その力でもってブルメシアへと流れる水流を、全て止めてしまったのである。
そればかりか風の精霊の王と取引をして、以後一切の雨雲がブルメシアの空を渡る事はなかった。
風の王もギザマルークの嘆きに同情し、また風の神殿の傲慢さにも呆れ果てたのか、どんなに風の神官達や巫女達が祈りを捧げようと、決して耳を貸そうとはしなかった。
ブルメシアの国土は恐ろしい干ばつに見舞われ、作物は枯れ果て、人々は飢えと乾きに苦しんだ。
風の神殿が、全ての責任は竜の巫女姫の背徳行為にあるとした為に、ギザマルークの怒りは収まる事なく、干ばつは何年もの間に及んだ。
王宮はひそかに巫女姫と竜騎士を必死に捜したが、彼らの行方は杳として知れなかった。
末の王女がギザマルークの洞窟を訪れ、水竜の前に進み出て嘆願した。
『どうか私の生命と引き換えに、怒りをお収め下さい。民達には何の罪もありませぬ』
ブルメシアの老いたる王は、まだ幼い一番末の王女を溺愛していたから、父もきっと心を入れ替えるでしょう、と。
『娘よ、我が巫女姫を救ってくれたそなたを、この手にかけることは出来ぬ。
そなたの為に今年の収穫期までは、水を与えてやろう』
但しその代償は彼女にとっても、ブルメシア王家にとっても、少なからぬものだった。
事の真相を民に公表し、竜の巫女姫の名誉を回復すること。
頑なな心を持った王であっても、父を愛していた王女は悩んだ末に、その条件を呑んだ。
王宮と風の神殿の信頼は地に落ち、老王と王太子はその地位を追われ、王太子の小さな息子が、叔父を摂政として王位につくことになった。
失意のうちに老王が亡くなり、そして末の王女は、新たな風の神殿の大巫女の座に納まる事になる。
生まれ変わった王国に対する喜びと、翌年の収穫期への不安を誰もが抱いている中、新年の祭りの日に、双子の兄に手を引かれた幼い少女が、ギザマルークの洞窟へとやって来た。
竜の巫女姫によく似た幼子は、母から何度も話に聞かされた水竜の姿を目にするや、嬉しそうに駆け寄って来て、かあさまは遠くの国で幸せに暮らしている、だから悲しまないでと、母からの伝言をたどたどしい言葉でギザマルークに伝えた。
ギザマルークの怒りは解け、国を追われた巫女姫の娘が毎年新年の祭りに洞窟を訪れるようになり、やがて成長した娘が、ギザマルークの洞窟のすぐ近くの村に嫁いだ時も、誰1人とて、彼女の母の犯した罪を咎め立てたり嘲ったりする者はいなかった。
今でもギザマルークの村と呼ばれるその村の、巫女姫の娘のそのまた娘の血に連なる者達が、毎日ギザマルークに感謝の祈りを捧げ続けている。
「…そんな訳で、ギザマルーク様はブルメシアの水の神であると同時に、いつの間にか恋人達の守護者としても崇められるようになり、結婚式がギザマルークの神殿跡で盛んに行われるのを風の神殿も止める事が出来ず、2つの儀式を無理矢理こじつける形になったんだ」
「ふーん」
得意げに語るパックを、ほんのちょっぴりだけ、尊敬の眼差しで見るようになったエーコであった。


チョコボ車が王宮に到着すると、女官長が笑顔で2人を出迎える。
「お帰りなさいませ陛下。エーコ公女様、ようこそ蒼の宮殿においで下さいました」
「こんにちわ」
エーコは丁寧にお辞儀をする。
「エーコ。おまえ、栗かぼちゃのプディングと林檎のパイ、どっちが好きだ?」
「え?」
唐突に聞かれ、エーコは真剣に頭を悩ます。
「えーと、えーとプディングもいいけど、パイも捨てがたいし…」
どっちも選べないでいるエーコに、女官長が笑顔を作る。
「では小さなお客様の為に、両方お作り致しましょうね」
「やった! 女官長の作る菓子の中でも、特にこの2つは絶品なんだぜ!」
パックの言葉に、エーコもキラキラと期待に瞳を輝かせる。
「お茶の時間まで俺がエーコの相手をするから、おまえ達は下がっていいぞ。女官長、よろしくな!」
控えていた女官達を下がらせ、パックはエーコを引き連れて、王宮の大神殿へと早速向かった。
艶やかな匂いの香が焚きしめられた大神殿内に入ると、途端に清浄な気が2人を押し包む。
パタパタと勢い良く王宮内を駆けていた子供達も、ゆっくりとした歩調で厳粛な空気の漂う神殿の奥まで進む。
「これは陛下、よくおいで下さいました。今日は可愛いお客様をお連れですな」
風の大巫女に、エーコが正式の挨拶をする。
「エーコ・キャルオル・ファブールです。風の大巫女様にはご機嫌麗しゅう」
「ようこそ風の神殿へ、リンドブルムの公女様」
同じ挨拶をする大巫女を、エーコはじっと見つめている。
「公女様、何か?」
「エーコでいいわ。大巫女様、何だかフライヤに似ているなって思って」
瞳の色こそ違え、白銀の髪と肌、そして怜悧な美しい面立ち。
ああ、と大巫女が破顔する。
「わらわの父上の母君が、クレセント家の出であられましたからの。
おまけに長い戦が続いて、クレセント家の直系の血が絶えてしまい、祖母の意を汲んだわらわの異母兄上が、クレセントの遠縁の娘を娶って、その当主となられました故」
「つまり俺の、曾々祖父の正妃がクレセント家の娘で、俺の祖父である国王と風の大巫女、それからフライヤの祖父が、皆母親の違う異母兄妹になるんだ。
クレセント家自体、白き女王竜と呼ばれたブルメシア女王陛下が、その血筋の源だしな」
「へ〜」
フライヤが王家に縁の深い姫君と知って、エーコは目を丸くしている。
「ところで陛下。今日はどういった御用向きでこちらへ?」
大巫女にはパックの目的など最初からお見通しであるが、一応おもむろに訊ねてみる。
「フライヤの誓いの儀式が見たいんだよ。頼むよ婆様。な、この通り」
手をすり合わせて懇願するパックに、大巫女は腰に手をやり、深い深い溜息をつく。
「国王陛下ともあろうお方が、そのような情けない態度をお取りになるのはおよしなさいませ」
ぴしりと言い放たれた言葉に、パックが首をすくめて縮こまる。
「…ですが、陛下のたっての願いとあらば、聞き届けぬ訳にもゆきませぬな」
「え、じゃあ」
ぱっと顔を明るくする少年に、大巫女はとある条件を出す。
「但しこのままでは私もフライヤ殿、フラットレイ殿に顔向けが出来なくなります故、陛下には後で竜の魔法書の最初の巻を丸ごと、覚えていただくとしましょうかの」
「げっ! 竜の魔法書って、最も高度な魔法書の1つじゃないかよ」
けれどパックは、笑顔の大巫女に逆らえる筈もなく、がくりと肩を落とした。
「ではお二方、こちらに参られませ」
大巫女の後を追いながら、エーコがパックに囁く。
「ねぇ、風の大巫女様って…」
「あのフラットレイやフライヤでさえ適わない、ブルメシア最強のばあさんだ」
「やっぱり」
しきりに感心するエーコの隣を、とぼとぼとパックが歩く。
そう言えばエーコの母のヒルダ妃も、シド大公を完全に尻に敷いていると、リンドブルムばかりか他国でも知らぬ者とてない、最強の女性の1人だっけ…とパックは深い溜息をついた。
風の大巫女の案内で2人がたどり着いたのは、神殿の最奥にある石造りの小さな泉。
「陛下、エーコ様。決して大きな声を立てたり、騒いだりしないように。最強の竜騎士であるお二方なれば、気取られてしまうやも知れませぬからの」
「うん」
「わかってる」
大巫女が、水の精霊ウンディーネの呪文を唱えると、清らかな水鏡にギザマルークの洞窟の様子が映し出される。
フライヤ達の姿を一心不乱に探すパックの傍らで、エーコが風の大巫女を振り仰いだ。
「大巫女様。洞窟をこっそり覗いたりして、ギザマルーク様には怒られないの?」
たとえそれが召喚獣であっても、自分の住処を勝手に覗かれたら、やっぱり気分を害するだろう。
エーコの言葉に、大巫女は優しい笑顔になる。
「安心なされませ。わらわとギザマルーク様は古馴染みでの、暇な時にはよくこうして水鏡を通じて、他愛もない会話に興じておるのじゃよ。
水鏡の魔法を使った時点で、水を支配する竜にはそれと知られてしまいまする。ギザマルーク様が1人でいたい時など、本当に洞窟を覗かれたくない時は、水鏡の魔法も通用しませなんだ」
その言葉を聞いてエーコも安心したように、大きくうなずく。
「婆様、フライヤ達どこにもいないよ?」
「ふむ。もしや、まだ入口の方かの」
途端に水鏡の映像が切り替わる。
「あ、フライヤだ♪」
ベアトリクス達と別れ、ちょうど洞窟の入口をくぐる花嫁と花婿の姿に、子供達は期待にわくわくしながら、水面を覗き込んだ。







      

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