〜竜の国の狂詩曲 2〜





パックがようやく銀竜花を手に入れ、青の王都へ向かった頃、フライヤもまた、ひたすら忍耐の1文字で耐えていた。
ヒルダ妃を中心に、ガーネット、ベアトリクスが、フライヤにとっては不本意なくらいに、花嫁を美しく飾り立てている。
「大公妃殿下、ルージュはこの色で宜しいですか?」
「まぁ綺麗な色だこと。そうね、それでお願い」
「(ひ、皮膚呼吸が出来ぬ…)」
ガーネット女王の側仕えを常とするベアトリクスなど、自身は着飾らなくとも、他人を美しく装う事にかけては、得意中の得意である。実に慣れた手つきで、花嫁に化粧を施して行く。
「あ、ダメよフライヤ、まだ動いちゃ」
「(髪が引きつれて痛いのじゃ…(T_T)」
「もう少しで編み込み終わるから、じっとしていてね♪」
笑顔のガーネットに、フライヤはひたすら心の中で我慢、我慢…と呪文のように唱え続けている。結い上げられた白銀の髪には、貴石をちりばめたレースのリボンが入念に編み込まれていく。
ウェディングドレスのシルクの布地はガーネットとベアトリクスから、ベールのレースはエーコと大公夫妻から、それぞれ花嫁に贈られたものである。
そして純白のドレスにちりばめられた真珠は、クレセント家に長年仕えたメイド達の徹夜の成果だった。
エーコはフライヤの周囲を行ったり来たりしながら、花嫁の支度をあこがれのキラキラとした眼差しで、熱心に見入っている。
「ねぇねぇフライヤ。花嫁が幸せになれる“4つの何か”ってあるでしょ? フライヤは何にしたの?」
何だか難しい顔をしているフライヤに、エーコが無邪気に問いかけると、花嫁はいつものように笑顔を返してくれた。
「新しい物は、おぬし達から贈られたドレスとベールじゃ。古い物はドレスの真珠。これは代々クレセント家に伝わる品で、亡き母上がご自分のウェディングドレスにも使われた真珠を、私の為に大切に保管しておいて下されたのじゃ。
借りた物と青い物は、月のティアラじゃよ。よく見るとティアラの裏にブルーダイヤが1粒嵌められておるであろう?」
「あ、本当だ。…このティアラ、とっても綺麗よねぇ。エーコもお嫁に行く時は、こんなの被ってお嫁に行きたいなぁ」
夢見る少女は、うっとりと溜息をつく。
「花嫁のティアラなら、大公家に伝わる品がありますよ。エーコが花嫁さんのお支度の邪魔をしないで、おとなしくしていてくれたら、リンドブルムに帰った時に見せてあげましょうね」
にっこり笑うヒルダ妃に、エーコは渋々ティアラの箱を鏡台の前に戻した。それをヒルダが手に取って、フライヤのベールの上に載せた。
「お支度が終わりましたよフライヤ。立って、姿見でご覧なさいな」
静々とフライヤが椅子から立ち上がると、女性達の口から一斉に感嘆の溜息が漏れた。
清楚でシンプルな型のウェディングドレスは、ベールのレースの雲にふんわりと覆われ、その中に一房、白銀の髪が窓越しの柔らかな陽の光を受け、淡い光を放っている。
なにより頭上で煌めくティアラにも増して、花嫁の表情は溢れんばかりの幸せに輝いている。
「…………!」
フライヤ自身、鏡に映る純白一色を纏った己のウェディング姿に、しばし声が出ない。
「とても綺麗よ、フライヤ」
「こんな綺麗な花嫁さんなら、フラットレイも二目惚れね♪」
「おぬしらのおかげじゃ。ありがとうの」
フライヤは頬を薄紅色に上気させて、柔らかな微笑みを作る。
コンコンとノックの音がして、メイドの1人が声を掛ける。
「失礼しますフライヤ様。お支度が終わりましたら、国王陛下がお目にかかりたいと、おっしゃられておりますが」
「かまわぬ。ここへお通し申し上げるように」
フライヤの言葉が終わるか終わらぬうちに、バンとドアが乱暴に開いて、パックが飛び込んで来た。
「フライヤ、これ……!」
銀竜花を差し出そうとして、フライヤの美しい花嫁姿にパックは息を飲んだ。呆然としているパックの前に、フライヤが身をかがめる。
「これは銀竜花…もしや陛下が、ご自分で取りに行かれたのですか?」
パックは泥だらけ、かすり傷だらけの姿で、誇らしげにうなずく。部屋にいたクレセント家のメイド達が、わぁっと羨ましそうな声を上げた。
銀竜花はおそろしい断崖絶壁の岩場にのみ咲く上、花の季節も限られている。ブルメシアの誰もが知っている言い伝えでも、実際に銀竜花を髪に飾る事の出来る幸運な花嫁は数少ないのだ。
「これはブルメシア王としてではなしに、俺からの結婚祝いだ。受け取ってくれるか?」
「陛下のお心、ありがたく頂戴いたします」
フライヤは美しいエメラルドの瞳を和ませ、大きくうなずく。
パックがフライヤの髪に銀竜花を飾ろうとしたその時、エーコの絶叫が室内に響いた。
「ダメ〜〜ッ!! そんな泥だらけの手で触ったら、折角のドレスが汚れちゃうでしょ?!」
ものすごい剣幕で、フライヤとパックの間に割って入るエーコに、パックも驚いて思わず手を引っ込める。
「エーコ殿の言われる通りですぞ、陛下。そして銀竜花を花嫁の髪に飾るのは、花婿となる者の役目と、昔から定められております」
エーコに続く邪魔者が、颯爽と姿を現した。
「フラットレイか」
チッ、おいしい所で現れやがって、とパックが舌打ちする。無論彼の手にも、銀竜花が握られていた。
フラットレイは竜騎士の白の礼装を纏っており、丈の長いチュニックには銀糸で、竜と三日月の紋様が刺繍されていた。白と銀に統一された衣装の中で、唯一マントの裏地だけが鮮やかな深い蒼色をしている。
「フラットレイ様」
フライヤが輝くような笑みをこぼす。その笑顔を見ただけで、誰がこの勝負の勝利者なのか、パックは痛い程思い知らされる。
自分に最初から勝ち目などない事がわかっていても、やはり辛いものだな、と彼は心の中でつぶやいた。
フラットレイが、フライヤの腕を取って、立ち上がらせる。
「……とても綺麗だ、フライヤ」
流石のフラットレイも、しばしフライヤの華麗な花嫁姿に見取れているようだ。彼の言葉にフライヤは頬を桜色に染めて、ますます嬉しそうな笑顔を作る。
フラットレイが手を伸ばして、フライヤの髪に銀竜花を飾ろうとした、その時。
「ちょ〜っと待った! 銀竜花なら、俺もフライヤに贈ろうと思って、ここにある!」
「ジタン!」
フラットレイに続いて仕度部屋に入って来たジタンが、たった今、摘んできたばかりの花を掲げる。
「…これは…思わぬ伏兵がいたな」
フラットレイは苦笑し、パックは険悪な目つきで尻尾の少年をジロリと睨めつける。当のジタンは銀竜花を捧げ持つ男2人の視線など、全く気にする様子もない。
「フラットレイ、パック。ここはひとつ、公平に行こうじゃないか」
竜騎士はジタンの言葉に、ほぅ?と面白そうに眉を吊り上げる。
彼はこの展開を半ば予想していたのか、パックと違って余裕の表情で、少年の行動を興味深げに見守る。
ジタンはフライヤの前に進み出ると、胸に手を当て膝をつき、花嫁に向かって恭しく頭を垂れた。
「麗しき月の姫君よ。姫君におかれましては、銀竜花を姫の髪に飾る栄誉を、誰の手に委ねられますか?」
タンタラスの舞台で幾度となく目にした口調と仕草で、恭しく跪くジタンに、フライヤが目を細める。
「そうじゃの…。わらわの望みは…」
応じてフライヤが、重々しい口調で答える。
「銀竜花は陛下の手で、お願いしとうございます。フラットレイ様には、もう1つ、お願いしたい事がございますゆえ」
「俺が? いいのか?」
意外そうな顔をするパックに、フライヤが大きくうなずく。
俺は?俺は?と自分を指差し、ジタンが情けない顔をする。
「ジタン。おぬしの気持ちはありがたく受け取るが、おぬしが真に、銀竜花の栄を賜るを願ってその前に額づくべき相手は、月ではなく、聖剣持てる柘榴の女王であろう?」
フライヤはそう言ってガーネットに視線をやると、彼女もはにかみながら笑顔でうなずく。
ちぇっと舌打ちしてジタンは立ち上がったが、予想通りのフライヤの言葉に、彼の尻尾が嬉しそうに揺れている。
「では皆様の銀竜花を1つにまとめて花飾りを作りますから、その間に国王陛下は着替えをされると宜しいでしょう。エーコ、リボンを」
ヒルダが進み出て、フラットレイ、パック、ジタンからそれぞれ銀竜花を受け取った。
「あーあ。あんな事になってるよ、焔の旦那。旦那も銀竜花、取って来たんだろ? 渡さなくていいのかい?」
ラニが悪戯っぽく、サラマンダーを振り返る。
ジタン以外の残りの面々は、開け放たれたドアを遠巻きに取り巻いて、部屋の外から中の様子を覗いていた。
「ふん。おまえがあんまり言うから、花を取って来ただけだ。おまえからあの女に渡してやれ」
サラマンダーはラニに、無造作に花を投げ渡した。
「了解。たく、いつもながら、素直じゃないねぇ♪」
ラニはそう言い残して、部屋の中に入って行った。


やがてパックが国王の正装に着替えを済ませて戻って来て、4輪の銀竜花をフライヤの髪に飾る。
「結婚おめでとう、フライヤ」
心から素直に、そう言えた。
フライヤの白い頬に口づけをして、パックの淡い初恋は幕を閉じた。
「ありがとうございます陛下」
フライヤがパックの頬に口づけを返すと、パックは、ぼぉ〜っと耳まで真っ赤になる。
「かように多くの銀竜花を身につける事が叶うとは、私は世界一…いいえ、それ以上の果報者じゃの」
つとフライヤの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
何だか昨日から、涙腺がゆるみっぱなしじゃの…とフライヤは、慌てて涙を手で拭おうとする。その手を押さえて、そっとフラットレイがハンカチで、彼女の涙を拭った。
「こすったりしたら、折角のお化粧が崩れてしまうよ?」
「あ、それはへーき。俺がダガーに渡した、舞台用のメイクだから。
折角綺麗に化けたんだし、せめて式の間だけでも、フラットレイを騙さないと……痛っ!」
お調子者のジタンの後頭部に、フライヤの鉄拳が見事に決まった。
「今ゴンって音がしたぞ、ゴンって」
こんな乱暴な花嫁見たことない、とジタンが後頭部をさすりながらぼやく。
「今のは君が悪いよジタン。私はフライヤに手を上げられる程、彼女を怒らせた事など皆無なのだから」
ニコニコ笑顔のフラットレイの瞳だけが、静かで凄まじい絶対零度の冷気を放っている。
―――あーあ。ジタンの奴、気の毒に…。あいつ、後で絶対フラットレイにいぢめられるぞ。
王宮の女官達の間では温厚な好青年で通っている竜騎士団長だったが、ことフライヤに関する事になると人格が変わる事は、騎士団の中では良く知られている。
ブルメシア国王陛下は心の中で、深い溜息をついた。
フラットレイは柔和な笑顔を浮かべながら、言葉を続ける。
「それに、フライヤは化粧なぞせずとも充分美しい。…が、今日は格別に綺麗なのも本当だ」
何故なら…と言いながら、フラットレイは集まった一同を、ゆっくりと見渡す。
「今日フライヤは、私のものになるのだから」
まるで勝利宣言のように、少しのためらいもなく堂々と言ってのけるフラットレイの言葉に、当のフライヤはおろか、ガーネットやエーコは真っ赤に顔を染めて、うつむいてしまう。
ビビの子供達も意味はわからずとも、何とも言えない気恥ずかしさ漂う部屋の空気に、やはり、もぞもぞと下を向いている。
ジタンやスタイナーも困ったように頭をボリボリと掻いて明後日の方を向いてしまい、シド大公が「これは…また…」と苦笑しながらつぶやく。
ラニが羨ましげな表情を作ってサラマンダーをちらりと見やると、「ケッ」とまるで反吐でも吐くように、彼もまたあらぬ方に視線をやる。
この場で唯一ヒルダだけが、フラットレイの甘い言葉の毒に惑わされることもなく、ニコニコといつもの笑顔を浮かべていた。
平然としているのはベアトリクスもそうであるが、彼女は苦笑しながら、花婿と真っ赤に頬を染める花嫁を、まぶしそうに見つめている。
「頭が痛い…」
そんな一同を見やりながら、パックは頭を指で押さえて、首を横に振っていた。
「ホント、結婚式の前からこんなラブラブだったら、実際のお式の時なんてどーなっちゃうのかしら」
エーコがパックの隣にやって来て、呆れ調子の溜息混じりにつぶやく。それをフラットレイが聞きとがめた。
「ああ、その心配はありませんよ、エーコ殿。お客人方には申し訳ありませんが、結婚式はギザマルーク様の洞窟にて、私とフライヤ2人だけで行うことになっておりますので」
フラットレイの言葉に、フライヤもうなずく。
「えーっ! そんなのってないわッ!! フライヤの結婚式、エーコすっごくすっごく楽しみにして来たんだから!!」
「すまぬな、エーコ。これは、フラットレイ様のたっての希望でな」
見る見るふくれるエーコの頭を、フライヤが優しく撫でる。
フライヤがあんまり、輝くような幸せいっぱいの笑顔をするから、エーコにとってはそれで充分なのだが、やはり式に出席してお祝いしてあげたいという気持ちは捨てきれない。
「ギザマルーク様の前で式を挙げた後、神殿に結婚の報告をする儀式が残っておる。
ごく簡単な儀式なのじゃが、風の大巫女様が我らの為に、特別にそれを執り行って下される事になっておるから、おぬし達は王宮の大神殿で待っておるがいい」
ブルメシアの民の伝統的な結婚式は、聖地・ギザマルークの洞窟で行われる誓いの儀式と、神殿で行われる2つの儀式がある。
神殿に結婚の儀を報告する事で、晴れて公にも夫婦と認められるのであるが、ブルメシア全ての神殿を統べる王宮大神殿の、最高位の巫女である風の大巫女が直々にその儀式を取り仕切るのは、王族か王家に縁の深い貴族のみである。
フライヤもフラットレイも、結婚式を慎ましやかに済ませる心づもりでいたから、大巫女のありがたい申し出を当初は丁重に断ろうとしたのだが、当の大巫女から『わらわが執り行わう事叶わぬ結婚の儀を、一体ブルメシアのどこの神殿が引き受けると言うのか?』と、やんわり脅され、老獪で知られる風の大巫女殿は、パックを筆頭とする王宮の人々の喝采を浴びた。
これで2人の結婚報告の儀式は、フライヤ達の意志に反して、宮中の大神殿にて華々しく行われる事と相成ってしまった。
王宮勤めの騎士や兵士、女官に巫女達など、運良く手の空いている者ほとんどが、ブルメシアの誉れ高き竜騎士2人の結婚式を見物に来る事になるだろう。
せめて誓いの儀式だけでも2人きりで…というのは、フラットレイ、フライヤ両名の偽らざる気持ちだった。
「神殿の儀式だけでも、結構見物だぞ。なんてったって、フラットレイが…」
「陛下」
竜騎士のにこやかな笑顔の一言で、パックが押し黙る。肩をすくめ、大袈裟に口に手を当てて見せるが、その手の下からクク…と忍び笑いが漏れ聞こえる。
「ふーん、何だか知らないけど、面白そうね。いいわ、エーコ、お式が見れなくてもがまんする。
それに、2人っきりで永遠の愛を誓うっていうのも、乙女のロマンだものね〜vv」
そう言う事で、エーコは無理矢理自分を納得させようとするが、その傍らに立つジタンは尻尾をパタパタと揺らしながら、薄笑いを浮かべている
「…ジタン。まさかとは思うがおぬし、我らの後を付けてきて、誓いの儀式をこっそり覗き見よう、などと考えているのではあるまいな?」
まさに図星であるのだが、敵もさる者、そう易々と本音を吐露する筈もない。
「え〜別にぃ〜。俺はただ、真っ暗な洞窟の中で、2人きりでする誓いの儀式って、ナニやるのかなって思ってさ」
「―――!!」
ニヤニヤと実に嬉しそうに笑うジタンに、花嫁のトランスゲージが一気に上昇する。
「この痴れ者がッ!! ギザマルーク様の洞窟は、ブルメシアの聖なる地。おぬしの考えておるような不埒なマネをするような輩は、ただの1人もおらぬわ!!」
よけたつもりの位置に、再びフライヤの手刀が飛んで来て、懲りない少年は再び後頭部をさすっている。
一方の当事者であるフラットレイはと言えば、ジタンの言葉に、ただただ苦笑するのみである。
「ご心配なくフライヤ。昨夜ガーネット女王よりお許しをいただきました故、私もギザマルークの洞窟の入口まで同行致します。もし結婚の誓いの儀を覗き見ようとする輩がいるなら、この百人斬りベアトリクスの名にかけて、我が刃の錆にしてくれましょうぞ」
世界を救った8人の英雄ならば、相手にとって不足はない。ベアトリクスはむしろ挑発するような、凄みのある笑みを浮かべて、一同をゆるりと見渡す。
―――ほぅ? やっと面白くなってきやがったな。
それまで部屋の入口に陣取って、興味なさげにそっぽを向いてたサラマンダーが顔を上げた。
裏の世界実力bPと目される男が、大陸一の剣士と存分に戦えるチャンスを見逃す手はない。
ベアトリクスと視線が絡んだ瞬間、見えない火花が飛び散り、戦いの予感に、互いに我知らず薄い笑みを浮かべる。
―――こやつら、人の結婚式を一体何だと思っておるのじゃ。
フライヤはふるふると震える拳を、ぐっと握りしめる。
「無論、大切な結婚式の邪魔をする者は、当事者の私も黙って見過ごす訳にはいかないな」
あくまで、にこやかに笑みを浮かべるフラットレイが進み出る。
2対1。一気にヒートアップする、三者の間に漂う剣呑な雰囲気に、ビビの子供達などはすっかり怯えまくって、互いに身体を寄せ合っている。
―――フラットレイ様まで…。
フライヤは頭痛を堪えて、そっと溜息をこぼす。
―――ラッキー。ベアトリクスとサラマンダーが戦っている間に、洞窟に忍び込んじゃお♪…とジタンは1人ほくそ笑んでいる。
「このメンバー相手に、ベアトリクス1人では少々分が悪そうですね。スタイナー、あなたもベアトリクスの補佐に回って下さい」
その考えを見透かしたかのように、ガーネットが命を下す。
―――ちぇっ、ダガーの奴。余計な事を…。
「は。しかしガーネット女王の護衛が…」
「ブルメシアの国王陛下が共におられるのに、どうしてこの国でわたくしに危害を加えようとする者がおりましょうか?
よろしいですね。スタイナー、ベアトリクス」
「はっ」
スタイナー、ベアトリクスが共に、ガーネットの前に膝をつく。
「ふむ…大陸一の剣士と名を馳せるアレクサンドリア将軍並びにプルート隊隊長と、裏世界実力bPの戦いか…。おまけにブルメシア最強の竜騎士も加わるとなれば、こんな面白いもの、見に行かぬ手はあるまいな」
狩猟民族リンドブルム大公の血が騒ぎ出す。
「あなた、不謹慎ですよ」
ヒルダがたしなめるが、シドは全く聞く耳持たないようだ。
加速度を増しておそろしく不機嫌になっていくフライヤを、宥めるようにそっと肩に手を触れ、フラットレイが微笑みかける。
「そんなふくれ顔していたら、せっかくの花嫁衣装が台無しになってしまうよ?」
「だって…」
しゅん、とフライヤの耳が垂れている。
愛する人の元に嫁ぐ今日この日を、どれ程待ち望んでいたことか。
なのに乙女心を踏みにじるような仲間達の言動に、肝心のフラットレイまでもが嬉しそうに加わっているのだから。
拗ねたようにそっぽを向いてしまったフライヤを、かわいいなどと言ったら、更に機嫌をそこねてしまうだろうな…などと心の中で思いつつ、フラットレイは花嫁の背中に向かって恭しく騎士の礼を取る。
「最愛なる月の姫君よ。姫君の花の顔(かんばせ)に浮かぶ笑顔こそが、我が最大の喜び。
先程、姫君は私めに頼み事があると申されました。どうぞ何なりとお申し付けを。
月の姫君の笑顔の御為ならば、我が力の及ぶ限り、叶えてご覧に入れましょうぞ」
フライヤの不機嫌の理由などとうに察しているだろうに、すまぬと詫びる言葉の代わりに、丁重に礼を取ったままの姿勢で動かぬフラットレイの気配に、フライヤがチラリと後ろを振り返る。
いつの間にやら仲間達、パック、大公夫妻、それからクレセント家のメイド達も、優しい笑顔でフライヤとフラットレイの2人を見守っている。
十八番を取られたジタンですら、ゆらゆらと期待に尻尾を揺らして、フライヤの言葉を待っている。
「フライヤ」
うながされてフライヤは、はにかみつつ静かにうなずくと、ベールの共布で作られたレースのリボンを差し出した。
「では、わらわの夫君となられる竜騎士殿に、これをお願いしとうござます。
尻尾のリボンだけは、どうしてもフラットレイ様の手で、結んでいただきたいと思いまして…」
正式な竜騎士の称号を得たお祝いにと、フラットレイから贈られた黄金のリボン。
以来肌身離さず身につけていたそれを、最初に尻尾に結んでくれたのも彼だった。
「月の姫君の仰せのままに」
フラットレイが恭しく、リボンを受け取った。
かくて黄金のリボンの代わりに、嫁ぐ日の今日ばかりは、純白のレースが花嫁の尻尾で揺れる。
「フフッ」
エメラルドの瞳と、深い蒼の瞳が、再び交差した途端、はにかむように2人の口から笑みがこぼれる。
仲間達の前で、無言で誓う言葉のように、フラットレイはフライヤを抱き寄せ、優しく口づけた。






      

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