〜竜の国の狂詩曲 1〜





ジタンが、ガーネットとそして共に戦った仲間達と劇的な再会を果たしてから、1ヶ月が過ぎようとしていた。
そんなある日の、昼下がりのブルメシア王宮。
国王に即位したばかりのパックの私室を、公務を終えたフラットレイとフライヤが訪れていた。
彼らは明日、挙式をあげる事になっている。その報告の為に来たのだった。
「しかしなぁおまえ達、何も結婚式の前日まで、律儀に王宮勤めをせずとも良いのに」
パックが呆れたように、溜息をつく。
「本日の公務は正午までとなっておりますから、陛下」
穏やかに答えるフラットレイに、フライヤが静かに微笑みながら寄り添っている。まさに幸せを絵に描いたような、とはこの事だな、とパックは思う。
ブルメシアは未だ復興の途上で、物資も人手も何もかもが足りないづくしの状態が長く続いているが、様々な紆余曲折とあまたの辛酸を嘗めた末に、ようやく訪れた至福の時。忙しいけれども、心穏やかな日々が2人の上を過ぎて行く。
ノックの音がして、女官長が現れた。
「お待たせ致しまして申し訳ありませぬ。陛下、フライヤ様。お言いつけの品、ようやく見つかりましてございます」
女官長は深々と頭を下げると、恭しくビロード張りの小箱を差し出す。
それは煌めく無数のダイヤを三日月の形にちりばめた、銀色のティアラだった。
宝石にさして興味のないパックや、日頃馴染みのないフラットレイでさえ、思わずほぅと声を上げる程、精緻な透かし模様の細工が素晴らしく美しい。
「見事な品でございましょう? 今から100年と少し前、クレセント家の姫君が王の元にお輿入れされた際に、お使いになられたティアラだとか。あの戦(いくさ)の際にも失われずに、無事、宝物庫の中で眠っておりました」
広い宝物庫の中から、苦労の末にようやくティアラを探し出した女官長が、安堵の溜息をつく。
1年前のアレクサンドリアとの大戦の際に、数多くのブルメシアの至宝がブラネによって持ち出されていた。ガーネットの手でそれらは全て、クレイラの宝珠と共にブルメシアに返還されたが、行方知れずになってしまった幾つかの品については、パックの希望で食料をはじめとする物資の形で返される事になっていた。
「フライヤ、試しにそれ、ここで身につけてみろよ。女官長」
パックの命に女官長は心得顔で、ウェディングベールに見立てたレースを取り出すと、フライヤの白銀の髪にふわりと掛けて、月のティアラを載せた。
「うむ。良く似合っているぞ、フライヤ」
「ありがとうございます陛下」
女官長から鏡を手渡されたフライヤは、鏡に映る自分の姿に、ほんのりと頬を桜色に上気させている。そんなフライヤの様子を、フラットレイは優しい笑顔で、彼女の隣で目を細めて眺めていた。
「では陛下。このティアラは、ありがたくお借りいたします」
やがてパックの部屋を辞する時刻になり、小箱を捧げ持つフライヤと、2人分の槍を肩に担いだフラットレイが礼を取る。
非公式の場とはいえ王の御前だというのに、さりげにフライヤの腰に回された男の手がかなり気にくわないが、パックは国王としての威厳を保ってうむ、とだけうなずいた。
それでは失礼いたします、と言って、パックの前を辞する2人の背に、小さな王が声をかける。
「待て。城内の散歩ついでに、俺が王宮の入口まで送っていってやるよ」
いつものくだけた口調に戻って、パックは2人が何か言い出す前に、さっさと彼らの前を歩き出す。
「何やってるんだ、早く来いよ!」
代々の国王のみが纏う事を許されたブルメシアンブルーのマントが、2人の前方で不機嫌に揺れる。フラットレイとフライヤは、互いに顔を見合わせ苦笑すると、急ぎパックの後を追う。
パックに気を取られた彼らは、国王の部屋の両脇に立つ近衛兵がそっと視線だけで目配せを交わしたのも、3人の姿が回廊の向こうに消えた後、近衛兵の1人が静かに伝令に走った事にも、気付かないままだった。
パックを先頭に2人の竜騎士が王宮の入口までやって来た時、王宮前にずらりと整列した竜騎士団の姿に、何も聞かされていない婚約者達は小さく驚きの声を上げた。
「陛下、これは一体?」
現竜騎士団長フラットレイが、全く予定にない竜騎士達の行動に、訝しげにパックに問いかける。
悪戯っぽく笑っただけで何も答えないパックが、さっと手を挙げると、華やかな楽の音が鳴り響き、陽の光に槍をキラキラと煌めかせながら、竜騎士達が一斉に舞を舞い始める。
「天竜の舞…!」
フライヤが息を飲んだ。
国王の戴冠式や新年の祝賀など、国の特別な祝いの儀式の時にだけ、竜騎士と戦乙女によって踊られる、文字通りの竜の舞。
パックの戴冠式の時には、フライヤも戦乙女として舞台の中央で舞ったのも、記憶に新しい。
「俺からおまえ達へ、結婚祝いのはなむけだ。
竜騎士達も、おまえ達2人の為ならばと、進んで協力してくれたぞ」
騎士団長の鋭い目を盗んで練習を重ねるのに、竜騎士達の苦労は並大抵ではなかっただろう。
そのかいあって竜騎士達、戦乙女達の動きは整然と目に快く、一糸乱れぬ踊りを見せる。
舞手の身体の一部と化した槍が、弧を描きながら宙を舞い、雄々しく風を切る。型を決めた静止から、一息に躍動感溢れるステップへ…。煌めく槍の動きと、乙女達の鈴の音、足元で刻まれるリズム、楽の音…それらが渾然一体となって、飛翔せる竜の詩を奏でる。
戦乙女達が鈴を振ると、騎士全員が同じ高さに跳躍し、ピシリと腕の型を決めながら脚を宙で素早く打ち付け、パンパンと踵を小気味良く鳴らす。
中央列の戦乙女が舞いながら、鈴を左右に振り向けると、たちまち騎士達の舞と槍の軌跡は左右へ向かって波のように分かたれて流れ、また、乙女達が両手を胸の前で交差させて静止すると、その頭上を両腕で槍を高く掲げた竜騎士達が、次々と連続で跳躍して行く。
舞を見守るフライヤのエメラルドの瞳から、ふいに熱い物がこぼれ落ちた。ぼやける視界にあわてて目をこするが、涙は後から後から溢れて来る。
フラットレイの腕が、無言でフライヤを固く抱き寄せた。
「幸せに…ならねばな」
「はい」
フライヤの耳だけに聞こえたその囁きも、溢れる熱い想いに、ごくかすかではあるが震えている。フラットレイは明日、妻となる女性の涙を指で拭うと、優しい笑顔を向けてそっと口づけた。




その日の夜。
クレセント家の屋敷には、前祝いと称して、久しぶりに仲間達が顔を揃えていた。
ジタンはお忍びで来たガーネット女王と、護衛のスタイナー、ベアトリクスと共に。
リンドブルムからはエーコ公女と、公務と称してついて来たシド大公夫妻。それから黒魔道士村のビビの子供達も、ヒルダガルデ4号で一緒に連れて来てくれた。
皆よりも一足早く訪れたクイナは、既にキッチンでその腕を存分に振るっており、一番最後に姿を現したサラマンダーは、仏頂面でラニを伴っていた。…と言うよりお祭り好きのラニに、ほとんど無理矢理にマダイン・サリから連行されて来たらしい(笑)
当然ブルメシア国王であるパックもこの宴席におらぬ筈はなく、かくて結婚前日の幸せいっぱいの婚約者達を肴に、飲めや歌えの大宴会は夜遅くまで続いた。


「痛ててて…。やっぱ昨日酒飲んだの、まずかったかなぁ」
昨夜の大騒ぎで、仲間にとり囲まれた竜騎士2名の目を盗んで、酒を場の勢いにまかせて飲んでしまったパックが、後悔の溜息をつく。
まだ朝日が昇る前の早朝、パックはチョコボに乗ってクレセント家を抜け出し、青の王都の背後に聳えるアープス山中に分け入っていた。
朝露に濡れたその花を、花嫁が髪に飾るとこの世で一番の幸せ者になれると、ブルメシアで古くから言い伝えられる銀竜花。
フライヤを幸せにするのは、夫となる蒼の竜騎士の手に、今後一切が委ねられる。ならば、せめて届かぬ淡い想いの代わりに、彼女の幸福をそっと祈りたい。
山道をチョコボで歩きながら、パックは頭痛の特効薬の薬草を運良く見つけ、本来は煎じて飲むその葉を、そのままもぐもぐと口に含んだ。
だてに長い城出生活はしていない。やがて頭痛がすっきり治まると、パックはチョコボを下りて、深く呼吸をすると竜の言葉で精霊達に呼びかける。
『風と大地の精霊達よ。精霊の友、我が祖先たるブルメシア始祖王の名において、銀竜花の咲く場所を我に教え賜え』
精霊使いの少年の魔法が発動し、パックの意識はたちまち風と共に天空に舞い上がり、アープス山中を駆け抜ける。
風となったパックの目に、切り立った岩場の断崖絶壁に、銀竜花が点々と咲いているのがはっきりと見えた。
意識を身体に戻すと、彼の目の前には、森の下草が2つに分かたれて、岩場までの道が指し示されていた。
『感謝する、精霊達よ』
チョコボを駆って道を急ぐパックの背後を、気付くと何者かの気配がつけて来ている。
「…………」
大木を回り込むように道が折れた所で、パックは木の陰にチョコボと我が身を隠すと、槍を構えた。
近づく気配の喉元に、槍先を突き付ける。
「…やはりおまえか、フラットレイ。どういうつもりで、俺の後をつけた?」
フラットレイは両手を軽く上げたまま、剣呑な目つきで睨んで来るパックを意に介した風もなく、飄々と答える。
「私はアープス山中に用があるだけなのですが、偶然、陛下が私のすぐ目の前を歩いていた。それだけです。他意はありません」
「用とは?」
ぎらりと光る刃は、依然フラットレイの喉元に突き付けられたままだ。
もしフラットレイが、王の護衛の為について来たなどと言うのであれば、彼のプライドが許さない。これだけは誰の手も借りず、自分の力でフライヤに銀竜花を贈りたかった。
「むろん銀竜花を取りにです、陛下。…あれを摘んで花嫁の髪に飾るのは、夫となる者の役目ですゆえ」
「…………」
パックは相変わらずのきつい眼差しでフラットレイを牽制しつつ、槍を収めた。
「おまえ、銀竜花のありかを知る為に、わざと俺の後をつけたんじゃないんだろうな?」
精霊使いであるパックの力を持ってすれば、花の咲く場所を知るのは造作もない事。そしてフラットレイは、その秘密を知る数少ない者の1人。
「まさか。銀竜花はこの先の、切り立った岩場の崖に咲いているのでしょう?
私も数日前に、ようやく見つけたんですけどね。陛下のおかげで、最短コースに道が出来たのには正直、感謝しておりますよ」
パックの目的など最初からお見通しのフラットレイの口調に、少年の静かな苛立ちはますます募っていく。
「―――陛下。銀竜花の本当の意味を教えて差し上げましょうか?」
「本当の…意味?」
パックは首を傾げる。
「花をただ髪に飾ったからといって、花嫁が幸せになれる訳ではありません。そんな魔法の力は、銀竜花にはありません」
「じゃあ何で? おまえだって伝説を信じているから、ここにこうしているんじゃないのか?」
「銀竜花にまつわる伝説は、花婿となる者に与えられた試練。銀竜花はアープス山中の、良く陽の当たる高い岩場で、風に守られ咲く花です。それを手に入れるのは、並大抵の事ではありません。
けれど例えどんな困難をおしてでも、妻となる女性の為に花を取りに行く。その想いが、花嫁をこの世で一番の幸せ者にするのですよ、パック殿」
フラットレイは、大戦前に2人で旅した時のように、パックを“陛下”ではなく、そう呼んだ。
―――昔々ブルメシアの貧しい若者が、花嫁となった女性に、ドレスの代わりにせめてもと純白の銀竜花を贈った。
夫婦となった2人は力を合わせて、実に良く働いた。荒れ地を開墾し、葡萄の苗木を植え…。ふと気付くと彼らは、国王にまで献上されるに至った極上の葡萄酒と、大勢の子供達に囲まれ、生涯を幸せに過ごしたという。
長い長い年月の間に、その夫婦の事は人々の記憶から忘れ去られ、銀竜花の伝説だけが残った―――
「さて、ここからは競争です、パック殿。どちらが先にフライヤに銀竜花を贈っても恨みっこなし、という事でいかがです?」
フラットレイの青い瞳が、悪戯好きの少年のように煌めいた。
「いいだろう、受けて立つ」
パックがうなずくと、フラットレイは秀麗な笑みを浮かべた。
「それでは、お先に!」
「あっ! ずるいぞフラットレイ!!」
自分の槍を拾うと、風のように走り出したフラットレイを、パックが慌ててチョコボで追いかける。
けれど、どんなにチョコボを急がせても、フラットレイの姿は見つからない。
「ほんと…おまえずるいぞ…。フライヤも…フライヤを幸せにする事も、全部1人占めにしやがって…」
フラットレイの馬鹿野郎ッ!!と、パックは空に向かって、思い切り大声で吠えた。


そして目的地の岩場にようやく到着したパックだったが、彼はほとんど垂直に切り立った断崖絶壁を前に、途方に暮れていた。
「…………」
岩場にはわずかな手がかりがあるだけで、下から強い風が吹きすさぶ。
竜騎士ならば、遙か頭上で風に揺れている銀竜花を取るのは容易いだろうが、訓練を受けていない者が花を手に入れようとするのは、あまりに無謀と言えよう。
『例えどんな困難をおしてでも花を取りに行く、その想いが花嫁をこの世で一番の幸せ者にする』
フラットレイの言葉がパックの脳裏に甦る。
「クェェッ!」
長年の旅の友であるチョコボのテミスが、自分に乗れ、と言っている。彼女のジャンプ力ならば、もしかしたらうまく花を取る事が出来るかも知れない。
けれどもパックは首を横に振った。
「いいんだ、テミス。これは俺が自分の力で、銀竜花を手に入れなくては意味のない事なんだ。
おまえには、花を手に入れたら、全力疾走で王都に戻ってもらうからな。ここでいい子で待っていてくれ」
フラットレイは、とうに花を手に入れ、今頃青の王都へ、フライヤの元へと、帰路についている事だろう。
2人の結婚式に間に合いさえすれば、勝負の事などもうパックにはどうでも良い事だった。
突風に注意を払いつつ、パックは己の手足で、切り立った岩場を登り始める。
ふと、フラットレイがどこかで――いつもパックの槍の稽古を見守る時のように――笑ったような気がした。