レクイエム 3


フラットレイが、今日からフライヤやアルスターの小隊と行動を共にすると宣言した時、竜騎士団の中には不快そうに顔を顰める者が少なからずいた。
フラットレイの実力は誰もが認めざるを得ない抜きん出たものであるが、ブルメシア襲撃の危機を救う事も出来ず、しかも記憶喪失の彼が、クレセント元帥や前団長亡き後の竜騎士団長に任命された事を快く思わない者達だ。彼らの間から意地の悪い声が上がる。
「それでアルスター隊の抜けた穴はどうなさるおつもりで?」
「アルスター隊のラッドとグウィンに、負傷者の多いミレッドの小隊に交代で入ってもらい、アルスター隊の上級居住区第5地区をまかせる。確かに状況は厳しくなるかも知れんが、今後の戦いも考え負傷者には出来るだけ休養を取らせたい。その方が戦いの効率も良くなる筈だ」
フライヤの小隊の2人と、ミレッドは、特に魔物の多いとされている地区の後任を任せられるのは竜騎士としての名誉とばかり、「承知しました」とぴしりと敬礼をする。
「フラットレイ。おまえフライヤが心配だからって、公私混同してんじゃねぇだろうな?」
誰もがハッと息を呑んだ冷ややかな発言は、ウルのものだった。皆が心の中でそう思いながらも口に出来なかった言葉に、反フラットレイ派の者達が、意を得たとばかりに密かにほくそ笑む。
「ウルリッヒ。フライヤは人並み優れた竜騎士だ。彼女の実力は、同じ小隊の君の方が良く知っているだろう? 君の言うような特別扱いをしたなら、それは彼女に対する侮辱にも等しい。違うか?」
静かだが強い口調でそう言って、フラットレイがゆっくりと一同を見渡す。彼の言葉に、フライヤはパッと花が咲いたように、誰よりも誇らしげな表情でフラットレイを見た。
「私がフライヤの小隊と行動を共にするのは、風の大巫女殿の御命令によるものだ。霧について誰よりも多くを知るのは彼女だからね。何としてでも王都を覆う霧の原因を突き止めろと大巫女殿のたっての仰せだ」
「つまり、ただ魔物を倒すだけじゃなくって、攻めの戦法に打って出ようって訳だな?」
アルスターの言葉にフラットレイが大きく頷く。パックの祖父王の異母妹で、国王の後見人でもある大巫女の命とあれば、異論を唱える事は許されぬ。フラットレイの揚げ足を取る腹づもりの連中が、チッと舌打ちをした。
朝の会合が終わって竜騎士達がぞろぞろと控えの間を出て行く中、フラットレイ達も大神殿の風の大巫女の元へと向かう。
「悪役ご苦労さま」
ポンと笑顔でウルの背を叩くフラットレイに、ウルもフンと鼻を鳴らして、ニッと口の端を吊り上げて笑う。
大神殿を訪れた竜騎士達は、神殿最奥にある風の大巫女の住まう碧の聖堂に通された。神殿内はひんやりとした清浄な気に満ちていて、磨き上げられた大理石の床に、ひそやかな竜騎士達の足音だけが響く。
祭壇の片隅にある小さな扉をくぐり、フライヤ達が碧の聖堂に続く回廊を抜けると、果たして風の大巫女は、聖堂の入口脇にある東屋で風を読んでいた。濃厚な風の気と、ピンと痛い程に張りつめた空気に、彼らは息を殺して大巫女を待つ。
突然フッと穏やかな空気が戻った。去って行く風が、フライヤの頬をふわりと軽く撫でていく。
「皆様、よう参られたの」
大巫女の声に一同はハッと我に返った。一斉に敬礼をする竜騎士達に、大巫女が鷹揚な仕草でうなずく。
「大巫女様、風は何と言っておりましたか?」
やはり強い風読みの力を持つフライヤが、一歩進み出る。
「青の王都に立ちこめる霧が最も濃い場所に、禍々しい気が巣くっておる。その正体を見極めようと風に問うてみたのじゃが、これまで幾度やっても読めぬのじゃ。
わらわに判るのは、最も濃い霧が今、城下の風の神殿の辺りにわだかまっておるという事ぐらいじゃ」
大巫女がふるふると首を横に振る。
「なんの、それだけ判れば重畳。あとは当たって砕けるのみです」
やる気充分、アルスターがグッと拳を握りしめる。
「神殿の周囲には無数の魔物の気配がある。気を付けるのじゃぞ。…それから、これを持ってゆくがいい」
風の大巫女が差し出したのは、風の魔力を秘めたエメラルド、凍れる魔力持つウォーターオパール、大地の魔力を宿したゴールデンサファイア、そして炎の魔力持つレッドトパーズ。
いずれの宝石も強力な魔力の揺らめく光彩を放って、妖しく輝いている。
「この宝石にわらわの魔力を込めてある。わらわに出来るのはこのぐらいじゃが、多少なりとも、何かの役には立つであろう」
笑顔で微笑む大巫女の強大な魔力が、今は驚く程弱々しくしか感じられない事に、フライヤは眉根を寄せた。大巫女は一体どれ程の魔力をこの宝石に込めたのだろう?
険しい表情のフライヤに、大巫女は問題ないと言うように笑んでみせる。
「ありがたく頂戴致します、大巫女様」
フライヤと竜騎士達が、深々と頭を垂れる。
「そなた達が城下町の風の神殿にたどり着くまでにも、魔物が多数襲って来て難儀するであろう。わらわがそなた達を魔法で神殿まで送り届けてしんぜよう。ついて参るがよい」
そう言って案内されたのは、神殿の奥の小部屋にある泉。
「各々(おのおの)方、準備は良いかの?」
「はっ!」
大巫女が呪文を唱えると、鏡のように静まっていた泉の水面が、不可思議な煌めきを放つ。フラットレイが泉に足を踏み出すと、その足が水面に触れる間もなく、彼の姿がかき消えた。
「そなた達に、良き風の加護がありますように」
最後にフライヤの姿が消えてからも、大巫女は風に祈りを捧げるようにその場に立ちつくしていた。




フライヤ達は王宮の大神殿から、魔法で一足飛びに城下町の風の神殿まで移動した。大神殿にあったものと同じ、聖なる泉をアルスターがしげしげと眺めている。
「ふーん。この神殿の泉を使えば、もしかして王宮に戻れるのか?」
「そうじゃ。泉を通じて大巫女様に合図をすれば、大巫女様が大神殿まで送って下される」
「神殿にこんな仕掛けがあるなんて、全然知らなかったなぁ」
「水の精霊魔法じゃよ。あの魔法を唱えられるのは、水の精霊の特に加護の深き者だけ――風の大巫女様と、高位の巫女の中のわずかな者だけであろうの」
「チッ、誰でも使える訳じゃないのか。王宮と城下町の往復に、いろいろ便利だと思ったんだがなぁ」
「兄貴は城を内緒で抜け出して、酒場に行くのがお目当てだろーが」
「あ、バレた?」
いつもと全く変わらぬ調子者のアルスターだが、その視線は油断なく周囲の様子を探っている。
「フライヤ。魔物が一番多くいそうなのは、どっちの方向か判るかい?」
フラットレイの言葉に、フライヤは目を閉じて風の運んで来る気配を探る。―――神殿の周囲には無数の魔物が潜んでいる。中でも最も魔の気配が濃いのは…。
「あちらです」
竜騎士達は互いにうなずくと、神殿の入口を抜け、フライヤが指し示した方向に走り出す。たちまち魔物が襲って来た。
「チッ。相変わらず、うっとおしい奴らだぜ」
キマイラに、ウルがジャンプで攻撃を仕掛けた。手傷を負い、恐ろしい咆吼を上げて怒り狂うキマイラの攻撃から弟を援護するように、アルがすかさず桜華狂咲を放つ。
「アル、後ろじゃッ!!」
彼の背後にべヒーモスが音もなく忍び寄る。フライヤは警告する間もあらばこそ、竜剣で自らベヒーモスに斬りかかって行く。同時にフラットレイも跳んだ。
ザシュッ!!
竜剣の斬撃の後、敵の攻撃を素早くかわし、フライヤが間合いを取って後方へ跳ぶ。
「ドラゴンクロー!」
その絶妙のタイミングでフラットレイの竜技が炸裂する。槍の斬撃が無数のカマイクチに変化するフラットレイ得意の竜技に、ベヒーモスは跡形もなく消し飛んだ。
その傍らでは双子の竜騎士達も見事キマイラを仕留めていた。
霧はますます濃くなり、魔物が容赦なく彼らを襲って来る。
「決して互いに距離を置くな。何もかも真っ白で、下手をするとバラバラになる」
周囲は白い霧に閉ざされ、視界が極端に悪い。その白い闇の中から突如魔物が現れるので、一瞬たりとも油断が出来ない。
「わかってる。―――おわっ?!」
アルスターが何かにつまづいて、思い切り転んだ。
「何やってんだ、兄貴」
「痛って〜。何だってこんな道のド真ん中に、木の根っこなんか生えてるんだ?」
アルの言う通り、霧の中を良く目を凝らして見ると、どこから生えて来たものか、太い木の根が地面を押し上げ、のたうつヘビのようなそれがどこまでも延々と続いている。
「こんな物につまづいてコケるなんて、竜騎士の恥だぜ」
「何だと?」
あやめも判らぬ白い闇の中、硬い表情で警戒の耳と尻尾をピンと立てている双子達は、息詰まる緊張感を少しでも和らげようとするように、普段と変わらぬ調子でやりとりを続ける。フラットレイもやれやれと言う顔でいつものように仲裁に入った。
「2人とも、じゃれ合うのは後にしてくれないか。…フライヤ?」
フライヤは顎に手を当て、何か思いを巡らせている。
―――霧はイーファの樹の根を通じて、この大陸に送り込まれていた。ジタン達の活躍によって、イーファの活動は停止し、霧は晴れた。じゃが後にクジャがイーファの樹を再び活性化させた事により、再び世界は霧に覆われ、それから…。
「もしかしたら…。フラットレイ様!」
フライヤが走り出すのに、慌ててフラットレイ達が後を追う。
―――イーファの樹の暴走と、それが収まるのを私達は見届けた。ガイアとテラの魂は融合を始め、2度と霧が世界を覆う事はない。ブルメシアの霧は、最後に残された残滓…そう思っていた。しかし…!
フライヤは視界を閉ざす霧を物ともせず、風のように駆けて根を辿って行く。翻る深紅のマントを目印に、フラットレイ達も彼女にぴたりとついて行く。
襲い来る魔物などかまっている暇もないと言わんばかりに、フライヤはジャンプで魔物の頭上を飛び越え、槍を大きく振り下ろし魔物がひるんだ隙をかいくぐる。
「やれ、あやつにとんずらの極意を、もっとしっかりと教わっておくべきじゃったのう」
そう言って微苦笑するフライヤも、長年ジタンと共に旅をした賜物で、フェイントで魔物の隙をついては逃げる、とんずらのバリエーションの豊富さは尋常ではない。
上手く魔物をかわしたフライヤの右側面から、鉄巨人が秀の中から突如現れた。ハッと息を飲んで槍を構え直すが、それより早く重い斧の斬撃がフライヤ目掛けて振り下ろされる。
ザッ!!
フライヤの目前に飛び込んで来たのは、赤い槍の残像。
鮮やかに翻る刃でもうー斬! 鉄巨人が倒れたのを見届けてから、ブルメシア最強の竜騎士がフライヤを振り返る。
「あまり心配させないでくれ。君が無茶苦茶をして魔物をかわして行く度、心臓が凍るかと思った」
フラットレイの声にわずかに怒りが混じっているのも道理で、フライヤの赤いマントは魔物に引き裂かれ、数ヶ所がボロボロになっている。ポーションを取りだしてフライヤの傷を治療するフラットレイに、彼女はすみませぬと言って頭を下げた。
「霧の原因を突き止め、早く戦いを終わらせたい君の気持ちは良く判る。だからと言って、1人で熱くなり過ぎるのが君の悪いクセだ。何の為に私達がいると思っている?
どうせ君の事だ、自分を圏に魔物をおびき出そうとでも考えていたのだろうが、そんな事を君にさせるくらいなら、この手で自分の槍を折る方が遙かにマシだ!!」
フラットレイの罵声に、フライヤは涙目で腑いてしまう。そこへようやくアルとウルが追いついて来た。
「やれやれ、おまえ達がすごい勢いで先に行っちまうから、とんだ目に合ったぜ。
で? そろそろ御大のお出ましかな?」
ますます強くなる魔物の気配が、チリチリと肌を粟立たせる。刺すような殺気が、周囲に満ちている。
果たして、白い霧の中から現れたのは…。
破壊された民家の跡に、見上げるような樹が生えていた。捩れた枝を無数により合わせたような奇妙な樹に、フライヤ以外の竜騎士達が顔を見合わせる。
「フライヤ。何なんだ、あれは?」
「やはりな。ブルメシアに伸びたイーファの根が、成長を始めたとみえる。外側の大陸にある本体は活動を完全に停止した筈じゃが、根だけがまだしぶとく生き残っていたのであろう」
―――あるいはブルメシアに満ちた死の匂いが、魂を取り込むというイーファの魔法樹を、この地で活性化させたのやも知れぬの。
やるせない思いに、フライヤは槍をきつく握りしめる。
まだ幼い魔法樹を護るように、霧の魔獣と深翠の巨大なグランドドラゴンが揃って現れた。いずれも霧に狂わされ、禍々しい狂気に満ちた目で竜騎士達を睨んで来る。
「熱い歓迎ってか。嬉しいねぇ」
ウルが珍しく軽口を叩きながら、槍を構える。
「フライヤ。あの樹をなんとかすれば、霧は晴れるんだね?」
「はい、おそらくは」
「承知」
フラットレイが大きくうなずく。それを合図に、竜騎士達は戦闘を開始した。
サンダガを避けて魔物を四方から囲むように展開した彼らは、一斉に竜の紋章を放った。世界が霧よりも白く眩い光に染まり、描かれた竜の魔法陣が敵を殲滅する。…けれど、世界が色を取り戻した時、魔物は変わらずその場に立っていた。
「ふむ、流石に手強いな」
フラットレイが不敵に嗤う。強大な敵に相対した時、かつての彼も良くこんな表情をしたものだ。
「どうする、フラットレイ?」
「私とフライヤでグランドドラゴンを倒す。君とウルで霧の魔獣を頼む」
「了解」
「まかせとけ!」
フラットレイが、フライヤをチラリと見た。フライヤはうなずくと、ジャンプで天高く舞い上がる。飛翔の頂点から風を切って急降下するフライヤの目に、フラットレイが竜剣でグランドドラゴンに向かってゆくのが映った。
グランドドラゴンがフラットレイに報復の攻撃を加えようと、鋭い爪を恐ろしい勢いで振り下ろしたその瞬間、フライヤの槍が銀の軌跡を描いてグランドドラゴンの頭部を斬りつける。
片目を失ったグランドドラゴンが絶叫を上げた。間髪入れずに、フラットレイが再び竜の紋章を放とうと、気を槍に集中する。けれど怒りと復讐に狂ったドラゴンの、乱れ撃ちのサンダガが2人を襲い、やむなく小ジャンプで逃れた。
「チッ」
フライヤとフラットレイは素早い動きでサンダガを避けながら、一糸乱れぬ連携で確実に敵にダメージを与えて行く。
「おいっウル、寝るんじゃねぇ!!」
霧の魔獣に眠らされてしまった弟に、アルが大声で叫ぶ。魔獣は1人になったアルを先に仕留めてしまおうと、濃い霧の呼気を吐き出す。その間、大きな隙が出来た。
眠っていた筈のウルがカッと目を見開くと、ドラゴンブレスを放つ。
仲間の戦いを横目でチラリと見届け、フラットレイが穂先を旋回させ、再びグランドドラゴンに向き直る。その瞬間。
フラットレイの目前に、巨大なグランドドラゴンの爪が迫っていた。
―――しまった!!
「フラットレイ様ッ!!」
フライヤが、フラットレイとグランドドラゴンの間に割り込んで来た。深紅のマントがスローモーションのように地面に頽れる。
「フライヤ!!」
「大…丈夫です…。それよりグランドドラゴンを…」
グランドドラゴンの爪には猛毒がある。白銀の肌がみるみる蒼白になってゆくのに、槍を杖に気丈に立ち上がるフライヤの姿に、フラットレイの研ぎ澄まされた刃のような殺気が、更に酷薄な氷点下の冷気を増す。
「ドラゴンクロー!」
フラットレイは、どこまでも冷徹に槍の斬撃を加える。油断した己自身への怒りのごとく荒れ狂う無数のカマイタチに飲み込まれ、グランドドラゴンは絶叫する間も与えられず消滅した。
「アル! ウル!」
フラットレイが霧の魔獣に竜の紋章を放つのに、双子もすぐさま応じて同じ技を放った。
「これで最後だ!!」
赤い片刃の槍が銀光を放って翻る。フラットレイは鮮やかな電光石火の一撃で、霧の魔獣を屠った。
「大丈夫か、フライヤ?」
「はい…。毒消しを使いましたから、じきに良くなります」
まだ槍を頼りに立ってはいるが、先程より顔色は良くなっている。フラットレイは念の為、フライヤにエリクサーを飲ませた。
たちまちほっとしたような表情を浮かべたフライヤは、風の大巫女から預かった宝石(いし)を取りだした。
「イーファの魔法樹を消滅させるには、4つ全ての宝石の力だけではなく、精霊の助力も請わねばわねばなりますまい。このような所で巫女の真似事をするとは思わなんだが、私にやれる限りの事はやってみます」
フライヤは薄く微笑むと、自らはサファイアを手にし、フラットレイ、アル、ウルをイーファの魔法樹を囲むように位置につかせた。
「フライヤは巫女の修行もしていたのかい?」
「ああ。フライヤのお袋さんが大神殿に仕える巫女でな。子供の頃から、舞や巫女歌を散々仕込まれたんだと。もっともフライヤは、当時から親父さんと同じ竜騎士を目指していたそうだがな」
フラットレイとウルのひそひそ声の会話に、フライヤは愛惜に目を細める。今は亡き母に、幼い頃半ば強制的にさせられた巫女の修行に、今まで何度助けられたか数え切れぬ。
フライヤは手の中の、豊穣の黄金色の輝きを放つ宝石が秘めた強大な魔力を解放し、四大精霊の助力を請う祈祷の巫女歌を歌い始めた。
不可思議な響きで高く低く歌い上げられる祈祷歌に呼応し、4人の竜騎士が持つ4つの宝石が、妖しくも美しい光を放ち始める。霧の白い闇を圧する程の魔力の輝きが宝石に満ちた時、フライヤは大巫女から教えられた解放の呪文を唱えた。
『地の精霊(ノーム)の恵み、豊穣の黄金の輝き持てる宝石(いし)よ。大地の力もて、御身の胎内に宿った魔法樹を滅ぼし、人々の魂を再びクリスタルに還させ賜え。我、今こそ、汝の力解き放たん』
4つの呪文と同時に魔力の宝石を、イーファの魔法樹に向かって投げる。風と大地、炎と水の四大の力が、凄まじい光と共に炸裂した。
大地はその内に宿る魔法樹を厭うて身を激しく振り、炎が樹を焼き尽くす。渦巻く風がそれを煽りつつ、風と氷の刃が枝葉を容赦なく切り裂いて行く。
「ウインドシールド!」
凄まじい破壊の魔法の威力に、竜騎士達は力を使い果たして地面にぺたんと座り込んでしまったフライヤの側に結集して、風の防護壁を張る。それでも誰1人立っていられない程だ。
鳴動する大地に無数の裂け目が走り、断末魔の苦しみに魔法樹の根がのたうち回る。
「―――これで…終わるのかな?」
「ああ。そう願いたいものだな」
竜騎士達は固唾を呑んで、イーファの魔法樹の最後を見つめ続けている。
「……ットレイ様…」
苦しげな細い声がして、フラットレイの背に、白い身体の重みが預けられる。
「フライヤ?」
持てる最後の気力さえ使い果たして、彼女はそのまま意識を失う。呼吸がひどく浅く、全身が小刻みに震えている。
「…まさか…毒が抜け切っていなかったのか?!」
頬を軽く叩いても、フライヤは最早何の反応も示さない。
―――何という不覚! こんな身体で、竜技や巫女達の魔法の源となる竜の気全てを使い切れば、命に関わる。何故私は、彼女の状態を見抜けなかったのだ?!
「とにかく急いで王宮に戻って、医師に診て貰おう」
驚く程冷たいフライヤの身体を抱き寄せ、両腕できつく抱きしめたまま動かないフラットレイに、アルがそっと声をかけた。
ウルが手持ち全ての毒消しとエリクサーをフライヤに使う。
フラットレイは唇を噛みしめたままうなずくと、静かにフライヤを抱え上げた。


足早に立ち去った竜騎士達が霧の向こうに消え、魔法樹は灰燼と化した。火の精霊の劫火に燃え尽きたチリを洗い流し、清めるように氷雨が降り出す。
…けれど。魔法樹の生えていた場所に、青の王都を濃く覆っていた白い霧が集まって来る。
『フ…フフ…。例え魔法樹を滅ぼしたとて、もう遅い。我は、我の力でもって、死の翼を広げてゆくわ!』
霧の中に哄笑が響き渡る。
ねっとりと渦巻くそれは、やがて人の形を取り始めた―――