レクイエム 2


「ちょっと、フラットレイ」
アルスターがチョコボを寄せて、耳を貸せと指で合図する。彼の言葉にふむふむと領いたフラットレイが、パックのチョコボに走り寄る。
「陛下、雨もだいぶ小降りになって参りましたし、町までチョコボレースをなさいませんか? チョコボ達も週に1度きりの走りで、後はずっと厩舎に閉じこめられていては、足がなまってしまいますし」
「チョコボレース?」
怪訝な顔をするパックの側に、アルが進み出る。
「つきましては陛下、レースの勝者に褒美を頂きたいのですが」
「言って見ろ。ただし今のブルメシアでは、たいした褒美は出せんぞ?」
チッチッチ、とアルスターが指を振った。
「頂きたいのは物ではありません。勝者にはフライヤの熱いキス1つ。我らがブルメシアの勝利の女神殿の祝福こそが、竜騎士最高の誉れ」
「なっ…!」
胸に手を当て、丁重に王とフライヤに頭を下げるアルスターに、フライヤが罵声の1つでも浴びせようとしたその時。
「俺が優勝しても、褒美は貰えるのか?」
「無論でございます、陛下」
「…その話、のった!」
喜々と宣言するパックに、ぐっと怒鳴り声を飲み込んだフライヤが、口をぱくぱくさせてアルとフラットレイを交互に睨みつける。アルが片目をつむって、そっとパックを指差した。
竜騎士団一同の企みを悟ったフライヤは、やれやれと言いたげに首を軽く振る。
―――やれ、仕方のない奴らじゃ。陛下の御為に、ここはおとなしく景品になるとするかの。
フライヤからテミスの手綱を受け取ったパックは、やる気充分といった面持ちで身構えている。
「フライヤ。おまえが合図してくれ」
チョコボが草原に横一列に並んだ。
「用意―――!」
フライヤがサッと手を振り下ろすと、チョコボが一斉に勢い良く走り始めた。
パックの愛騎テミスは、彼の冒険中、その俊足で幾度も魔物から主人を守った名チョコボである。早駆けなら誰にも負けはしない。パックの自負する通り、テミスは他のチョコボをぐんぐん引き離して行く。
これは楽勝かなとパックが思った時、彼に追いつき、並ぶチョコボがいた。フラットレイの騎乗するチョコボである。フラットレイは爽やかな笑みを主君に向けると、少しつつパックを追い抜きにかかる。
「チ、簡単には勝たせてくれないってか。そうこなくちゃな!」
竜騎士達の意図など最初から読めてはいるが、やはり勝利は自分の手で勝ち取ってこそ意味があるもの。パックは喜々として叫ぶと、テミスの速度を更に上げる。負けじとフラットレイもチョコボに拍車を入れた。
パックとフラットレイ、抜きつ抜かれつの真剣勝負が繰り広げられる。
「あーあ。フラットレイの奴、本気で勝ちにいってるぜ、ありゃ」
「こっちも予想通りの展開だな。たとえ己の主君であっても、フライヤのキスを他の男にゃ渡したくないってか」
竜騎士達がしてやったりと、嬉しそうに笑う。
「さーて、こっちもそろそろ本気を出そうぜ。あんまり陛下と団長殿に遅れをとったら、我ら竜騎士団の恥だからな」
「おお」と声を上げて、騎士達も先を行く2騎のチョコボに追い縋る。やがてゴールの町が街道の向こうに見えてきた。
小さな町を守る城壁の門に、恐ろしい勢いで2騎のチョコボが同時に飛び込んだ。門の内側の小広場で竜騎士隊の到着を待っていた町長と農民達が、口をぽかんと開けて眺めている。
パックとフラットレイは、勢いのままに広場を一周してようやくチョコボを止めた。そこへ残りの竜騎士達が次々と、門をくぐって到着する。
フラットレイがひらりとチョコボを降りて優雅に立礼をした。
「私の負けでございます、陛下。テミスは2人分の体重を乗せて走ったのですから、勝者は誰の目から見ても明らか」
「ちょっと待て。俺は勝ちを譲って欲しくなど―――」
「フラットレイ様、それはどういう事でございますか?!」
フライヤが青筋を立てて、フラットレイに食ってかかる。フライヤの剣幕に、パックも思わず口をつむる。
「この勝負、陛下の勝ちだ。そう言っているだけだが?」
フライヤは飄々と答えるフラットレイをキッと睨むと、「わかりました」と低く答えて、パックに軽く唇を重ねる。
「うわ〜」
竜騎士達が一斉にどよめきの声を上げる。フライヤはフラットレイに悲しげな一瞥を向け、ぷりぷりとその場から立ち去ってしまった。
ウルがゴツンとフラットレイの頭を殴る。
「阿呆めが。たく、女心のわからん奴だな。ついでに言うなら女性に体重の話は厳禁だ」
「ああ、いや。…勝てると思ってたんだがな。陛下もなかなか手強い」
苦笑を浮かべるフラットレイの言葉は、どこまで本気で言っているのか全く読めない。パックはしばらくの間、真っ赤になってぼーっと固まっていたが、我に帰るとフライヤの後を追う。
フライヤは広場を抜けて町の中心街に向かう道を、とぼとぼ歩いていた。
「フライヤ!」
パックの声に彼女は振り向くが、パックを迎えてくれたのはいつもの優しい笑顔ではなく、悲しげに揺れる碧の瞳だった。
「陛下…」
しゅん、とフライヤの耳まで垂れている。
「フラットレイの奴なら、ウルが殴っといたからな。その…俺は役得だったけどさ、無理しなくても良かったのに」
「申し訳ありませんでした陛下…」
「あ〜。いや俺は全然いいんだけどな。フライヤが落ち込んでるみたいだからさ」
「…嬉しかったのです。フラットレイ様がテミスを本気で迫って来た時、本当に嬉しかった。なのに…」
主君を差し置いて勝つ訳にはゆかぬフラットレイの立場は理解る。ならば最後のギリギリまで勝負を仕掛けて期待させたあげく、パックにおもねるように、本当の景品のようにあっさりと勝利者の権利をパックに譲るなどしないで欲しかった。
子供っぽい我が健だとわかっていても、女として、恋人としてのプライドを傷つけられたようで、悔しかった。…こんな些細な事で動揺するなぞ、毎日の魔物との戦いで、気持ちに全く余裕がなくなっている証拠。そんな自分がますます嫌になって来る。
「俺としてはさ、フラットレイと堂々と勝負して勝ちたいって思ってたからな。同着は流石に悔しいけど、あいつにも意地ってモンがあるだろうしな。
俺のテミスはブルメシア最速のチョコボだ。それと引き分けるなんて、最強の竜騎士の名は伊達じゃないぜ」
一生の恋敵と真剣に争って引き分けたのなら、まずまずの成果だとパックは満足そうにうなずく。
「フラットレイに半分渡してやれ」
パックはそう言って、フライヤの頬にキスをする。
「俺はこれから婆様への土産、買いに行くから」
「あ、お待ち下さい。陛下!」
ちょっと照れたように笑って、走り去ろうとするパックをフライヤが慌てて追う。
「陛下に万一の事があったら、私が大巫女様に叱られます」
パックの手を捕まえ、微笑みを浮かべて歩き出すフライヤに、パックも嬉しそうな顔をする。小さな町の通りを行くと、程なくパックのお目当ての店が見つかった。
この町の名産の大粒の栗をブランデーで漬けた物は、風の大巫女や王宮の女官達のお気に入りの逸品で、店の看板にも王宮御用達のマークが付けられている。パックは女官長に頼んで、これで菓子を作って貰おうと考えていた。
一番大きなブランデー漬けの瓶と、早摘みの紅茶をしっかり抱え、もう片方の手でフライヤと手を繋ぎ、パックは元気良く店を出て来た。店の出口ではフラットレイが2人を待っていた。
「じゃフライヤ、俺はテキトーに遊んで来るから」
パックはフラットレイに重い荷物を押しつけると、今度こそ自由の身とばかりに駆けて行ってしまった。
「ごめん―――これで許して貰えるかな? 何なら、この店の菓子でもボンボンでも、何でも君の好きな物を奢るよ」
殊勝な顔でフラットレイが差し出したのは、鮮やかな深紅の昔薇。2人が恋人同士になったばかりの頃、フラットレイが初めて彼女に贈ったのがやはり赤い薔薇の花束だった。
「…フラットレイ様は何故、この花を私にと選ばれたのですか?」
彼はもうその思い出も覚えてはおるまい。けれどもフライヤは聞かずにはおれなかった。
「花屋にあった花の中でも、これが一番君が好きそうな紡麗な赤だと思って。…やっぱり他の花の方が良かった?」
ちょっと自信なさげなフラットレイから蕎薇を受け取って、フライヤが微笑む。
「いいえ。この花、大好きな花ですわ」
あの時もフラットレイは『花屋で一番綺麗に見えたのが、この赤い薔薇だったから』と言ったのだ。
「フラットレイ様が、この店でお茶とケーキをご馳走して下さったら、許して差し上げます」
「喜んでご馳走するよ」
―――例えフラットレイ様が昔の事を覚えておられなくとも、こうして新しい思い出を重ね、時を重ねて行けば良い…そうじゃよの?
フライヤがフラットレイの差し出した腕に寄り添って、仲良く店の中に入って行く。
そんな2人を、物陰から密かに見つめる幾つもの目があった。
「あいつら絶対、痴話ゲンカ楽しんでるよな」
「たく、心配する方がバカバカしいぜ」
「見ている方もな」
建物の陰からトーテムポールのように顔だけ突き出した竜騎士達が、2人の甘々ぶりに嬉しそうな、呆れたような声を上げた。


フライヤと別れたパックは、町のあちこちを見て歩いた後、神殿広場にやって来た。
王都襲撃の際に難を逃れた民達は、大戦終結の報を聞いて王都に戻って来たものの、この町にずっと足止めされている。小さな町の神殿では民達を収容しきれず、今では広場いっぱいにテントの群れがひしめいていた。混乱を避ける為に、常にブルメシア兵が広場と、町の出入り口に立っている。
パックは広場の片隅でクアッドミストに興じている子供達を見つけ、早速近づいていった。
「あっ!」
ふと振り向いた少年が、パックを見て声を上げた。
「パック?! どーしてここへ?」
「グリフィス、ラグズも! おまえらも無事だったのか!!」
幼馴染み同士の再会に、少年達は嬉しそうに歓声を上げる。
「おまえ、王様になったんだって? 俺達、いつになったら王都に戻れるんだ?」
グリフィスが周りに聞こえないよう、小声で囁く。
「竜騎士団が王都に入り込んだ魔物を全部退治してからだ。…王都は、今酷い有様だから、誰であろうと王都に戻る事は許可できん。俺だって今日やっと外出できた位なんだ」
それからパックは俯いて、すまんとつぶやいた。王宮の兵士の言葉と同じ事を聞かされ、少年達はやっぱり…と溜息をつく。
「そっか…流石の俺達も魔物には太刀打ちできないし、しょーがないよな」
「ところでこの服、竜騎士団の制服だろ? 格好いいよなー」
グリフィスとラグズは憧れの眼差しで、パックの見習いの制服をしげしげと眺める。
「あのさ、パック。僕達でも竜騎士団て入れるのかな?」
2人がニッと笑った。
「俺が竜騎士になったら、悪い奴ら全部やっつけてやるんだ! 絶対に強くなって、あんな酷い事、2度とさせやしない!!」
「僕もだ!」
勇ましい幼馴染みの言葉に、パックが大きくうなずく。
「おまえらなら、絶対見習い試験合格するよ。俺が保証する」
やった!と手を叩き合ってはしゃぐ少年達は、それから王都脱出後の武勇伝を互いに語り合った。
「陛下」
いつの間にかフライヤがパックの側に来て、そっと彼を呼ぶ。
「そろそろ出立の時刻です。参りましょう」
「おう。んじゃ、またな」
パックはグリフィスとラグズに手を振り、フライヤと一緒に広場を立ち去る。
「陛下は良いお友達をお持ちですね」
「ああ。俺の最高の悪戯仲間だからな」
パックが胸を反らすのに、フライヤも碧の瞳を和ませる。
「ところでフラットレイは?」
「向こうでお待ちですよ」
フライヤの足取りが一段と弾む。果たしてフラットレイは、大きな袋を手に抱えて2人を待っていた。
「いっぱい薯らされたな、フラットレイ」
「ええ、まぁ…」
そう言いつつ、フラットレイは幸せそうに笑み崩れる。
「…………ι」
何をか言わんや。それでもパックは帰り道、2人分の槍と買い物袋を抱えたフラットレイを横目に、フライヤの白い腕を独り占め出来た事に、ちょっぴり満足そうだった。
パックが風の大巫女の為に求めた栗のブランデー漬けは、早速その日の夜に女官長の手で可愛いタルトとなって、巫女や女官といった王宮の女性陣を喜ばせた。
だがそんな時間(とき)もつかの間。翌日からは、再び魔物との戦いが始まる。