レクイエム 1


イーファの樹での最終決戦を終え、フライヤはブルメシアに帰還した。
時を同じくして、クレイラ崩壊後、リンドブルムとの国境にある南アープス山中の、廃墟となった古い砦に身を寄せていたパック王子以下竜騎士達、兵士達も、リンドブルム艦隊の帰還とともに戦いの終結を知り、故国へと戻って来た。
パックや懐かしい仲間達、そしてフラットレイの無事と再会を心から喜ぶフライヤであったが、ブルメシアは未だ復興の糸口すら見つけられずにいた。何故なら……。


「王都に入り込んだ魔物の掃討は、いったい何時になったら終わるのだ?」
そぼふる雨を窓越しに見つめながら、パックは背後に控える竜騎士に問うた。
長い事城出をしていたパックにとって、心から懐かしく、愛おしく思う雨の都。彼の王国。
だが青の王都は今や、大戦で破壊された廃墟に無数の魔物が徘徊する、とても人の住まう地ではなくなっていた。
大戦が終わった今、民達は一刻も早く王都に戻り、復興をと切望している。それは誰よりパック自身の望みでもあった。父王亡き後、ブルメシアの王位についたばかりの少年王の表情には、日増しに焦燥と心労の色が濃くなって行く。
「は…。我々竜騎士団も全力で魔物退治に当たっているのですが、いくら魔物を倒しても次々に新たな魔物が現れる始末」
フラットレイが幼い主君に向かって、更に深く頭を垂れる。
竜騎士団も総力を挙げて魔物と戦っているのだが、敵はまるで無限にいるかのよう。終わりの全く見えぬ戦いに、最強の竜騎士と称される流石のフラットレイにも、疲労の影が見える。
彼と共に控えていた風の大巫女が口を添えた。
「王都の周囲には、新たな魔物が入り込めぬよう風の結界が施してございます。なれどフラットレイ殿の言われる通り、数限りない魔物がこの青の王都に潜んでおりまする。
―――原因は霧。世界を覆っていた霧は晴れたというに、この青の王都の周囲だけが未だ霧に覆われております。霧が濃い場所に凶悪なモンスターが数多く現れるのは、ご承知の通り。現在の青の王都は、アレクサンドリアの魔の森と同じような状態にありまする」
「ならば、霧の原因は何だ?」
パックの問いに、風の大巫女は首を横に振るばかり。
「わかりませぬ。…古くからブルメシアは風の力によって、霧がもたらす毒から護られておりました。王都の結界は宝珠“砂漠の星”の力によるもの。クレイラの砂嵐と同様に、この王都を渡る風を阻むものではありませぬ。なのに何故、霧がこの地に留まり続けるのか。わらわにも皆目わからぬ次第。竜騎士団の方々の尽力を期待する以外、今の我らに術はございませぬ」
風の大巫女が、パックとフラットレイに頭を下げた。
「んな事はわかってる! 竜騎士団も神殿の者達も――この城にいる全員が、ブルメシア復興の為に、全力でがんばって戦ってるってわかってるよ!
だからこそ、いつになったら魔物との戦いが終わるのかと聞いている! いつになったら、民を安全にこの王都に呼び戻す事が出来るのだ?!」
大戦が終結して既にふた月以上が過ぎていた。けれど青の王都に現在いるのは、ブルメシア軍と巫女や神官といった神殿の者。そして王や彼らの生活の世話をするほんの一握りの侍従と女官のみ。その彼らも、二重三重の結界に護られた王宮の外には無数の魔物が徘徊している為に、襲撃の爪痕も生々しい王宮での、不自由な龍城生活を強いられている。
「…………」
国王の強い口調に、フラットレイと大巫女は困ったように顔を見合わせる。彼らとてパックと同じ事を、風に、天に、幾度問いかけた事か。
「わかった。…もう下がっていい」
2人の沈黙を答えと受け取ったパックは、深い溜息をついて再び窓の外を見上げる。フラットレイと風の大巫女が、静かに王に頭を垂れて部屋を出ていく。
「父上…。このような時に、父上がいて下さったなら、どんなにか心強かったでしょうに。皆もきっと、俺と同じように思っております。…父上、俺は父上のような王に、本当になれるのでしょうか?」
誰にも吐露する事の出来ぬ心根を、パックは雨の向こうの空に向かってつぶやいた。


国王の執務室を辞した2人は、竜騎士団控え室へと向かった。回廊の先では数人の巫女達が、風の大巫女を待っていた。
「遅くなってすまぬの」
いいえ、と巫女達は笑顔で答え、そのまま大巫女の後に付き従う。フラットレイが控え室をノックをして、巫女達の為にドアをサッと開けた。
控え室では、魔物との戦闘を終えて王宮に帰還した竜騎士達が、疲れ切った表情で思い思いに休息を取っていた。医師を兼ねた神官が、怪我人の手当に忙しく立ち働いている。
「これは大巫女様方」
彼らが一斉に立ち上がって礼を取ろうとするのを、大巫女が軽く手で制した。
「ああ、そのままで良い。そなた達も疲れているであろう」
そう言って大巫女が巫女達にうなずくと、彼女達は声を揃えて一心不乱に回復魔法を唱える。体力だけでなく、騎士達の竜技の源となる竜の気までも回復する魔法は、詠唱者の魔力を著しく消耗するが、それでも巫女達は毎日交代で、王都に巣くう魔物と戦う竜騎士の為にこの魔法を唱え続ける。これはブルメシアの復興を願う巫女達の祈りでもあり、戦いでもあった。
呪文で身体がふっと軽くなるのを感じながら、フラットレイの青い瞳は控えの間のある一点を見つめたまま動かない。
彼の視線の先には、フライヤが竜騎士仲間のウルリッヒの肩にもたれかかったまま眠っていた。
フライヤと行動を共にしているウルや、彼の双子の兄のアルスター、他2人の竜騎士は、よほど戦いの疲労が激しいのか、全員泥のように眠り続けている。
「…………」
気の置けない仲間同士という事が判ってはいるが、何故か他の男に身体を預けて眠るフライヤから目が離せない。フラットレイの刺すような視線に気付いたのか、ふとウルが目を開けた。
フラットレイと目が合うと、しっと指を立てる。
「疲れてるんだ、このまま眠らせてやれ」
「あ、ああ…」
フラットレイは内心で、刺々しい目でウルを見ていた自分を恥じた。
「…今日も魔物を何十匹倒したか、自分でも覚えてないんだ。俺も兄貴もへとへとさ。まして女の身のフライヤは、な」
「こちらも似たような状況だ。正直、この状態がいつまでも続くようだと、竜騎士団とていつまで持ち堪えられるか判らん」
フラットレイはウルだけに聞こえる小声で、首を横に振る。
「ああ。張りつめすぎた糸は必ず切れる。そしてこの王宮の全員がそんな状態だ。
…大変だな、陛下もおまえも。早いうちに決着を付けんとマズいぞj
「そのつもりだ」
フラットレイが静かにうなずく。
「ときにおまえ、フライヤを部屋に運んでやれ。俺はこの通り動けんし、アルの奴を部屋に引きずっていかなきゃならん」
ウルはソファの反対側で眠りこける兄を指差してから、器用に反対の肩をすくめ、ニッと笑う。仕方ない、とフラットレイは、そっとフライヤを両腕に抱え上げた。
「大巫女殿、申し訳ないのですが、巫女殿をどなたかお1人貸していただけないでしょうか? フライヤを着替えさせて、休ませねばなりませんので」
「なればわらわも参りましょう。竜騎士団長殿にお詰もあります故」
そう言って風の大巫女は、神官を手伝って怪我人の治療と回復に当たっていた巫女の1人に合図する。
森閑とした石造りの回廊を、舞の熟練者らしくほとんど音も立てず滑るように歩く大巫女達の後を、フライヤを抱きかかえたフラットレイが従う。腕の中の彼女を起こさぬように、可能な限り静かに、揺れたりせぬよう歩いたつもりだったが、途中でフライヤが薄く目を開けた。
「ん……? …フ、フラットレイ様?!」
自分がフラットレイの腕に抱きかかえられている事に気付き、フライヤは慌てふためく。そんな彼女にフラットレイが小さく笑みを向けた。
「いいから、目を閉じて休んでいなさい」
「はい…」
ほんの少し頬を蕎薇色に上気させ、そっと身体を預けて来る。その様子にフラットレイが思わず目を細める。

『フラットレイ様のお心が、落ち着かれるまで待ちます』と彼女は言った。フラットレイがブルメシアを出奔する以前に、2人は将来を誓い合ったという。
『けれどフラットレイ様の記憶が全て失われてしまったのなら、約束を楯に無理強いをするのも詮無い事。だからフラットレイ様が、私の想いを受け入れて下されるようになるまで待ちます』 と。
過去の一切を口にせず、こうして控え目に彼を慕って来るフライヤがいじらしく、何とも愛おしい。
5年もの間、己自身を捜して孤独と絶望の闇を彷獲っていた彼に、フライヤは暖かな愛と温もりの光を与えてくれた。ただフラットレイの為に何もかも捨ててブルメシアを飛び出し、辛い旅を続けたフライヤの想いに応えたいと心から思う。
だがフラットレイの心の中で、もう1つの声が囁く。―――自分は安らぎと温もりを与えてくれたフライヤの愛に甘えているだけではないのか、と。
フラットレイを気遣い、過去の思い出を一切話そうとしない、話せないフライヤが、時々苦悩の表情を浮かべるのを、彼は知っている。…おそらくは、人知れず涙をこぼす夜があった事も。
だから己の疑念を振り払う為にも、彼女に愛を与えられるのではなく、フライヤを苦しめる事なく側にいて、彼女を愛し護るに相応しい者になれると確信できた時、改めてフライヤに婚姻を申し込む、とフラットレイは心に決めていた。

王宮の奥宮の、パックの亡き母君の部屋と同じ回廊の並びに、フライヤが与えられた部屋があった。居間を抜けて、奥の寝室にフライヤを運び、そっと天蓋付のベッドに横たえる。
「フラットレイ様…」
フライヤが、幼子のように不安げに見上げて来る。
「このまま休んでおいで。明日は予定通り、隣町から食料を運ぶ荷馬車隊の護衛に加わってもらうからね」
「はい…」
体力で劣る女の身であるが故に、このままでは竜騎士団の任務から外されてしまうのでは、と考えていたフライヤが、安心したように微笑む。風の大巫女が、フライヤの額に手を当てて回復呪文を唱えた。
「失礼します、フライヤ様」
巫女がフライヤの着替えを手伝うのに背を向け、フラットレイと風の大巫女はフライヤの部屋を辞した。


「して大巫女殿、お話とは?」
「うむ、霧の原因の調査、大分難儀しておるようじゃの?」
「は、申し訳ございません」
何しろ人の匂いに魅かれて、魔物が次から次へと集まって来るのだ。流石のフラットレイですら、霧の調査どころか魔物退治で日々を費やしてしまっている状況だった。多くを語らず、フラットレイはただ深々と頭を下げる。
「そこでじゃ。そなたとフライヤ殿とで、霧の原因を探ってはくれぬか? そなたが単独で調査を続けておる理由の1つに、そなたに反目を抱く者達に憚っての事であるのは承知しておる。が、先程そなたとウルリッヒ殿が話していたように、そのような事も言ってはおられぬでの。早急に霧の原因を突き止めて欲しいのじゃ」
「承知致しました」
そう言ってフラットレイは、大巫女に敬礼をした。




翌朝。その日は週に1度、近郊の町から新鮮な食料が運ばれて来る日である。
アレクサンドリアによる襲撃を事前に察知していた前ブルメシア王の指示の元、げんこついもや小麦粉、干肉といった穀類や保存食が大量に城に備蓄されていたが、新鮮な野菜や肉、魚といった食材は、どうしても不足する。魔物から食料を積んだ荷馬車を護衛する為と、王都周辺の情報収集も兼ねて、竜騎士団が町まで赴く事になっていた。
王宮前の噴水広場にはチョコボを連れた竜騎士達が集合し、出立の準備に余念がない。そんな中、自らのチョコボを引いたパックが現れた。
「フライヤ。そっちのチョコボじゃなくて、俺のテミスに乗せてやるよ」
パックはどこから持ち出したのか、竜騎士見習いの少年が着る制服まで身に纏っている。
「いけません、陛下。危険ですから、王宮でお待ち下さい!」
片膝をついてパックに目線を合わせながら、フライヤが彼を諌める。
「陛下の思う通りにさせて差し上げては下さらぬか、フライヤ殿。この王都に戻って以来、陛下は王宮に閉じこめられたまま。腕白者の陛下の事ですから、いつ王宮を勝手に抜け出すのではないかと、わらわも気が気ではありませぬ故」
パックの後から姿を見せた大巫女が、苦笑混じりにパックの味方をする。
「そーゆーコト。俺だって多少は精霊魔法使えるから、自分の身は自分で守れる。万一の時は、最強の竜騎士団が控えているから平気さ」
フライヤが困ったようにフラットレイを見ると、彼も仕方ないといった風にうなずくが、その日は笑っている。
「おっし決まりだな♪」
パックが嬉しそうにチョコボに跨る。フライヤが準備していた装備をテミスに移し替えて、ひらりとパックの後ろに飛び乗った。雨から小さな主君を守るように、自らの雨避けの外套の内側にパックを包み込む。
フライヤの外套からちょこんと首から上だけを出したパックは、久しぶりの外出に目をキラキラ輝かせ、フラットレイに早く出発しようとせがむ。そんな国王の様子に、誰もが微笑みをこぼした。
「それでは大巫女殿、行って参ります。全員、出立!」
「婆様。婆様のお好きなお土産買ってくるからな〜」
竜騎士団長フラットレイを先頭に、10人程の竜騎士達が隊列を作って整然と城門を出て行く。嬉しそうに手を振るパックに向かい、風の大巫女が同じように手を振って、最後のチョコボが見えなくなるまで見送った。
魔物に敏感なチョコボ達は本能的に魔物を避けて進むので、チョコボに乗れば魔物に遭遇する事はないと言われている。が、街路の定められた王都の中では、魔物を避けながら通るのは無理というもの。案の定、城を出てしばらくすると、チョコボ達の足がぴたりと止まった。
「来たな」
誰ともなしにつぶやく。現れたのは、ワームヒュドラ2匹を供に従えたドラゴンゾンビ。
魔物が現れると同時に、フラットレイがチョコボから疾風のごとく飛び降り、竜の紋章を放つ。世界を自に染めた竜技が消え去った後、フラットレイの姿はその場から既に消えている。
続いてアルとウル双子の竜騎士が同時に桜華狂咲を放った。それでもしぶとく生きているドラゴンゾンビに、天空から華麗に舞い降りたフラットレイが鮮やかにとどめの一太刀を浴びせる。
「相変わらず見事なモンだ」
手放しのパックの賞賛の声に、フライヤが我が事のように嬉しそうに微笑む。
その後何度か魔物との遭遇はあったものの、一行は無事青の王都の大門をくぐり、王都の外へとチョコボを進めた。
しばらくして振り返った青の王都には、白い霧が濃く立ちこめている。
風は爽やかにデインズホース平原を渡り、青の王都に向かって吹いているのに、霧は意志ある魔物のように王都を包み込み、そこに留まり続けている。その異様な光景に、誰もが眉をひそめた。
「フライヤ。あれをどう思う?」
フライヤは慎重に言葉を選びながら、パックに答える。
「…霧は、このガイアを循環する魂が、意図的にその流れを乱され、新たな生を得る事なく澱んだ際のわずかな廃棄物。そうクジャと彼の仲間は申しておりました」
「魂を澱ませる? 何の為に?」
アルスターの問いに、フライヤは首を横に振って「この世を無の世界にする為に」とだけ答えた。黒魔道士村で暮らすジュノム達の未来の為に、テラの事はパックと風の大巫女、フラットレイ以外には伏せてある。雑多な亜人種が共に暮らすガイア世界ではあるが、人々がテラの意図した事を知った時、彼らがどのような扱いを受けるかは、容易に想像が出来る。
大戦を真に引き起こしたクジャと、彼が呼び覚ました闇の魔物を倒し、霧を払った8人の英雄のサーガは、既に吟遊詩人達によって各地に広がっていたが、そこにテラの事は一言も歌われていない。…知らぬならジュノム達は、単に外側の大陸に住まう“尻尾の一族”で済む事だった。
「霧が人々の魂のカケラであるならば…青の王都を覆う霧は、大戦で亡くなった方々の“想い”が留まったものなのかも知れませぬ」
言葉を絞り出すフライヤの表情は、とても辛そうだった。
「…ならば、あの中に父上も……いや、何でもない。忘れてくれ」
大戦で家族を亡くしたのはパック1人ではない。フライヤの父も、王と王宮に逃げ込んで来る民を護る為、王宮の門を最後まで死守して戦死した。ここにいる者は皆、家族や、友であった仲間の竜騎士を失った者ばかり。大切に想っていた失われた人々が、ブルメシアに魔物と災いを呼んでいるのだとしたら…これ以上辛い事はないだろう。
無意識なのだろう、フライヤが背後からきつくパックを抱きしめる。そうしなければ、己が立っておられぬ程に。
「いいえ、陛下。ブルメシアでもクレイラでも亡くなった人々は、風になって空に還ると言われております。お父君の魂は、きっと今頃空の上で、母君と共に安らいでおられますとも」
「うん、そうだな。フライヤの言う通りだ。皆もよいな?」
誰もがそう願いたがっているように、静かにうなずく。
自らの悲しみを押し隠して凛と立つフライヤを、思わずフラットレイは今すぐ抱きしめたい衝動に駆られた。真筆な彼の眼差しに気付いたフライヤが、自分は大丈夫と言うように微かに微笑んでみせる。
「……行くぞ」
パックが王都に背を向け、チョコボを走らせ始める。竜騎士達も、王の後にすぐさま従った。