風の王子の冒険譚7 〜 EPIROGE 〜





「―――気が付いたクポ?」
目を覚ましたパックの目の前に、モーグリのアトラの顔があった。
「…ん。…おまえ…どうしてこんな所に?」
「王様と一緒に逃げるより、ここに隠れている方が安全だクポ。パック王子も無事で良かったクポ〜!」
気が付くと、彼は見慣れた城の宝物庫にいて、毛布で大事にくるまれ横たわっていた。
2人の話し声に、宝物庫の入口近くで槍を抱えたまま、目を閉じて休息を取っていたフラットレイが立ち上がり、パックの側へとやって来る。
「お目覚めになられましたか、パック殿。暖かいスープが用意してありますよ。お召し上がりになりますか?」
フラットレイの笑顔を目にして、安堵すると同時に、急に激しい疲労と空腹感がパックを襲う。パックは子供らしく、うん、と大きくうなずいた。
宝物庫の外に雨を避けて作った急ごしらえの囲炉裏から、フラットレイがスープの鍋を持ってきて皿いっぱいに注ぐのを、パックはじっと目で追っている。
「どうぞ。熱いですから気を付けて」
一気にスープを飲み始めるパックが、案の定、あつっ!と声を上げるのに、青年が苦笑する。
「おかわりもありますから、あわてなくても結構ですよ」
2杯目のスープもすっかり飲み干して、ようやく落ち着いたパックの身体を再び横たえると、フラットレイは側に跪く。
「パック殿、お身体の具合はどうですか?」
「もう少し休めば平気だろ。うまいスープで生き返ったぞ」
満足げなパックに、フラットレイも微笑する。が、すぐに表情を引き締めると、パックにこう告げた。
「ではパック殿が回復次第、クレイラに向かいましょう。アトラから、アレクサンドリア兵と…それからブラネ女王が、クレイラに向かったと聞きました。ですが、今ならまだ間に合うかも知れません」
パックはフラットレイの言葉に、軽く目を見開く。
「ならば、ここでのうのうと休んでいる訳にはゆかぬ。今すぐクレイラに…!」
パックは懸命に立ち上がろうとするが、身体がいう事を聞かず、その場に崩れ落ちそうになるのを青年が支える。
「そのお身体ではムリです。そんな調子でクレイラへ向かっても、王のお役に立てるとお思いですか?」
「…………」
フラットレイの言葉は辛辣だが、彼の言う事が正しいことはパックにもわかっている。
「大丈夫。王を守る竜騎士団の実力は、パック殿の方が良くご存じでしょう? 王は必ずやご無事で、クレイラにいらっしゃいます」
「…うん…」
眠気が急速にパックを襲って来る。眠りの中に落ちて行く中で、少年は自分を優しく見守るフラットレイの瞳が、『大丈夫』と言ったほんの一瞬、奇妙に揺らめくのを見逃さなかった。
―――ああ、そうか…。クレイラへと急ぐ気持ちは、フラットレイも俺と変わらな…。
スリプル草や様々な薬草の入ったスープのおかげで、深い眠りに落ちたパックの身体に毛布を掛けると、フラットレイもまた逸る気持ちを抑えるように、宝物庫の入口に戻ると再び固く目を閉じた。


パックが次に目を覚ましたのは、雨の音に混じって空から聞こえて来る、低い唸るような音のせいだった。深い眠りと薬草のおかげで、体力も魔力も驚くほど回復している。
「何だ?」
パックとフラットレイは互いに顔を見合わせる。次第に近づいて来る音に、2人は外に飛び出した。
「…飛空艇! リンドブルムの飛空艇団だ!」
上空から2人の姿を認めたのか、飛空艇が1隻、王宮前広場へと降下して来る。
飛空艇から、護衛兵と船乗りを1人づつ連れて、降り立ったのは…。
「オルベルタ文臣!」
「パック王子? …そちらにおられるのは、もしやフラットレイ殿ですか?!」
5年前、その訃報が伝えられたブルメシア最強の竜騎士の姿に、オルベルタは少なからぬ驚きを見せる。フラットレイは微かに口元を歪めて、薄く笑う。
「フラットレイ。リンドブルムは友好国だ、大事ない。少なくとも今のところ、シド大公がブルメシアとの盟約を破棄する理由は見あたらん」
さりげなくオルベルタとパックの間に立つフラットレイに小声で囁くと、パックはオルベルタの前に軽く進み出る。
「王子殿下には、ご無事であられて何よりでございました」
オルベルタが恭しく、宮廷儀礼に乗っ取った礼をパックに向ける。
「そちらの使者の者よりブルメシアの危機を聞いて、飛空艇団を率いて参った次第ですが…どうやら間に合わなかったようですな。
ブルメシアと友好を結ぶ国の臣として、誠に申し訳なく思っております」
沈痛な面持ちで深く頭を下げるオルベルタに、パックが苦笑いを浮かべる。
「気にするな。俺達も同じクチだ」
「では殿下はフライヤ殿にはお会いになられなかったのですか? フライヤ殿はリンドブルム狩猟祭で優勝された直後、知らせを聞き、我々より一足早く仲間の方々と共にブルメシアに向かわれたのですが」
「フライヤがブルメシアに?」
思いがけぬ人の名を耳にして、パックは喜色満面に飛び上がる。
「ならばフライヤもきっと、クレイラに向かったに違いない。フラットレイ、俺達も急ごう!」
フラットレイとフライヤ。最強の竜騎士の揃い踏みに、希望の光が見えて来たようにパックには思えた。
「オルベルタ文臣。ここまでご足労いただいたついでに飛空艇を1隻お借りしたいのだが、宜しいだろうか? 父上はクレイラにおられる。そこまで俺達を目立たぬよう、運んでもらいたいのだ」
「1隻で宜しいのですか? シド大公より、我が飛空艇団をブルメシアの為いかようにも役立てよと承っておりますが?」
「貴公は飛空艇団を引き連れて行って、クレイラの大樹の側で戦闘をするつもりか?
アレクサンドリアは、飛空艇レッドローズを保有していたな。わずか1隻とはいえ、あれはなかなかの重火器を装備している。たとえクレイラの大樹が砂嵐に守られているとはいえ、その民を無用の危険に晒すようなマネは、父上がお許しにならぬ」
オルベルタの目がキラリと光る。
「…流石、ブルメシアの世継ぎの君は、深い見識と同時に、優れた情報網をお持ちのようで」
敬服したように頭を下げるオルベルタは、パックが昔、アレクサンドリア城に忍び込んで、当時の新造艦レッドローズをこっそり見物して回ったなどとは、思いもしないだろう。
何となく事情を察したフラットレイは、視線だけで空を見上げて、人知れず溜息をつく。
「では殿下のお望み通り、高速飛空艇を用意致します」
オルベルタが控えていた船乗りに合図すると、船乗りは持っていた灯りを掲げ、上空を旋回している飛空艇団に信号を送る。
「他に我々がお手伝いできる事がありましたら、何なりとお申し付け下さい」
「ではブルメシア王名代として、シド大公殿に頼みがある。
難を逃れて王都を脱出した我が民が多数いる。彼らは恐らくリンドブルムへと向かう筈。彼らの受け入れを、大公殿にお願い出来るだろうか?」
「無論の事。私からも大公殿に口添えします事を、お約束致します」
「かたじけない。シド大公殿には、篤くお礼申し上げると伝えて欲しい」
パックはブルメシア王子として、終止堂々たる態度で、オルベルタに頭を下げた。
「承知致しました。お二方のご武運をお祈り申し上げます」
やがてオルベルタの飛空艇が上昇するのと入れ替わるように、高速飛空艇が広場に降りて来る。
「じゃあな、アトラ! ブルメシアを頼むぞ!」
「まかせてクポ。王子も気を付けて行くクポ〜」
元気に手を振り、フラットレイとテミスを伴って飛空艇に乗り込むパックに、ビシッとアトラが竜騎士の敬礼で見送る。
上空から眺める廃墟と化した青の王都は、よりいっそう荒涼としていて、パックから先程までの元気を失わせる。
「…………」
「パック殿…」
控えめに声をかけるフラットレイに、パックが振り向く。
「俺は大丈夫、心配するな」
ブルメシアの王都に到着した時と、ちょうど正反対だな、とパックが微苦笑する。
「それよりおまえ、クレイラに到着したなら、かつての知り合いに大勢合うことになる。…良いのか?」
「今はそのような事を言っている場合ではないでしょう? 私は竜騎士として、私の成すべき事をするのみ」
以前と違い、フラットレイの瞳には、かつての竜騎士と同じ、穏やかで力強い光が輝いている。
パックは彼の言葉に、静かにうなずいた。
全ての風が、クレイラへと向かって収束を始めている。
風が危機を叫ぶその中心へと、パックとフラットレイは自ら飛び込んで行く。
砂嵐の向こうで彼らを待つのは、王とフライヤ、そしてアレクサンドリアのブラネ女王。
その先に何があるのか――空を駆け、地上に蠢く人々の様々な思惑をそっと囁く風も、未来までは決して語れぬ。


〜Fin〜





      あとがき



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