風の王子の冒険譚1 〜 Shall we dance? 〜





遙かなる昔、南のあまたの小国にいつ果てるともなき戦乱あり。
神に選ばれし1人の若者、地をさまよえる同胞(はらから)率いて北の大地に逃れ、王国を築く。
精霊の友と呼ばれし彼の者、竜の力、黄金の肌と黄金の心持つ鼠人(ねずみびと)なり。
これすなわち、神聖ブルメシア王国の始めなり。
『ブルメシア創世記』




王宮の奥は、不安げなさざめきに満ちていた。
「…パック王子が…まだお帰りになられなんだ」
「王宮警護の者も誰1人、王子のお姿を見かけた者がいないとか」
「もうすぐ日が暮れる。早うお探し申し上げねば…」
廊下のあちらこちらで女官達が小声で囁き合う中、フライヤ・クレセントは王の間へと向かっていた。王の信任篤い、若き女竜騎士の姿を目にした女官達が、敬愛を込めて彼女に会釈をすると、フライヤも目顔で軽く挨拶を送る。
彼女が王の間の扉の前に立つと、重い扉が近衛の者の手によって音もなく開かれた。
「フライヤ・クレセント、陛下のお呼びに従い参上いたしました」
凛とした涼やかな声が、王の間に響き渡る。フライヤは玉座の前に進み出ると、竜騎士の誰1人とて真似する事の出来ない、流れるような優美な仕草で作法通りに王の前にひざまずく。
「恐れ乍ら陛下。パック王子がまだお戻りになられぬと、女官達が申しておるようですが?」
「うむ。実は先程パックから使いが来てな。
森の奥まで出かけたは良いが、城に帰る前に日が落ちそうだから、迎えをよこして欲しいと言って来た。すまぬがそなた、行ってやってくれぬか?」
「御意」
王はうなずくと、口調を変えてこう言った。
「全くパックめ、遊び回ってばかりで困った奴じゃ。予にもお目付役の目を逃れて、思う存分外を駆け回る楽しみは身に覚えがあるから、あまり目くじらを立てとうはないのだが、側仕えの者が肝を焼くでのう。そなたからも一言、あやつに言うてやってはくれまいか」
溜息混じりの口調の割に、王はあまり困った表情をしていない。
むしろ腕白な1人息子に注ぐ深い愛情を示すかのように、王子の事を語る王の目が細められている。
「承知致しました」
フライヤは軽く微笑みながら、王に向かって頭を垂れた。


フライヤが王宮の外に出るのを待っていたかのように、彼女の周囲を風がふわりと吹き抜け、王子の居場所を知らせる。
「…向こうの森か。急がねばなるまいの」
秋の日は暮れるのが早い。既に太陽は大きく西に傾き、地平線に沈みかけている。
風に導かれるまま、フライヤは森の奥へと進んで行く。
彼女が歩く度に、積もった落ち葉がサクサクと乾いた音を立てて砕ける。その音に混じって、ふと遠くの方から楽しげな話し声が聞こえて来た。
「―――パック王子?」
呼びかけに、少し遅れて答えがあった。
「おう、フライヤか。こっちだ」
間違いなくパック王子の声だった。
すでに少しづつ薄暗くなっている森の中を、可能な限り急いで王子の元へと向かう。
フライヤがそこに見いだしたのは、パック王子ともう1人、髪も肌も全身緑色をした少女の姿だった。薄暗がりの中、淡い燐光を全身から放っている少女は、むろん人間ではない。
「…ニンフ!」
思わず手にした槍を構え直そうとするフライヤを、パックが制した。
「待て。この娘は敵ではない。森の奥でたまたま出会ったんだが、俺に精霊やモンスターの世界の話をいろいろ教えてくれたんだ。
で、話を聞いているうちに、ついつい遅くなっちまって、こうして俺を城の方まで送り届けてくれてる途中でおまえが来てくれたという訳だ」
ニンフの少女はフライヤの槍を目にしても少しも恐れる様子もなく、2人が話している間、所在なげに手を後ろに組んで、ワルツのステップでも踏んでいるかのように、ふわふわと宙を漂っている。
「フライヤ、原石は持って来てくれたか?」
「はい。王からお預かりして参りました」
フライヤが差し出された小さな手に原石を乗せると、パックは少女に原石を放った。
「うふふっ。サンキュー♪」
少女は嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「またモンスターの話、聞かせてくれな!」
パックが手を振ると、ニンフの少女の姿はその場からかき消えた。
精霊が放っていた淡い光が失せると、急速に夜の闇が迫って来たように感じられた。
パックが森の冷たい夜気に、ぶるっと身体を震わせる。フライヤは持っていた槍と灯りを地面に置くと、片膝をついて女官から預かってきたマントをパックの肩に掛けてやる。マントの襟紐を結びながら、フライヤが軽く感嘆の吐息を漏らした。
「パック王子。モンスターの中にも、ごく稀に現れるという精霊を、私は初めてこの目で見ました。彼らにさえあのように好かれるとは、まこと王子は“黄金の鼠人”の末裔であらせられますのう」
目を細めるフライヤに、パック王子は肩をすくめた。
「ハン! 好かれるのは嬉しいがな。
いかに先祖返りとはいえ、俺は伝説の黄金には程遠い、只の茶色いネズミにしか過ぎん。髪も肌も白銀のおまえの方が、俺よりもよほど美しいと思うぞ。
おまけに、たとえ内緒で城を抜け出して街に遊びに行こうとて、すぐにパック王子と街の者に知れてしまう。俺はただ普通に街を歩いてみたいだけなのに、周りの者は誰1人とてそうはさせてくれぬ。不自由なだけで、いい事は1つもないぞ」
怒ったような、悲しんでいるような口調で、パックはたちまち不機嫌になる。
「それでも王子は、誰にも真似の出来ぬ黄金の心をお持ちになっておられる。
王子のなされる悪戯を、城の者も街の者も誰1人とて本気で咎め立てせぬ…いえ笑って許してしまうのも、多くの者が王子を慕って集まるのも、何も王子の身分のせいばかりではありませぬ。
王子はまるで陽の光のように、人を魅き付けてやまぬ不思議な力を、生まれながらにお持ちのようじゃ」
「…………」
美しい笑顔で笑いかけるフライヤにパック王子はすぐに答えようとはせず、フライヤの持ってきた灯りを自ら拾い上げて、手に取る。
「―――世継ぎの王子として、民の好意は宝にも等しい、得難い物だと心得ている。だが俺は決して、おまえも含めて皆が思っているようなものではない。…今は、まだ子供ゆえ。
だから俺は城の中で読む書物の知識などではなく、広い世界を自分自身の目で知りたい…いや知らねばならんのだ! 父上のような良き王となる為に」
幼いながらも既に次代の王位継承者としての自覚を持ち、その重圧と正面から懸命に戦おうとしているパックの姿に、フライヤが美しいエメラルドの瞳を和ませる。
「パック王子がいつまでもそのお心、持ち続けてあられるなら、きっと未来のブルメシアに名君が誕生されましょうぞ。
その前に、まだ見ぬ世界を王子が巡って歩かれたいと言われるなら、その時にはどうかこのフライヤも共にお連れ下さいませ。陛下より竜騎士の称号を授かったとはいえ、まだ未熟者の私には学ばねばならぬ事が、あまりにも多うございますゆえ」
パックはお気に入りの女竜騎士に向かって大きくうなずいた。
「もちろんだ。だがそうなると、もう1人の竜騎士も連れてゆかねば恨まれそうだ。
…うーん、最強の竜騎士2人がいなくなるとすると、父上にお許しがいただけるだろうか…」
本気であれこれ悩むパックに、フライヤが苦笑する。
「その陛下が心配されておりました。森が夜の暗闇に完全に閉ざされる前に、城に戻りましょう」
「うむ」
差し出された白い手をパックが取って、2人は並んで城へ向かって歩き始めた。


その頃。パック王子とフライヤの帰りを待ちわびるように、王宮の入口に立つ男女の姿があった。
「ああ、もうすっかり暗くなってしもうた。夜の森には昼とは比較にならぬ数多のモンスターが徘徊する。
フラットレイ様、王はフライヤ様お1人をお遣わしになられましたが、果たしてお2人はご無事であられようか? いかにフライヤ様が人並み優れた竜騎士とは言え、王にお願いしてフラットレイ様や他の竜騎士の方々にも、ご足労いただいた方が宜しいのでは…」
フラットレイが行くと言わねば、今すぐにも自分が外に飛び出して行きそうな女官長に、フラットレイは微苦笑しながら首を振る。
「いいえ女官長殿。その必要はありますまい。フライヤならば、パック王子をお守りしつつ森のモンスターを1人で倒すぐらい、造作でもありません。
それに彼女はモンスターの習性も良く学んでおりますから、王子を危険な目に逢わせるような事は少ないと思いますよ」
フラットレイの言葉には、彼の人に対する深い信頼が込められているが、それでも彼の視線も女官長と同じく城門に向けられたまま動かない。
「そうですわね。浅慮な事を申しました、お許し下さいませ」
信じているから動かぬと無言で語るフラットレイに、女官長は頭を下げた。
「…それにしても、今宵のこの寒さときたら! 森の魔物以上にタチが悪い。お2人ともお風邪など召されなければ良いのですが」
心配性の女官長と共に、宵闇の向こうを透かし見る青年が、ふいに笑みを浮かべた。
城門を抜けてこちらへやって来るパック王子と長身の女竜騎士の影が、庭の篝火に照らされ、はっきりとその姿を彼らの前に現した。
「フラットレイと女官長だ。急ごう、フライヤ」
待ち人顔の2人を認めた王子が、手を繋いだままパタパタと走り出す。フライヤも怜悧な顔(かんばせ)をほころばせ、王子に速度を合わせながらまっすぐにフラットレイの元へと向かう。
「お帰りなさいませ、パック王子、フライヤ様。あまりにお帰りが遅いので、王子の身に何ぞあったのではないかと、気が気ではありませんでした」
女官長が安堵の溜息をつく。
「悪い。心配をかけた」
「外は寒うございましたでしょう? 暖かい飲み物と食事の用意が出来ておりますよ。今夜は王子のお好きな栗かぼちゃのプディングを作りましたから、ぜひとも召し上がっていただかねば」
「本当か? 女官長のプディングは絶品だからな。楽しみだ♪」
王子から年相応の子供に戻って、嬉しそうに顔をほころばせるパックに、女官長が満足げな笑みを浮かべる。何だかんだと小言を言いながら、結局女官長もパックには甘いのだった。
「フライヤ、怪我は? モンスターにやられたのか?」
パックが女官長と話している間に、素早く2人の姿を目で点検していたフラットレイが、女官長に聞こえぬよう小声で囁く。彼の目はフライヤの腕に、何か鋭い物で切り裂かれたような跡が、わずかにあるのを見逃さなかった。
「パック王子にお怪我はありません。私のはほんのかすり傷です。王子がポーションで治して下さいましたから、もう痛みもありません」
モンスターがパックに飛びかかろうとした時に、彼女が王子をその背にかばって出来た傷だった。フラットレイは念の為、怪我をしたフライヤの右腕を取ってそっと上げ下げさせてみたが、特に痛みはないようだった。
フラットレイが自分の身体を気遣ってくれる事が、フライヤにとっては何よりも嬉しい。
フフッとくすぐったそうに笑みをこぼすフライヤに、フラットレイもようやく厳しかった表情を和らげ、安堵の笑顔を見せた。
「フライヤ、行くぞ。フラットレイ。2人で仲良うしてる所すまんが、父上にご報告に上がればフライヤを解放してやれるから」
「王子!」
フライヤもフラットレイも、思わず声を上げる。
「私はただフライヤの怪我の具合を調べようとしていただけです!」
2人の仲は王宮の誰もが知るところだが、女官長の手前という事もあって、2人の顔はすっかり赤くなっている。
「さぁさぁ王子、陛下がお待ちでございます。参りましょう」
女官長が苦笑しながら、面映ゆそうに固まってしまった2人に、助け船を出してくれた。
「で、ではフラットレイ様、失礼致します」
「うむ」
フラットレイは、再び手を繋いで王の間へ向かうパックとフライヤ、そしてその後に従う女官長の姿が王宮の奥に消えるまで見送っていた。




「フライヤ。―――いないのか?」
賄方から戻ってきたフラットレイが、王宮内にある、自身の執務室兼居室の扉を開けるが、そこにいる筈の彼女の姿はなかった。
「まだ王の間か? …ん?」
左手には寝室への扉、そして部屋の奥には大きな窓があるのだが、その窓が開け放たれてカーテンが夜風に揺れている。
窓の外には噴水の流れる小さな中庭を隔てて、竜騎士専用の屋内訓練室があり、そこから微かな人の気配がする。今の時間はちょうど夜の食事時の為、普段は誰も使っていないのだが…。
フラットレイは窓から音もなく飛び降りると、訓練室の入口に立って中を覗く。
フライヤが鏡を前にして、“武踏”と呼ばれる、古武道の演舞を静かに舞っていた。
―――見事なものだ。“武を極めれば、すなわち舞に通ずる”とは良くも言ったものだ。
フラットレイは心の中で感嘆の声を上げる。
フライヤがたどっているのは武術の型に過ぎぬのだが、彼女の手足は1つ1つの型の正確な位置をなぞり、それらが緩急自在に連なると、見る者の目に美しい舞となって映る。
舞は森羅万象を人の動きによって表したものが原型であり、また武術の流儀の中には動物の動きなどを模したものがある。フライヤの武踏は、それら舞と武の美しい調和を見事に体現していた。
片足を軽く後ろに置き、鍛えられたしなやかな背が美しいアーチを描いて後ろに反らされ、白い腕は天と地を示してどこまでも伸ばされる――。
今まさに天に向かって飛び立たんとする鳳のように、フライヤが動きを止めた。
フラットレイは手にしている物を床に置くと、彼女に声をかけた。
「素晴らしい武踏だった。――私も一緒に良いかな?」
「フラットレイ様!」
鏡に映る自分の動作を確認するように、演舞に没頭していたフライヤは、フラットレイに全く気づいていなかったらしい。
「すみませぬ。お部屋でフラットレイ様を待っておれば良かったのですが、夜気ですっかり身体が冷え切っておりました故、少し身体を動かそうと思って」
恐縮するフライヤに、フラットレイは笑顔を向ける。
女官長が用意してくれた暖かい飲み物を取る事もせず、部屋に向かったフライヤと、彼女が王の間を辞する頃合いを見計らって賄方へ向かったフラットレイが、入れ違いになってしまったのだった。
「かまわないよ。おかげで良い物を見せてもらった。私も少しだけ、君につき合おう」
2人は向かい合わせで、互いに軽く目礼を交わし“武踏”を始めた。
フラットレイが大きく腕を動かすと、フライヤの動きもぴったりとそれを追い、フライヤが軽やかな旋回(ターン)でフラットレイの突きをかわせば、フラットレイは更に大きく回り込んで、再びフライヤと正面から対峙する。それはまるで寄せては返す海の波にも似て、片方が攻撃を繰り出せば、もう片方がそれを受け止め、流し、返す動きによって攻撃に転ずる。
槍を握っていない時は常に穏和で知られるフラットレイだが、いざ戦いの場になると、まるで風を鋭く切り裂くような、研ぎ澄まされた刃のごとき動きを見せる。そんなフラットレイの戦う姿を見るのが、フライヤは何よりも好きだった。
「ふふっ」
フラットレイと目が合ったフライヤが、瞳を悪戯っぽく煌めかせた。
次の瞬間。
フライヤの手刀がフラットレイに向けて、本気の攻撃を加える。
さらりと柳の枝のように、すんでの所で辛くも手刀をかわしたフラットレイが、流す動きを利用し身体をくるりと回転させると、強烈な回し蹴りを放った。
フライヤは得意のジャンプで逃れると、宙でしなやかに背を反らし、蝶のように優雅に身体をひるがえすと着地の体勢に入る。
息詰まる真剣勝負に、フライヤの口元から楽しげな笑みがこぼれる。
「ハッ!」
彼女が着地した瞬間を狙い澄まして、フラットレイがフライヤの足元を大きく薙払う。それを見透かしていたフライヤは、再びジャンプしてフラットレイの頭上を飛び越えると、彼の背後を取った。
大振りをしてスキの出来たフラットレイに、そのまま繰り出した肘の一撃が決まる!…とフライヤが確信した瞬間、フラットレイが振り向きざまに彼女の腕を、手の平でしかと捕らえていた。
もう片方の腕も反撃を許す前に、フラットレイがさっと掴む。
「演舞で背後からの攻撃は、ルール違反だったろう?」
フライヤの両腕を封じたまま、フラットレイは素早くキスをする。
身体の自由に加えて唇まで封じてしまおうか?という、甘やかな脅しにもフライヤは全く動じたそぶりも見せず、挑戦的な微笑みを浮かべる。
「おや? フラットレイ様ならば、あの程度の攻撃など、物ともせぬ筈。事実いともあっさりと、かわしてしまわれたではありませぬか?」
思い切り本気の攻撃を仕掛けておいて、明るく言わないで欲しい、と彼は心の中で思った。
あと一瞬、振り返るのが遅かったら、今頃どうなっていた事か…。
フラットレイは深く溜息をついた。
「怖いな、フライヤは。この調子では、最強の竜騎士の称号は私ではなく、君のものになる日も近いかも知れんな」
フライヤがエメラルドの瞳を煌めかせる。
「無論そのつもりで日々精進しております。私が今のフラットレイ様に追いつく頃には、フラットレイ様は更に強くなられているでしょうから。
共に戦場にあって、フラットレイ様が心おきなく戦えるよう、常に背を守って立つが、我が望み。
その位の心づもりでおらねば、到底フラットレイ様と共に並んで戦う事、叶いますまい」
ふっと、フラットレイが微笑した。
フライヤはただ勝ち気なだけの竜騎士ではない。
男の竜騎士と比べてどうしても劣る力と体力をカバーする為、フライヤはそのスピードと身軽さ、誰にも負けぬ高いジャンプ力を生かして、相手の急所を電光石火の早業で、正確無比に突いて来る。
“ブルメシアで最も風の寵愛を受けた竜騎士”との誉れ高い彼女が、それを手に入れる為にフラットレイよりも更に厳しい修練を己に課している事を、知る者は数少ない。
美しい碧の瞳以上に、内側から竜の輝き放つ彼女自身が、まるで貴婦人の強さとはかなさを併せ持つエメラルドのよう。
「ご婦人方を護るのは騎士の心得の1つだが、そういった意味ではなしに、いつの日か、戦の庭で戦う最強の女竜騎士の背後を守る栄誉を得たいと、全ての竜騎士が望む時が来るだろう。
その日が楽しみだ」
フラットレイのこの上ない賛辞に、フライヤがえも言われぬ艶やかな笑みを浮かべる。
魅入られるようにフラットレイはフライヤに唇を重ねる。
恋人達は心ゆくまで、甘く深いキスを交わした―――


フラットレイがフライヤの為に持ってきた熱いアイリッシュコーヒーは、すっかり冷たくなってしまっていた。
「もう1度淹れ直して来ようか? せっかくパック王子と女官長からいただいて来た、栗かぼちゃのプディングもある事だし」
「いえ、かまいませぬ。フラットレイ様がつき合って下されたおかげで、すっかり身体も暖まりましたし」
並んで座って、冷えたコーヒーをすする2人の間には、穏やかな沈黙が心地よく横たわっている。
言葉の代わりにフラットレイが、尻尾をフライヤのそれに絡ませる。
それを合図にフライヤが、フラットレイの肩に白い頬を預けた。
髪を撫でるフラットレイの手の感触と、伝わってくる身体のぬくもりが、この上なく心地いい。
フライヤは自分を包んでくれるぬくもりの中に、しばし、たゆたうように目を閉じた。