王様の休日 番外編





そして月日は流れ……。
リーヴとシルフィンが初舞台を踏んでから、十と一回目の花祭りが巡ってきた。


「シルフィン。良かったら今夜、俺と一緒に踊ってくれるかな?」
「あ〜ダメダメ。シルフィンはその前に、俺との先約があるんだ、な?」
神殿広場警備の竜騎士団の天幕で、巫女姿のシルフィンが数人の竜騎士達に囲まれていた。
昨年の初冬に、双子の兄と共に晴れて竜騎士の位を得たシルフィンは、今年の花祭りに生まれて初めて桜花月の舞の巫女を務める。母のフライヤに似て美しく成長した彼女と夜祭りの舞を踊ろうと、親しい仲間達が声をかけて来る。
「そぉねぇ…。最初の曲は父上とよ♪ 2番目の曲はリーヴと。その次だったら、考えてあげてもいいわ」
そう言いつつもシルフィンは、チラチラと天幕の外ばかり、しきりに気にしている。
「ふ〜ん。だったら、おまえの“憧れの君”はどうなんだ? 夜明け時(どき)のラストダンスの約束はもう取り付けてるのかい?」
見習いの頃からシルフィンが想いを寄せている竜騎士の青年は、現在フラットレイと共に広場と神殿周辺の巡回に出ていた。からかうようなリーヴの言葉に、シルフィンの頬がカッと朱に染まる。
ドガッ!!
「〜〜〜〜!!!」
妹に向こう脛を思い切り蹴られ、リーヴが無言の悲鳴を上げた。流石に声を出して転げ回るような無様なマネはしないが、竜騎士の容赦ない蹴りの痛みをこらえるあまり涙目になっている。
フンと鼻を鳴らして向こうへ行ってしまったシルフィンと入れ替わるように、リーヴの仲良しの青年が彼に囁く。
「おまえ、仮にも竜騎士なんだからさ〜、あれぐらいの蹴りなんて避けろよな」
同期の竜騎士の中でも抜きん出た実力を持つリーヴを、ここぞとばかりに揶揄する。
「避けたり、反撃したりしてみろ、倍以上になって返って来るからな。下手すりゃ、とうに俺ン家は屋敷ごと吹っ飛んでるぜ」
「あぁ、おまえンとこ、兄妹ゲンカだけでなく、親子ゲンカも凄絶そうだもんな」
「はは…」
リーヴは力無く首肯する。
「それにあいつ、今日生まれて初めて公式の場で母上と競演するんだ。去年母上が舞った桜花の精は絶賛を浴びたから、観客も期待している。シルフィンの奴、ああ見えても相当気が立っている」
シルフィンが舞うのは、フライヤの十八番でもある赤と青の月の巫女。
「なるほど、殴られてやるのも兄貴の役目ってか。おまえ、昔から打たれ強いもんな」
「まぁね」
青年がぽんぽん、とリーヴの肩を叩くと、彼はフラットレイに良く似た穏やかな笑顔を見せた。


「何じゃ、シルフィン。やはりここにおったか」
「あ、母上」
フライヤはつかつかとシルフィンに近寄ると、ぐい、と耳を引っ張る。
「痛たたた…」
「このような所で、何を油を売っておるのじゃ! 他の巫女の方々はとうに神殿に集まっておる。青の月の巫女たるおぬしがおらねば、奉納舞の前の清めの祈祷が出来ぬではないか!!」
「…申し訳、ありません…」
母にきつく叱られ、シルフィンがしゅんと耳を垂れる。
「ほれ、花冠も曲がっておるぞ。…たく、ほんにしょうのない奴じゃ」
フライヤがいそいそと、シルフィンの花冠の位置を直してやる。言葉とは裏腹に、大きな舞台で初めて娘と共に舞う嬉しさに、フライヤの表情は緩みっぱなしだ。
「神殿に急ぐぞ、シルフィン」
「はいっ」
一同にぺこんと頭を下げて、母娘は天幕を立ち去って行く…が、すぐにシルフィンが入口に顔を覗かせた。
「ちょっとリーヴ! あなた警備の竜騎士なんだから、か弱い美人の巫女2人、神殿まで送り届けてよね」
たく気が利かないんだから、とかぶつぶつ文句を言っているが、舞の前の緊張とプレッシャーから、兄に出来る限り側にいて欲しいらしい。
「あー、ちょっと待って」
リーヴは警備陣の副隊長を務める壮年の竜騎士に、許可を求めるように振り返った。
「かまわん。リーヴ・クレセント、桜花月の舞が終わるまで、巫女の方々の護衛を命じる。竜騎士団長殿には私から話しておく」
「はっ。ありがとうございます!」
ぴしっと敬礼をするクレセント兄妹に、壮年の竜騎士はふと破顔する。
「代わりにシルフィン、最高の舞を見せてくれよ。みんな楽しみにしている」
「はい、がんばります!」
元気に返事をして、天幕の外で待っていたフライヤの元へ、兄妹揃ってパタパタと駆け寄って行く。


いよいよ桜花月の奉納舞が始まり、シルフィンは舞台袖で己の出番を緊張の面持ちで待っていた。
「シルフィン、私はそろそろ向こう側の袖に行くからな」
自分の出番ギリギリまでシルフィンと共にいたフライヤは、両手で娘の頬にそっと触れる。
「おぬしは好いた相手に晴れの舞台を見て貰おうと、今までがんばって来たのであろう?
おぬしの舞はこの私が、おぬしが生まれた時から教え込んだものじゃ。それだけではない、王妃様や、今は亡き風の大巫女様の舞もおぬしは受け継いでおる。自信を持つがよい。舞の後、あの方に笑顔で花冠を渡せるように…ほれ、尻尾を立てるのじゃ」
「はいっ」
シルフィンの尻尾が、ぴんと天に向かって立てられる。不安げに揺れていたシルフィンの碧の瞳がいつもの輝きを取り戻すと、フライヤは笑顔でうなずいて舞台下手へと移動して行く。
「さて、私もあの子に負けぬよう、気合いを入れねばの。赤い月の巫女を舞うのも、数年ぶりじゃからに」
フライヤの足取りが楽しげに弾む。ふと、広場の観客に目を移した彼女が、口元に苦笑いを浮かべた。
「たくあやつは…。たまにはガーネットも連れて来てくれれば良いのに」
後で家の者に言って夕食の追加をせねばなと、笑顔でつぶやきながら、舞台へと向かう。
広場ではフラットレイを筆頭に手すきの竜騎士達が天幕の前に勢揃いしていた。その中にお目当ての青年の姿を見つけたシルフィンは、嬉しそうに微笑む。彼の青年の手には、シルフィンが一番好きだと言った青い花の、小さな花束が握られていた。
観客の中には、お忍びで王宮を抜け出して来たパック国王夫妻に王女と王子殿下も、密かに紛れ込んでいるのが見える。その隣にいるあやしげなマント姿の男女は、某国の金色の尻尾と角を持つ公女殿下か。
「ね、リーヴ。今年も、みんなも見ていてくれるよね?」
「ん?…ああ。ギザマルーク様はもう、どこか近くの樹の上にいるんじゃないかな。他のみんなも、シルフィンの舞を楽しみにしているよ、きっと」
彼女の言う、皆の意味を理解したリーヴが笑いかける。大いなる魔法を目にしたのは、後にも先にもあの時ただ1度きりだけだったけれど、春が巡る度に民の祈りに応えるように四大精霊の恵みが与えられ、大戦で傷ついた人々の心を、時の女神と共に少しづつ癒して来た。
「そろそろ出番だ。行ってこい」
「うん♪」
リーヴにぽんと背を押され、シルフィンは元気良く舞台上に飛び出して行った。


−FIN−