王様の休日 後編





「よいか、今宵はお城や大神殿の方々は花祭りでとても忙しいのじゃ。決して騒いだりせず、いい子にしておるのじゃぞ」
「「はい、母上」」
子供達は殊勝に返事をするが、本来お手本となるべき2人を預かる人物が人物だけに、フライヤとしては不安が残る。
「ちゃんと寝る前にはいつものように歯を磨いて、トイレを済ませるのじゃぞ。それから…」
フライヤの言いつけが、長々と続く。
「2人とも大きくなったらりっぱな竜騎士になるんだから、ちゃんと母上の言う事聞けるよね?」
「もちろんよ!」
「僕も」
笑顔のフラットレイの言葉に、子供達がしっかりとうなずく。
「「母上、行って来ま〜す!」」
「メシごちそうさん」
フライヤとジタンに見送られ、フラットレイがパックと子供達を王宮に送って行く。フラットレイは双子がいつも使用している客室に、フライヤが用意した着替えなどの荷物を置いて、女官長に挨拶した後、家に戻って行った。
後は秘密の夜会の始まりを待つのみである。
「おまえ達、花火が終わったら少し眠っておけよ。時間が来たら起こしてやっから」
「パック様、僕達を置いてったりしないよね?」
リーヴが不安げにパックを見上げる。
「たりまえだろ。ギザマルーク様に呼ばれたのはおまえ達で、俺はただの付き添いだからな」
パックが苦笑する。そこへドアをノックする音がして、ギーゼラが姿を現した。
「こんばんわ、陛下。リーヴ、シルフィン」
「おう」
「こんばんわ、ギーゼラお姉ちゃま」
「お姉ちゃん、神殿のお仕事はもう終わったの?」
「ううん、まだよ。花火が終わってからしばらくはここにいられるけど、11時前には神殿に戻らないといけないの」
そう言って子供達に向かって優しく微笑む。未来の王妃から、国王陛下のお茶の時間に差し上げるお菓子作りのお手伝い兼味見係のお役目を賜っている双子は、今ではすっかりギーゼラをお姉ちゃんと呼んで懐いている。
「お茶とホットミルクの用意をして来たから、ベランダでいただきましょうね♪」
ベランダには既にパック付の侍従が長椅子とテーブルの用意を済ませてあった。パックと子供達がふかふかの長椅子に腰を下ろすと、ギーゼラが手ずからお茶を淹れ、子供達には蜂蜜入りのホットミルクを渡す。
「「いただきま〜すvv」」
リーヴとシルフィンがミルクに1口、口をつけた時、どーんと腹に響くような大きな音が空から響き渡った。
「お、始まったな」
美しい大輪の光の花が夜空に幾つも咲いた。次々に打ち上げられる花火の華麗なショーに、綺麗と感嘆の声やら、黄色い幼い声を上げながら、4人は魅入っている。
「…父上と母上も、今頃花火見てるのかなぁ」
「ん、どうしたリーヴ。もう、フライヤがいなくて寂しくなったのか?」
どこかからかうような口調のパックに、違うもん!とリーヴがあわてて首を横に振る。
「フライヤ達ならきっと今頃、2人で仲良く花火見物してるさ。ま、今日はジタンも一緒にいるんだったな。おまえんとこの屋根の上もいいけど、王宮のこのベランダで見る花火は最高だぞ。なんたって青の王都で一番空に近い特等席なんだからな。楽しまなきゃ損だろ? ん?」
アープス山脈の麓に位置する青の王都は緩やかな傾斜地に建設されており、正門をくぐってから坂を上り続けた頂上に王宮がある。その王宮の中でも王都を遙かに見下ろす最上階に位置する国王の間は、パックの言葉通り空に最も近い特等席だった。
「今日は風の精霊達だって、楽しそうに騒いでいるだろ?」
「……うん!」
リーヴは空を見上げて、大きくうなずいた。早春の夜風はまだ冷たいが、穏やかに王都の空を吹き抜ける。
パックはリーヴの頭をポンポンと撫でてやると、片手で幼子を抱き寄せる。お昼寝もせずに一日中遊び回ったせいで、そろそろおねむになって来たのだろう。安心したようにリーヴは、パックに甘えるように身体を預けて来た。
母を恋しがるリーヴとは逆に、パックの反対側の隣に座るギーゼラとシルフィンは花火が上がるたび、黄色い歓声を上げてはしゃいでいる。その様にパックは思わず苦笑を浮かべた。


そして花火が終わる頃には、子供達は完全に夢の中。子供達を自分のベッドに運び、一晩中神殿で祭りの舞を舞うギーゼラにも仮眠を取るよう言い置くと、パックはそっと王の部屋を抜け出した。




「おい、そろそろ起きろ。時間だぞ」
「ん……」
揺り起こされたギーゼラが目を開けると、見慣れぬベッドの天蓋が目に飛び込んで来た。
「? …へ、陛下?!」
彼女があわてて飛び起きると、しっとパックが唇に指を当てる。隣では双子の兄妹が、すやすやと寝息を立てていた。双子に添い寝をする格好で横になるうちに、本格的に寝入ってしまったらしい。
「良く寝てたから起こすの悪いんだけどな。もうあんまり時間もないから、急いで仕度した方がいい」
何となく気恥ずかしさに頬を赤く染めるギーゼラだったが、薄暗い灯りが幸いしパックは気付いていないようだ。うながされるままにベッドから降りて、鏡の前で手早く髪をとかし、王から賜ったブルメシアンブルーのリボンを結び直す。化粧も綺麗にし直したいところだが、そのような物は王の部屋にはない。せめて白粉でもあればどんなにか良かったのに…と乙女心に思ったが、無論口には出さない。
大神殿まで送って行ってやる、というパックの言葉に甘えて、婚約者達は2人仲良く並んで王宮の回廊を歩く。手の空いている者は既に大神殿に集まっている為か、警備の兵以外誰に合う事もなく、回廊はいつになく森閑としている。
街を一望できる大きなバルコニーのある、回廊の曲がり角に差し掛かった時、ギーゼラがふと足を止めた。
「どうした?」
いつもなら夜の眠りについている青の王都も、祭りの今宵はあちらこちらの広場で篝火が灯され、夜の闇に明々と光を放っている。祭りの喧噪とざわめきが、ここまで聞こえて来るようだ。
「…ちょっと寂しいかな、って。いつもの年なら、祭りの夜は一晩中皆と一緒に踊り明かしたのに…。皆が、王妃になるべき者がそのような事をするものではないと反対して…。クレイラにいた頃は大神官のお祖父様でさえ、街の者達全員と一緒になって楽を奏で舞っていたのに」
昼の神殿での舞でさえ、大神殿の古参達は声を揃えて反対した。大神殿ではなく民の前で舞いたい、という彼女の希望が叶ったのは、ひとえに国王と風の大巫女の口添えの賜物だった。共に舞うのが、生きて伝説の英雄となった1人のフライヤであったのも、古参達を説得する為の大きな味方になってくれた。
心の中で押さえていた思いがついにこらえ切れなくなったのか、うなだれる婚約者をパックが抱き寄せる。
「俺なんて、生まれた時からずっとそんな風だぞ? もっとも俺は、やりたいようにやっているがな。俺がこんなだから、おまえに余計辛い思いさせちまうけど、ごめんな」
パックが自由奔放にふるまう分、未来の王妃に周囲が要求する物が余計に大きくなって、彼女に重くのしかかる。
「巫女じゃなくなっても、代々のブルメシアの女王や王妃は国の司として、王宮の儀式がある度に風の精霊達に舞を捧げて来た。おまえにしか舞えない舞が、ごまんとあるんだ。俺、楽しみにしているからさ、な?」
何よりも舞が好きだと、叶う事なら一生踊り続けていたいと、パックに微笑んで見せた美しい婚約者。自由に羽ばたく翼を奪われ、王位という鳥籠に閉じこめられた嘆きと悲しみを、互いに最も良く理解出来る相手。
パックが抱きしめた腕の中で、ギーゼラはそっとうなずく。
「来年はおまえも巫女の仕事から解放されるだろ、そしたら2人で王宮を抜け出してさ、一緒に街の広場で踊ろうぜ」
「…約束して下さいます?」
「ああ。脱走の天才の俺にまかせておけ。最強の竜騎士が妻の為に、毎年神殿広場にいるからな。万一見つかっても、身辺警護がナントカで連れ戻される心配もないだろ?」
にやりとパックが悪戯っぽく笑うのにつられて、ギーゼラがようやく微笑を浮かべる。婚約者の頬に素早くキスをすると、パックは彼女の手を握って神殿へと送っていった。



眠る子供達を深夜に起こすのは、流石のパックも一苦労した。むずがる子供達だったが、パックの「本物の竜を見たいんだろ?」の言葉が効いたようで、リーヴとシルフィンが眠い目をこすりながらベッドから起き出して来る。
「ほら、冷たい水で顔を洗いな。目が覚めるぞ」
王自らが水差しに用意した手水で顔を洗わせ、暖かいお茶を飲ませてやる。元気の出て来た子供達に、パックが幼少の頃お忍びに使用していた目立たない色のマントを着せた。パックも念の為の護身用にと、細身の剣を身に帯びる。
「さて、これから冒険に出発だ! 未来の竜騎士達、王の共をせよ!」
「「はっ!」」
リーヴとシルフィンは嬉しそうに、両親から教わった正式の礼をとる。小さな竜騎士の卵達を引き連れ、パックは意気揚々と窓から冒険に乗り出した。
「ゆっくりでいいからな、気を付けて降りて来い」
隠してあったロープで先に庭に降りると、万一の場合に備えてロープの下に立つ。子供達も慣れたもので、ほどなく無事に地面に降り立った。そして警備兵を上手に避けながら、王宮の外に抜ける隠し扉のある地下の部屋へとたどり着いた。
ここまで来れば、あとは楽勝だ。壁の仕掛けを解いて、隠し扉から王都の城壁の外まで難なく脱走に成功する。
『テミス!』
あらかじめ待機させていたチョコボをギザールの野菜で呼び寄せると、パックは目指す丘の泉へとチョコボを駆った。
「誰もいないね、パック様」
シルフィンがきょろきょろと辺りを見渡すが、ギザマルークの姿どころか人影1つ見当たらない。カンテラの明かりと、月明かりに照らされた水面には、ただ2つの月だけが揺れている。
ぱしゃん!
水音に、はじかれたように3人が泉に目を向ける。
水の中から、透ける髪と肌をした美しい女性が次々に現れ、笑いさざめき合いながら珍しそうにこちらを見ている。
「水の乙女(ウンディーネ)達だ…」
生まれて初めて目にする精霊に、リーヴとシルフィンは目を大きく見開きながら、緊張気味にこくんとうなずく。
ばしゃん!と一際大きな水音がして、壮年のブルメシア人が泉の中から現れた。
「ギザマルーク様!」
「約束通り、誰にも告げずにここに来たようだな」
うなずく子供達に、ギザマルークは満足げに目を細める。
「ではそなた達に、今からよい物を見せてやろう」
ギザマルークの背に青紫の翼が広がり、泉から空へと羽ばたいたブルメシアの守護神が、宙で巨大な水竜の姿に変じる。
「「わ…あ…!!」」
昔語りに伝えられるギザマルークの本当の姿を間近で目にした子供達は、声もなく竜を見上げている。
「この姿では心ゆくまで水浴、という訳にもいかぬのでな」
北アープス山脈の湧水をたたえる、冷たく澄んだ泉はどうやらギザマルークのお気に入りの場所らしい。
「さて、と」
ギザマルークが翼を1度、はためかせた。たちまち3人の周囲を水が取り囲み、しゃぼん玉のように彼等を中に包み込む。
「はしゃぎ過ぎて、中であまり暴れたりせぬようにな」
ギザマルークが空へ羽ばたくと同時に、水球がふわりと浮かび上がる。
「わ〜! リーヴ、見て見て。お家が見える!」
「あ、ほんとだ、すご〜い!」
状況も全く考えず、思いもよらぬ空中散歩にキャッキャッと無邪気にはしゃぎまくる双子に、パックは苦笑するしかない。
「おい、このシャボン玉みたいなの、割れたりしないんだろうな?」
「さぁな。我の魔力よりそなたの魔力が勝っておれば、その限りではないが、試してみたくはなかろう?」
ギザマルークがパックを見下ろして、ふっと口元で笑う。
「冗談じゃねぇ」
「我の魔力が続く限りは全く問題ないのだが…それ、そのように狭い中で跳ね回ると危険なのでな」
ギザマルークの言葉が終わらぬうちに、パックの背中にシルフィンがどすん、とぶつかって来る。
「ごめんなさい、パック様」
シルフィンはぺこんとお辞儀すると、すぐさま踵を返して水球の壁に突進して行く。
「何やってんだ、おまえら?!」
水球を力一杯押すと、ゼリーのようにぷるんぷるんとその力を弾き返す事に気付いた子供達が、わ〜い♪と水の壁に体当たりして遊び始めていた。パックは思わず額を押さえた。…子供というものは、どうしてこう予想も付かない行動に走るのか。
「ぶつかって怪我でもしたらどうすんだ。フラットレイやフライヤに叱られるどころじゃないぞ? ほら、おとなしく座ってろ」
不服そうな子供達の襟首を両手で掴んで、強引に座らせる。そんな様子を眺めるギザマルークが、声こそ立てないが愉快そうに笑っているのがパックにはわかる。
ギザマルークの飛翔に合わせて、水球はぐんぐんと上昇して行く。
「まさか、このまま月にまでは行かないよなぁ…」
一体ギザマルークは何をしようというのか。どのみちこの水球の中では、彼は何1つ出来ない。頭上に輝く2つの月を見上げながら、1人つぶやくしかないパックだった。




パックと双子が王宮を人知れず抜け出した頃、青の王都の各広場では花祭りが最高潮に盛り上がっていた。神楽舞台では巫女達が楽の音に乗って華麗に舞い、民も皆楽しそうに踊っている。フライヤも舞台の上で、巫女達と共に舞っていた。
それぞれの家から広場に向かう民や、あちこちの広場をはしごする者等々、人の流れを整理する警備兵や竜騎士達はてんてこ舞いの忙しさだ。
「神殿広場にはこれ以上人が入れません! 申し訳ありませんが、他の広場へ回って下さい!」
声をからして叫ぶ竜騎士グリフィスも、いいかげんへろへろ状態だった。
「新米、がんばってるようだな」
人混みをすり抜けるようにしてやって来たのは、広場警備の責任者のアルスターだった。
「アルスター殿、人があとからあとからやって来て、どうにもなりませんよ。せめてもう1人、警備の者を増やして下さいませんか?」
「んー、この神殿広場が何といっても祭りの中心だからなぁ。可愛い巫女達だっていっぱいいるし、人が集まるのは仕方ない。後で応援の人員を回させよう」
「お願いします」
頭を下げるグリフィスに、ふとアルが苦笑を向ける。
「しかしおまえも大変だな。今日の夜勤があけたら、明後日フラットレイ直々の稽古があるとか」
「それを言わないで下さい。明日の夜勤明けの休み1日中稽古したとて、竜騎士団長殿に敵う訳ないんですから」
グリフィスが、はぁ〜と憂鬱の重い溜息をつく。
「我らが竜騎士団長殿は、性格が歪んでるからな。気に入った奴ほど、いぢわるをする。パック陛下が一番の被害者なのは、おまえも知ってるだろ? 長年の恋敵同士だからな〜。もっともフライヤに本気でちょっかい出そうとする奴には、容赦のカケラもないが」
グリフィスが乾いた笑いを浮かべる。
「ははは…。なら竜騎士団長殿の親友であられるアルスター殿はどうなんです?」
「俺かー? 俺1人じゃちょ〜っとばかし奴には敵わないが、ウルと組めば奴と互角以上に戦えるからな。ま、おまえも竜騎士になったばかりだし、先は長い。がんばる事だな」
実際フラットレイはアルとウルの双子と、2対1の訓練を好んでよく行っている。パックと幼なじみが故に苦労の多い青年を慰めるように、ぽんと肩を叩いてアルスターは広場の人混みの中に消えていった。


舞が終わり、次の雅楽が始まるまでの短い休息時間に、2人の人物が神楽舞台に登って来た。ブルメシア最強の誉れ高い蒼の竜騎士フラットレイと、前夜祭の舞台で観客を大いにわかせた金色の尻尾に仮面姿の道化師。
昼間の奉納舞とは違い、今宵は無礼講。やんごとなき身分の者も、そうでない者も、老若男女を問わず同じ場所に集い、同じ舞を踊る。舞台上で舞っているのも、神殿の正式な巫女ばかりではなく、フライヤのように舞の技量に秀でていると認められた者なら誰でも、祭りの花の巫女になる事が出来る。
そして春の訪れを祝い、豊穣を願って夜を踊り明かす祭りには、花の巫女達の家族や恋人も神楽舞台に上がって、共に踊る事を許されている。
蒼の竜騎士殿は、まっすぐフライヤの元に近づくと、胸に手を当て宮廷の正式の礼を取る。
「奥方様。私と1曲、踊っていただけますでしょうか?」
フライヤは微笑むと、優雅に貴婦人の礼をした。
「1曲ではなく、何曲だろうとかまいませんわ、我が背の君」
差し出された白い手をフラットレイが丁重に取ると、ブルメシアの名物竜騎士夫婦は互いに笑みを交わす。その間にジタンも1人の巫女の前に立つと、作法に則って舞の相手を申し込んでいる。神楽舞台に立つ巫女の中でも、とりわけ人目を引く美人なのがジタンらしい。
「すまぬがそやつに舞を教えてやってはもらえぬか。基本的な所作は教え込んであるゆえ」
「はい、フライヤ様」
最初は少し戸惑った表情を見せた巫女の少女であるが、フライヤの口添えに笑顔でうなずく。
「彼に舞を教えた?」
共に舞いながら、フラットレイが怪訝そうな顔をする。
「ええ、あやつと共に旅をしている時に。道中の慰みにと舞を見せたら、どうしても教えてくれとせがまれまして。舞台で何かの参考にでもするつもりだったでしょう」
「ふーん」
フラットレイとしては内心穏やかではないのだが、そもそもフライヤの旅の原因を作ったのは彼である為、文句も言えぬ。
「フラットレイ様こそ、先程まであやつと飲み明かしていたのでしょう? 何をお話しされていたのです?」
美しいエメラルドの瞳が、好奇心に悪戯っぽく輝く。
「君や仲間達と旅をしていた時の事とか、子供達の事とか、いろいろとね。赤ん坊の頃の子供達の話なんてずいぶん熱心に聞いていたよ」
「フラットレイ様はさぞや、リーヴとシルフィンの自慢話をなさったのでしょう?」
フラットレイが子供達に甘い父親である事は、竜騎士団の中でもすっかり有名になっている。
「まあね。でも今は子供達も王宮に行っている事だし、久しぶりにこうして新婚時代の気分を楽しむのも悪くない」
「まぁ」
フライヤがクスクスと笑う。以前は舞を苦手としていたフラットレイだったが、今ではフライヤの舞を見事にリードするまでに上達している。竜騎士夫婦の対の舞いを見上げる民達の口から、憧れの溜息が幾つも漏れる。
一方ジタンの方も、あぶなっかしくはあるものの、何とか舞をこなしていた。時々振りを間違えても、愛嬌ある仕草でおどけてみせて、お相手の巫女と周囲の笑みを誘っていた。
「チッ。あいつ、1人でおいしいとこ取りやがって」
神楽舞台下にいたブランクが、恨めしそうにジタンを見上げる。こんな事なら、自分も舞台衣装で来れば良かったとぼやく彼を、一緒に踊っていたルビィが睨み付ける。
「ふーん。あんたも可愛い巫女さんと踊って来たいんなら、うちは全っ然かまへんで」
おそろしく不機嫌になるルビィに、ブランクがあわてて言いつくろう。
「あ、いや。リンドブルムとアレクサンドリア一の大女優を独占して踊ってる俺って、この広場でも一番の贅沢者だなって」
「ふーん。ま、ええわ」
ルビィはブランクを見上げながら、彼の足を思い切り踏みつける。けれどもリンドブルム一の大女優の誉め言葉に、まんざらでもなさそうだった。
雅楽が変わる度、ジタンは巫女達の間を次々と渡り歩き、最後にフライヤとフラットレイの元へとやって来た。ジタンは丁重に2人に正式のお辞儀をする。
「ブルメシアの最も誉れ高き、蒼の竜騎士殿。御身の麗しの月を恋い慕う哀れな道化者に、どうか、わずかな一時の喜びを与えていただけますでしょうか?」
どうする?とフラットレイが面白そうにフライヤを見た。フラットレイ様のお許しがいただけるのでしたら、とフライヤがうなずく。
「ギザマルーク様の御前で立てた誓いにより、我が紅の月を他者に委ねる事は、例え一時と言えど本意ではないが、今宵の祭りは無礼講。我が月の希望でもある故、そなたの望み通り、月の白き手を取るが良い」
フラットレイがフライヤの手を取ると、差し出されたジタンの手に彼女の白い手を預ける。
「なんと望外の幸せ。蒼き竜の寛大なお心に感謝致します」
大袈裟な口調でジタンはそう言ってのけると、宮廷の作法に則ってフライヤの手に恭しく口づける。


ひらりと神楽舞台から飛び降りたフラットレイの側に、ウルが近寄って来て囁いた。
「フラットレイ、いくらアレクサンドリア大公の正式の申し込みとはいえ、おまえがフライヤが他の男と踊るのを許すとは思わなかったぞ」
「ひどいな、私はそれ程狭量な男と思われているのかい? 心外だな」
フラットレイがにっこり笑顔で苦笑する。
「自覚がないとは言わせんぞ。ことフライヤに関しては」
あっさりと言い放つウルの背後では、ひぃぃ〜とか、命知らずな、とかいう竜騎士達の悲鳴が上がる。
「君のそういう正直な所が好きだよ」
うんうん、と相変わらずの笑顔でうなずいて、ぽんぽんとウルの肩を叩く。
「たりまえだ。本当の事を言う友人が1人もいなくなったら、おしまいだろうが」
フンとウルが笑う。お調子者の双子の兄とは正反対の実直さでもって竜騎士団内でも知られるウルだが、某国親衛隊長のようなただ無骨なだけの武人ではなく、時と場合によって柔軟に“ウソも方便”も辞さない彼は、国王や仲間の竜騎士から厚い信頼を寄せられている。
「君のような友を持てた事は、私の生涯の誇りだよ」
ウルの言葉に、フラットレイは更に苦笑を深める。
「今日は年に1度の花祭りだしね、1曲ぐらいかまわないだろう。それに、もうすぐ時間だし…」
「え、もうそんな時間か。たく警備に追われていると、時が経つのもあっという間だな」
ウルは時計を取りだして時間を確かめ、部下に指示を下すと、竜騎士達は一斉に散らばって行く。
そして神楽舞台で共に舞うジタンとフライヤは…。
「たく、おぬしもフラットレイ様もよう言うわ。私は顔から火が出る程恥ずかしかったぞ」
「フライヤの旦那には、あれ位派手な事しないと首を縦には振らないだろ。それに周りの連中も喜んでたみたいだし、昨日の劇の衣装着て来たかいがあったぜ」
巫女達や広場の民、そしてとりわけ竜騎士達は、そこらの劇よりも遙かに面白いドラマだと、興味津々で成り行きを見守っていたのだった。
「だってさ〜、折角フライヤと一緒に踊れる機会なんだし、これを逃す手はないだろ♪」
「相変わらず、しょうのない奴じゃの」
フライヤが溜息をつくが、その口元は楽しげに綻んでいる。流石に舞台役者だけあって、短い時間ですっかり舞を覚えたジタンも得意げに、すまし顔でフライヤと踊る。そして舞が終わると、互いに正式の礼。
「フ、フフフッ」
よそゆき顔の自分と相手が、何故か無性に可笑しくなって、ついつい吹き出してしまう。ジタンは舞台下に控えているフラットレイが、2人の舞が終わってもこちらへ戻って来る様子がないのを見て取って、もう1曲ぐらいいいかな〜などと密かに思った時だった。
神殿の鐘が厳かに広場に鳴り響いた。いや、神殿だけでなく王宮や王都のあらゆる所から鐘の音が聞こえて来る。
「何だ?」
鐘の音を合図に、巫女と舞っていた男達が一斉に舞台から引き上げ始め、入れ替わるように現れた巫女見習いの少女が、腕に抱えた鈴を巫女達に渡して行く。別の見習いの少女は、桜花精の巫女に桜の花枝を手渡した。
「ジタン。すまぬが、今から華恋舞が始まるのでな。おぬしも早うフラットレイ様の元へ行ってくれぬかの?」
「あ…うん」
何だか良く判らないままに、ジタンはフラットレイのいる舞台下へと、苦もなく飛び降りた。
「なぁ。華恋舞ってなに?」
「華恋舞は花請い舞とも呼ばれ、春を呼ぶ花祭りの春を呼ぶ舞さ。昼の桜花月舞と対になる舞だが、様々な点で昼とは大きく違っていてね。神楽舞台の中央奥に水鏡があるだろう? あれに映る赤と青の月が、水鏡の中心に位置する――すなわち2つの月が天の頂上に座する時、ブルメシアの国中で同時に、同じ舞、同じ楽が奏でられる」
ブルメシアの民は音楽と舞に魔力が宿ると信じている。それが国中のあらゆる町や村で行われるなら、それは春を呼ぶ巨大な魔法となる。
ジタンがフラットレイと話している間に、竜騎士に先導された神官達が神殿から現れて、神楽舞台と広場を照らす篝火に新たな香木をくべ、祈祷を捧げて行く。
舞台上では桜花精の巫女を中央に、鈴を手にした巫女達が静々と集まっていた。唯1人青い月の巫女は神殿広場ではなく王宮の大神殿に立っていたが、別の巫女が彼女の欠けた後を埋めている。
王宮の大神殿でも多くの人々の見守る中、青い月の巫女――ギーゼラは、いよいよ始まる奉納舞の前にスウと大きく深呼吸をした。型を決めて静止しながら、楽の音が鳴り始めるのを待つ。永遠とも思える数瞬の心地良い緊張と、そこから解き放たれて手足を自由に風に乗せて舞い始める。この瞬間(とき)が、彼女は何よりも好きだった。
ギーゼラの周りに魔法陣を描いて立つ巫女達も、王都や村々の神殿広場で今、彼女と同じように舞が始まるのを待っている全ての巫女達が、同じ想いでいる事だろう。
舞台前に控える風の大巫女が軽く手を上げ、合図をすると、2度目の鐘の音が鳴り響く。
1つ――2つ――。3つ目の鐘が鳴り終わると同時に楽の音が始まり、王国全ての巫女達が一斉に華恋舞を舞い始める。


3つの鐘が鳴る間、風と言葉を交わすように軽く目を閉じていたフライヤも、楽の音と共にゆるりと舞い始める。巫女達は大地にリズムを刻み、軽やかに風と戯れるように手足を伸びやかに動かす。
舞と同時に、広場に集まった民達が歌を歌い始めた。
「あれ…この歌、昔フライヤに教わった事がある」
ジタンと共に旅をしていた時、花祭りの日に風の通る小高い丘でたった1人、旅装束のままで踊り歌った、春を呼び、讃える舞。春の日差しの中、故郷を懐かしみながら凛と舞うその姿に魅かれて、舞と歌を教えてもらい、2人でいつまでも丘の上で踊って過ごした思い出。
もっともジタンの方は、やっぱりフライヤの舞を見ている方がいいと、1人芝居用の小さな竪琴を取り出し、歌を歌っている方が多かったのだが。
「ふ〜ん。ならば、君も一緒に歌うといい」
1人ぼっちで旅を続ける間も、彼女はきっと毎年春が巡り来る日に、ブルメシアの古き舞を舞い続けていたのだろう。
フラットレイは舞台上の妻に向ける笑みを更に深くすると、ジタンに頷く。うながされて、ジタン華恋歌を歌い始める。
巫女達がシャラシャラと鳴らす鈴の音と、神官の奏でる楽の音、民達の歌声。ブルメシア全土で捧げられる春への祈りが、巫女達の舞によって風に紡がれて行く。艶やかに舞う巫女達と、真摯に歌う民達の横顔を燃える篝火が照らしだし、舞台奥の水鏡には真円を描く2つの月と星々が揺れている―――。




天に向かって上昇を続けていたギザマルークの羽ばたきが、ようやく止まった。パックと子供達のいる水球からは、アープス山脈に囲まれたブルメシア王国全てが見渡せる。
特に今宵は花祭りの為に篝火が各村で明々と焚かれ、闇に輝く光の宝石をちりばめたよう。
空からの絶景にパックと子供達は歓声を上げて、しばし息を呑む。
やがて遠くから神殿の鐘の音が、空まで聞こえて来た。
「ああ…そういや今年の舞、見そびれちまったなぁ」
ギーゼラは、パックが城を抜け出す事を何となく察していたのか、大神殿に自分の舞を見に来て欲しいとは言わなかったが、婚約者かフライヤの舞どちらかは見たかったな、と頭の隅で思う。
「フ、舞の代わりに今から面白い物が見れるぞ」
「面白い物?」
パックの言葉が終わるか終わらぬうちに、ぽう、と彼等の前方に赤い光が浮かんだ。次の瞬間光が弾け、現れたのは燃えさかる炎を纏った深紅の竜。
「サラマンディア…」
炎の精霊王にパックが息を呑む。
「ほう、珍しいな。ギザマルークが人間を連れて来るとは」
サラマンディアは水球を覗き込んで、面白そうに目を細める。
「久しいな、ブルメシアの王よ」
「ああ。ガキの頃、あんたのおかげで酷い目にあったぜ」
幼い頃、パックが覚えたばかりの精霊魔法の呪文で彼を呼び出し、城塔を1つ吹っ飛ばした苦い思い出がある。
パックの言葉に、サラマンディアは愉快そうに笑う。サラマンディアが口を開くたび、炎の息がゴウゴウと音を立ててパック達に襲いかかる。
「「怖いよ〜、パック様」」
ギザマルークの結界に護られた水球はびくともしないが、激しく迫り来る炎に子供達が怯えてパックに必死にしがみ付く。パックは剛胆にもサラマンディアを見据えたまま、子供達を落ち着かせようと両腕でしっかりと抱きかかえる。
「貴様、嫌がらせか?」
じろりとギザマルークが睨むと、サラマンディアはフンと鼻を鳴らした。水を司る守護竜と炎の王は、あまり仲が良くなさそうだった。
「ならばこれで良かろう?」
サラマンディアが人間の姿に変身した。長いたてがみのような深紅の髪は、燃えさかる炎のように夜空に光を放っており、透けるような白い肌も炎の輝きを思わせる。男とも女ともつかない妖しく美しい顔立ちに、リーヴもシルフィンも先程の恐怖をすっかり忘れたかのように魅入っている。
「何だ? 2人ともまた喧嘩しているのかい?」
一陣の疾風と共に現れたのは、風の精霊王だった。幻のように透けて揺らめく風の王に、パックは子供達をうながして立ち上がると片膝をつき、風を敬い奉る王国の王として、臣下の礼を取る。リーヴとシルフィンも王に倣った。
風の王は鷹揚にうなずくと、口を開いた。
「王よ、そのように畏まらず、楽にするがよい。ギザマルークの気まぐれで、ここに連れて来られたのであろう?」
「はい。しかし、これから一体何が始まるというのです? 精霊の王達が1つ所に一堂に会すとは」
「我らだけではない。水の乙女達や、地の精霊ノームの王も地上におる」
風の王の言葉に応えるように、遙か地上を流れる川や湖がキラキラと輝いた。
「昼の奉納舞を我らは存分に楽しませてもらったからな。今宵の舞に込められた民の祈りに応えて、風と大地、水と炎の祝福を我らは与える」
「祭りの間中、香木を焚いた篝火が絶えず灯され、水鏡が神楽舞台に欠かせないのは何故だか、そなたも知っておろう?」
サラマンディアの言葉にパックは、あっと声を上げた。
「炎と水鏡が配置された神楽舞台で、巫女達は大地を踏みしめ、風と舞う。それは四大精霊に捧げる為、って……そうか! そういう事だったのか!」
守護竜と精霊王達がうなずく。
「時間だ」
ギザマルークの言葉と同時に、2度目の鐘の音――奉納舞の始まる合図の音が遠くから聞こえて来た。


地上では、ブルメシア全ての巫女達が、懸命に舞い続ける。
春の訪れを祝うと共に、一刻も早い王国の復興を。歌に込められた人々の祈りを風に織り上げ、無心に踊る。
舞が終わると桜花精の巫女が、手にした桜の花枝を篝火の1つに祈祷の言葉と共に捧げた。燃え尽きた花枝は、一陣の風に乗って空へと舞い上がる。


「ブルメシアに炎の祝福を」
巫女達の舞によって織り成された祈りの魔法に応えて、サラマンディアが祝福を与える。広場の篝火が、その瞬間激しく燃えさかった。
「ブルメシアに水の祝福を」
ギザマルークの祝福に、あらゆる湖と川、そして地下にある水脈までもがキラキラと輝いた。
「ブルメシアに風の祝福を」
風に託された祈りの魔法が、風の王の力と、炎と水の祝福を得て、大いなる魔法となって地上に降り注ぐ。
「ブルメシアに大地の祝福を」
地の精霊王が、大いなる力を受け止めた。遙か眼下の地上が輝く光に包まれ、やがて消えて行った。
目を輝かせて水球の中からそれを見守る子供達とパックに、ギザマルークは厳かに告げた。
「そなた達が見た物は、我の力を介してのもの。地上では決して見えぬが、我らはそなた達と常に共にある」
「肝に銘じます」
パックは改めて、精霊の王達に頭を垂れた。
「1つだけ宜しいですか? 何故、この子達にこれを見せようと?」
王達は互いに顔を見合わせ、破顔した。
「テラの者が造った4つの祠の封印を、その子らの母とその仲間が解いたからな」
「我らの力は、あの祠によって吸収され、イプセンの城の鏡を介してテラに送られていた。よって我らガイアの精霊(スピリット)と、我らの大いなる力の源クリスタルの力は、少しずつ衰えて行く運命にあった」
「我々精霊はあの祠に近づいただけで、力だけでなく存在そのものが祠に吸収され、消えてしまう。故に手の出しようもなく、遠い未来に必ず来るであろう消滅の日を待つより術がなかったのだ」
「幼き者の柔らかな心の目が、最も良く今宵の魔法が見えるのでな。そなた達をここへ連れて来た、という訳だ」
「おまえ達。今日見た事、決して忘れるんじゃないぞ」
「「はい」」
パックの言葉に、子供達がうなずく。
―――多分一生、忘れない。
リーヴとシルフィンは、心の中で確信を込めて、そうつぶやいた。



「大巫女様、いかがです?」
舞が終わった後、水鏡を覗き込んで水占をしていた風の大巫女が顔を上げたのに、ギーゼラが問いかける。
「うむ。今年も精霊の祝福がブルメシアに下された。今年も実り豊かな年になろう」
大戦が終わった後、毎年ブルメシアではかつてない程の豊作に恵まれていた。豊かな実りは食料や物資の活発な流れを生みだし、大戦で傷ついた青の王都の人々に復興への大きな希望と足がかりを与えている。
大神殿に集まった王宮の人々が、喜びと安堵にわく。
城下町の神殿広場前でも…。
「さぁて、舞が終わった後のお楽しみ、御神酒の祝い酒だ! 順番に並んだ、並んだ!」
アルスターと部下の竜騎士達が、大きな樽酒を幾つも神殿から運んで来た。陽気なアルの声に、人々が我も我もと集まって来る。
「押さないで、順番だからな!」
広場の数ヶ所で配られる御神酒を手にした民達は、次第に出来上がり、祭りは更に盛り上がる一方だ。
「フライヤ、ご苦労様」
竜騎士団長の特権か、いち早く御神酒を確保したフラットレイが、フライヤに杯を差し出す。竜騎士夫婦の乾杯に、金色の尻尾の杯が割り込んで来た。
「へへ〜」
してやったり、といった満面の笑顔のジタンに、フライヤは呆れながら苦笑し、フラットレイは笑顔で仕返しを誓う。
大いに呑み、踊り明かす春の祭りの狂乱は、その日朝まで神殿広場にこだましていた。



翌日、フライヤが舞台で舞っている間、フラットレイと無謀にも呑み比べをしたジタンは、二日酔いに悩まされ続けるハメになり、あまりに酒臭いとタンタラスの面々から、アレクサンドリア経由リンドブルム行きの劇場艇の甲板に放り出され、風邪を引いて更に数日寝込む事になったとか…。







       番外編

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