王様の休日 中編





パックとクレセント家の双子が再び神殿前広場に戻って来た時には、広場は昼前よりも更に多くの人でいっぱいになっていた。
「うわ〜すごい人〜」
「これじゃ母上の舞が見れないよ、パック様」
びっしりと人で埋め尽くされた広場入口で、何とか舞台が見えないものかと双子が懸命にぴょんぴょん飛び跳ねている。
「ちょっと待て。何か手を考えるから」
パック1人ならフラットレイのいる竜騎士団の天幕まで人混みを抜ける事など造作もないが、幼い子供2人とはぐれないよう安全に連れて行くにはどうしたものかと、パックがあれこれ思案を始める。
その間にリーヴとシルフィンは不思議な事に気付いていた。
広場の周囲にぐるりと植えられた樹々が、広場に鳴り響く神楽の音に合わせるように、さわさわと葉を揺らしている。それはまるで樹々が奏でる音楽のよう。
「何だろう? この歌」
リーヴがシルフィンに向かい首を傾げると、シルフィンも「わかんない」と首を振った。
「ああ、おまえらにも聞こえるのか」
事もなげにパックが言う。
「俺が子供の頃にも、こんな風に花祭りの日に樹々が歌うのを聞いた事がある。だが巫女や竜騎士達に尋ねてみても、皆、歌は聞こえるがそれが何なのか誰も知らなくてな」
風を読むブルメシアの民でも、特にその力を訓練された巫女や竜騎士達、あるいはパックのように生まれつき魔力の強い者でなければ聞こえない、ささやくような木々の歌声を聞き分けるとは、流石フライヤの血を強く受け継ぐ子供達だなとパックが心の中で感心する。
「おまえら、どっから一番強く歌声が聞こえてくるか判るか?」
「「あっち!」」
期待に違わず、パックの予想通りの位置を同時に双子が指し示す。
「よし、フライヤの舞までまだ少し時間があるし、行ってみるか?」
「「うん!」」
うなずく双子の手をしっかりと握って、パックは人混みをかきわけ始める。広場の端を子供達をかばいながら人混みを縫うようにして進むパックを、幸いにも警備の竜騎士の1人が見つけ、先導してくれたので大分楽に目的の樹までたどり着く事が出来た。
「ああ、ほら、危ないからそんなに押さないで、少しづつ前につめて下さい!」
かなり昔に広場の樹に登った者が落ちて、下にいた人々が怪我をしたという事件があって以来、広場周辺の樹に登る事は固く禁止され、竜騎士が1人づつ警備について警戒と混雑の整理を行っている。
先導の竜騎士に礼を言って別れた後、パックは警備の者に声をかけた。
「これは陛下」
竜騎士が丁重に礼を取る。
「なぁこの樹、何があるんだ?」
「それが私にも皆目…。竜騎士団長殿は、何があっても決してこの樹に人を登らせたりしないように、とだけおっしゃられて」
「フラットレイが?」
困惑しきったように首を捻る竜騎士につられるように、パックも葉を楽しげに揺らす樹を見上げる。
「―――そこにいるのは国王殿とクレセント家の子か? 遠慮はいらぬ、登って来るがよい」
「その声は?!」
頭の上から降ってきた、聞き覚えのある荘厳な声に、パックが弾かれたように樹に登る。
舞台の良く見える方向に大きく張り出した枝に腰掛け、幹に心地よさそうに寄り掛かって舞を見物していたのは…。
「ギザマルーク様!!」
人身を取ったブルメシアの守護竜が呑気に祭り見物をしている姿に、パックは驚きの声を上げる。
「なんで…ギザマルーク様がこんな所にいるんだ?」
唖然とするパックに、ギザマルークは悪戯っぽくニヤリと笑う。
「国中の民と神殿がこぞって祝う花祭りの日に、わざわざ婚儀を上げる者などおらぬからな。暇つぶしに祭り見物も悪くはなかろう?」
「暇つぶし…」
「周囲からは見えんよう目くらましの魔法を使っておるから、問題あるまい?」
だからってブルメシアの守護竜が、こんな所でのほほんとしていても良いものであろうか。パックが思わず額を抑える。
「…じゃあ樹が歌っているのって、これもギザマルーク様の仕業か?」
「ん? ああ、今年の冬は特に雨が少なくて、木々が乾きに苦しんでいたようだったから、水をこの広場の大地に与えてやったのさ。その礼のつもりであろう」
ギザマルークは枝葉が作り出す木陰で、実に心地良さそうに樹々の歌に耳を澄ませる。
ならば幼い頃パックが樹々の歌声を聞いた時も、やはりギザマルークが祭り見物に来ていたのだろうか?
パックが問うと、ギザマルークは事もなげにこう答えた。
「なんだ、知らなかったのか? あの竜騎士は、我が毎年この日この場所におる事を知っておるぞ」
「毎年…。ギザマルーク様が…祭り見物に…」
飄々と言ってのけるブルメシアの守護竜と、国王に報告の一言もないフラットレイにパックが内心呆れていると、下の方から登って来る賑やかな双子の声が聞こえて来た。パックが上から手を貸して、彼のいる枝に子供達を引き上げる。
「あの人だあれ、パック様?」
珍しい青銀の髪と瞳を持つ壮年のブルメシア人。けれど、水竜の正体を知らずとも人とは全く異質の気が判るのか、子供達はパックの側から離れようとしない。
「我が名はギザマルークだ、クレセント家の子供達よ」
ブルメシアを守護する竜の名に、子供達が驚愕する。
「ギザマルーク様? 本当に? どうして僕達の事を知ってるの?」
「そなたらの両親とは少々因縁があってな。そなた達、名は何という?」
「僕はリーヴ」
「あたし、シルフィン」
「良い名だ」
ギザマルークが目を細めて笑うと、子供達からようやく緊張の色が消えた。
「じきに桜花月の舞が始まる。そなた達も座るがよい」
ギザマルークの言葉に3人は水竜が陣取るすぐ側の、舞台見物にちょうど良い具合に張り出した枝に腰を下ろしたが、好奇心旺盛な子供達の目はギザマルークに釘付けだ。
「何かな?」
「あの…ギザマルーク様、本当に竜なの?」
子供達の目に映っているのは、人の姿を取ってはいるが人外の強大な力を持つ者。目で見る姿と心で感じる姿の違いに、リーヴが素直な疑問を投げかける。
「我の本当の姿が見たいか?」
薄く笑むギザマルークの表情は、幼子を未知の世界へと誘う(いざなう)誘惑者のそれ。
「「うん、見たい!」」
その微笑みの奥底に隠された危険も知らず、子供達は即座にうなずいた。
「では今宵、真夜中の少し前に王都の外の丘にある泉に来るがよい。
ただし1つだけ条件がある。そこで見聞きした事は決して他人には口外せぬ事。無論そなた達の両親にもだ。約束を守れるか?」
「「うん。約束する」」
「ちょっと待て!」
誘惑者に完全に魅入られてしまっている双子に代わってパックが叫んだ。
「こんなチビ達をフラットレイ達に内緒で、夜中に王都の外に出せるか! 洞窟に行きゃ、いつでもそこに居るんだろうが!!」
「ならばそなたも一緒に来るといい。我は一向にかまわぬ」
ふふん、と笑みを1つ浮かべると、ギザマルークはついと視線を3人から外して祭りの舞台見物に戻ってしまう。
「おまえら、本当に本気なのか? 夜になるとどんな魔物が襲って来るか、いや、この誘い自体どんなに危険な事なのか、わかりゃしないんだぞ?」
「あたし達、最強の竜騎士になるんだもん。魔物が襲って来たってへっちゃらだもん」
「僕も本物の竜を見てみたい!」
頑として言う事を聞きそうにない子供達に、パックは深い深い溜息をついた。子供達の気持ちは判らなくもない。彼自身、ギザマルークがわざわざ今宵真夜中に王都の外に来いと言った意味の謎が気にかかって仕方ない。
「…仕方ない、俺がフラットレイとフライヤに言って何とか誤魔化す。その代わり、絶対本当の事は口が裂けても言うんじゃねぇぞ。でないと一生家の中に閉じこめられて、外に出してもらえなくなるかも知れんぞ」
「「は〜い♪」」
―――まぁ実際、城に閉じこめられるのは俺なんだがな。仕置きの覚悟は一応しておくか…。
やれやれと溜息をつきながら、元気良く返事をする兄妹の頭を両手でぽんぽんと撫でるパックだった。


やがて舞台の舞が終わり、新たに純白の衣に黄金の飾りを多数身に付けた巫女が舞台中央に立つと、見物人達のざわめきが一斉にしんと静まる。
花祭りの奉納舞の最後を締めくくる桜花月の舞は、まず最初に陽と雨の巫女の踊りから始まる。
陽の巫女が艶やかな舞を舞っていると舞台にもう1人、銀と青の飾りを身に付けた雨の巫女が現れた。
2人の巫女は互いの舞の技量を誇示するように、互いに競い合って踊る。陽の恵みを讃え、雨の恵みを讃える巫女達の舞の見せ場でもある。観客達もそれを心得ている為、身じろぎ1つせず舞台上を食い入るように見つめている。
陽と雨の巫女達の舞が終わると、続いて緋の衣を纏った赤い月の巫女と、蒼の衣を纏った青い月の巫女が揃って登場した。
赤い月を舞うは、紅の竜騎士たるフライヤ・クレセント。
2人の月の巫女は揃って息のぴったり合った連舞を舞った後、月の食を表すかのように型を決めたまま動きを凍り付かせた青い月の巫女を背後に、赤い月の巫女が舞台中央で1人で舞い始める。
伝統的な振り付けにフライヤなりのアレンジを付け加えたそれは、草木萌え出る春の喜びと共に、虚ろなる魂の器だったテラのジェノム達が、ガイアで1人歩きを始めた事を讃える舞い。
たとえテラとガイアについての委細が永久に表で語られる事がなくとも、フライヤが舞でもって民に語り伝えるあの大戦の1つの真実。
「母上、とっても綺麗…」
シルフィンがほうと憧れの溜息を吐き出した。フライヤの2人の子供達やパックだけでなく、広場にいる人々全てが彼女の舞に魅了されている。
やがて舞台上の月の巫女達が位置を入れ替え、今度は青い月の巫女の舞が始まる。
彼の巫女の髪に結ばれたリボンが、国王のみがその身に纏う事を許されるブルメシアンブルーである事に気付いた者は、果たしてこの広い広場にどれだけいるだろう。
王宮の御用商人に特別に作らせたそのリボンを、青い月の巫女に贈ったのはブルメシア国王パックその人である。
若く初々しさを燻らせつつも、フライヤに勝るとも劣らぬ華麗な舞を踊り切る青い月の巫女、ギーゼラ・アマーリエ・クレイディアは、かつてのクレイラの大神官の孫娘にして、パックの婚約者だった。
前ブルメシア国王たるパックの父が、黒魔道士兵団に追われてクレイラにその身を置いた時、大神官との間でブルメシアとクレイラの絆をより深める為にと交わされた、いわば政略結婚の相手である。
当初パックは猛反発したが、父王の最後の望みでもあり、またブルメシアとクレイラ双方の事情があった。
クレイラの地を失った民達は現在ブルメシアで暮らしており、クレイラの大樹の若枝が王宮の大神殿で大切に育てられ、大樹のあった地に将来移される予定だった。けれども同じネズミ族の血を引く民とはいえ、温厚で音楽と平和を心から愛し、争い事を好まぬクレイラの民に対して、武を常に重んじるブルメシアの民が1つとなるには、まだまだ難しい状況が続いている。
王国の2つの民をまとめ上げ、治める為に、また少数派のクレイラの側からすれば、王宮でのより強い発言力を得る為に、現ブルメシア国王とクレイラの巫女姫の婚姻は是が非でも必要であった。王宮の重鎮達は前王の遺言に諸手を上げて賛成し、若き王に己が娘を娶せようと密かに野望を抱いていた貴族達でさえ、2人の婚約に異を唱える事は出来なかった。
パック本人はフライヤとフラットレイのような恋人同士に幼い時分から憧れを抱いていたから、親から押しつけられた婚約者など嫌だと駄々をこねていたが、最終的には渋々ながらも婚約話を承諾した。
「ギーゼラお姉ちゃんの舞も母上みたく綺麗だね、パック様」
「お、おう」
無邪気にパックを見上げるリーヴの言葉に、婚約者の舞にじっと見惚れていたパックの顔がほんのり赤い。
「未来の王妃殿か。あれは良き娘だ。クレイラの巫女として、また同時に国王の婚約者として、己が勤めを果たそうと日々懸命に努めておると、風の大巫女が誉めていた。今秋の婚礼の儀の後は、賢い王妃になるであろう」
ギザマルークが口の端を吊り上げて笑うと、パックが照れ隠しの仏頂面を作って「多分な」とだけ言ってうなずく。
パック曰く『美人で舞が上手いのは認めるが、細々とした事に口うるさいわ、女官長に焼き菓子を習ったと言っては俺に無理矢理食わせようとする。王宮のどんな料理人が作った焼き菓子だって、女官長のには叶わないっていうのに』。
不機嫌に婚約者の事を語るパックが、出された焼き菓子にたとえ多少の焦げがあろうと全て綺麗に平らげてしまう事を知っている王宮の人々には、散々聞かされるそれが最早ノロケの言葉としか聞こえない。
ニヤニヤと面白そうにパックを眺めてるギザマルークに、パックは思わず「祭り見物に来たんだったら、舞だけ見てろ!」と叫ぶ。クスクスと忍び笑いを漏らしながら、水竜の化身が肩をすくめてパックの言葉に従う。
月の巫女達は再び見事な連舞を舞った後、舞台裾へと戻って行った。
次いで現れたのは四大精霊に扮した巫女達。中でもこの桜花月舞の水の精霊役は、ギザマルークの愛した竜の巫女姫の直系の巫女が毎年務める事になっているのだが、今年は特に国王にその舞を気に入られた竜の巫女がトリを飾る桜花の精の舞を踊り、その妹巫女が水の精霊を舞っている。
いずれも劣らぬ舞姫達の華麗なる競演を、ギザマルークも国王陛下も、それから子供達も真剣に樹上の特等席から見つめている。
春の喜びを謳う桜花の精の舞が終わると、広場からは割れんばかりの拍手と歓呼の声が響いた。
「さて、そなた達は今から月の巫女達に会いに行くのであろう? 我はいましばらく祭り見物をする故、そなた達を神殿まで送ってやろう」
ギザマルークがパチンと指を鳴らすと、パック達の姿がその場からかき消えた。
「うわっ!」
ドサササーーッ!
「きゃっ!」
「わっ!」
神殿内の巫女達の控えの間に突如として出現したパックの上に、更に幼子×2が降って来る。
「っ! 痛ってーっ!! たく、送るんなら、もうちょっと丁寧に運べーっ!!」
思わず天に向かって叫ぶパックを、舞を終えて控えの間に戻って来たばかりの巫女達が、目を丸くして見ている。その中にフライヤの姿を見い出した双子の兄妹は、先を競って母の元へと駆けていった。
子供達の後ろ姿にかつての己を見い出したパックは、つくづくあれは子供の特権だったよなと心の中で懐かしく思いながら、母親にまとわりつく双子の姿に目を細めた。
「「いーい? せーの!」」
背中に隠した小さな花束を、子供達がめいめいフライヤに差し出す。
「母上の舞、とっても綺麗だった」
「そうか、ありがとうの」
フライヤがリーヴとシルフィンに愛情を込めてほっぺにキスすると、巫女の衣装の花飾りを1つづつ子供達の髪に飾ってやる。
「…なんだ、おチビさん達に先を越されてしまったか」
控えの間に現れたフラットレイも、手に花束を抱えていた。
「また一段と舞が上達したんじゃないかい、フライヤ」
我が事のように嬉しそうに微笑みながら、フラットレイが花束を手渡す。
「そう言って下さると、風の大巫女様の厳しい稽古を受けた甲斐がありますわ」
フライヤは艶やかに笑んで己の赤い花冠を外し、フラットレイの頭に載せた。花祭りの日にはこのようにして、愛しい人に花を贈る古くからの風習がある。特に花祭りに舞う巫女の花冠を手にした者は、その年の幸福を約束されるとの言い伝えがある。
どちらからともなく軽く唇を重ねる竜騎士夫婦の仲睦まじい様子を、他の巫女達も微笑ましそうに眺めている。
「陛下、おケガはございませぬか?」
パックに駆け寄った婚約者のギーゼラが、床に打った足腰をさするパックに回復魔法をかけた。
「ああ、大丈夫だ」
やれやれといった様子でパックが立ち上がると、一応祭りの約束事だからな、と言って花束を婚約者殿に手渡す。
「嬉しい。この花、春の花の中で一番大好きなのvv」
春になるとヴブ砂漠周辺に一面に咲く純白の小さな野の花に、ギーゼラは顔を輝かせる。
「…陛下がとんでもない所にお隠れになったり、突然目の前に現れたりするのは最早驚きも致しませぬが、やはり私の舞をどこかで見ていて下さったのですね」
文字通り目前に降ってわいて現れた国王陛下に向かい、小首を傾げて華やかに笑う彼女は、とてつもなく愛らしい。
「ひでぇ言われようだ。が、舞はちゃんと見せてもらった。綺麗だったぞ」
苦笑するパックの誉め言葉に、婚約者殿はますます嬉しそうな顔を見せた。
「私1人の力ではありませんわ。フライヤ様がいて下さったからこそ、あのような素晴らしい舞が出来ました。フライヤ様ありがとう存じます」
敬愛と感謝の眼差しを向ける年若い月の巫女に、フライヤは婉然と微笑みを返す。
「それは私とて同じ事でございます、ギーゼラ様。共に無事大役を務めおおせる事ができ、大変楽しゅうございました」
微笑み合う美しい2人の月の巫女の競演は、国王陛下が自ら所望したともっぱら王宮では噂されている。
王に青の花冠を贈るギーゼラに、パックが小声で囁く。
「おまえ、今から王宮に戻るのか?」
「はい。これより皆様と神殿にて祈祷を終えましたら」
「そうか、じゃもし花火の時間に手が空くようだったら、一緒に花火見物でもしないか? 多分チビ達も一緒になると思うけど」
「喜んで」
警備の仕事を抜けてきたフラットレイが退出するのと入れ替わるように、風の神殿の巫女が控えの間に入って来た。
「皆様、祈祷のご用意が整いましたので、伽藍堂へおいで下さいませ」
「母上、お仕事がんばってね〜」
「ギーゼラお姉ちゃまもね♪」
王に丁寧に一礼をして、控えの間を整然と出て行く巫女達を、子供達が
無邪気に手を振って見送った。




その日の夕刻、クレセント一家は揃って夕食の席に着いていた。
警備の任を双子の竜騎士アルとウルに交代したフラットレイは、子供達と湯浴みも済ませ、竜騎士団の制服から普段の服装に戻っていたが、フライヤはまだ巫女姿のままである。
人々は一旦家に戻り家族と共に夕食を取った後、再び王都のあちこちにある広場に集い、一晩中踊り明かすのがブルメシアの祭りの伝統となっている。その間、巫女達は広場の壇上で交代で踊り続ける。フライヤもその巫女の1人という事で、祭りが終わるまで彼女の仕事は終わらないのだ。
食卓には半日子供達と遊びまくったパックも上座に着いている。そしてもう1人…。
「何故におぬしがここにおるのじゃ?」
夕食の時間きっかりに現れて勝手に家に上がり込み、自分で席を用意してちゃっかり食卓に着いている金色の尻尾をフライヤが睨む。
「ダガーの使いでシドのおっさんトコに来たんだけどさ、予定よりずっと早く用事が済んじまったんだ。で、タンタラスの連中がブルメシアの祭りに招かれてるって言うから、面白そうだし一緒に来たってワケ」
「私が聞いているのは、そういう事ではないのじゃが?!」
前夜祭のタンタラスの劇で、仮面で顔を隠した黄金色の尻尾が端役で出ているのを見た時、思わず頭痛を覚えたフライヤである。
「まぁ良いではないかフライヤ、年に1度のお祭りなんだから。例え招かざる客だろうと、にぎやかな方が楽しいし」
「フラットレイ様がそうおっしゃるのでしたら…」
渋々うなずくフライヤも、言葉で言う程嫌な顔を見せてはいない。ガーネット女王の夫君アレクサンドリア大公となってからも、何かと理由をつけてはクレセント家に入り浸るジタンとの口喧嘩――フラットレイ曰く、じゃれ合い――は、最早クレセント家名物と化している。
「そーそー。ブルメシア国王陛下だって、楽しい祭りの日の一家団欒に混ざってる事だし♪」
寛容なフラットレイの言葉に気を良くしたお調子者が、パタパタと尻尾を揺らす。
「俺はいいんだよ。城じゃ、明日の朝まで祭りの儀式を交代で行う巫女や神官達の為に、祭りの間中、精進料理しか出ないんだ。
そりゃ王宮料理人の作る物だから味は悪くないんだけどさ、ずっとお粥とか消化の良いモンしか出ないんだぜ。やっぱさ折角の祭りなんだし、こう山盛りのでっかい肉とかを手づかみでガツガツっと食べたいよな」
「そりゃリンドブルムの狩猟祭料理だろうが」
「あぁ、そっか」
ぼやくパックにジタンがツッコミを入れると、明るい笑い声が起こる。
「時にジタン、ガーネットは息災でおるのか?」
「ああ。赤ん坊の方も順調だってさ。予定日はさ来月だから、あんまり無理するなって言ってるんだけど、でっかいお腹抱えて毎日政務に励んでるよ」
「そうか。赤子が生まれる日が楽しみじゃのう」
秋の収穫祭の後はパックの婚礼も控えている。今年は嬉しい年になりそうじゃと、フライヤが美しいエメラルドの瞳を和ませる。
「赤ちゃん、生まれるの?」
シルフィンがジタンに尋ねる。
「ああ、もうじきな。生まれたら、おまえ達も仲良くしてやってくれな」
間もなく父親になる男が顔中を綻ばせてそう言うと、子供達が元気にうん!とうなずく。
「あたし、一緒におままごとしたげる!」
「え〜。おままごとなんかより、竜騎士ごっこの方が面白いよ」
「や! おままごとするの!」
「竜騎士ごっこ!」
「これ、よさぬか2人とも」
睨み合う子供達をフライヤがたしなめる。
「おままごとでも竜騎士ごっこでも何でもいいさ。一緒に仲良く遊んでやってくれ」
嬉しそうな笑顔のジタンを、フラットレイもパックも目を細めて眺めている。
話題はガーネットの事、スタイナーとベアトリクス夫妻の事から始まり、アレクサンドリアとブルメシアで起こった最近の出来事などなど、楽しい夕食のひとときが過ぎて行く。
「あれ? フライヤ酒呑むのか? いいのか、巫女のくせして」
食事の締めくくりに子供達が山盛りのフルーツとプリンを堪能している間、フライヤが新たな酒瓶を開けてグラスに注ぐのを、ジタンが見とがめる。
「1杯だけな。これは風の神殿から賜った御神酒じゃよ、ふふ。神殿の所有する葡萄畑から極上のワインが出来るので有名なのじゃが、中でもこれは特別な葡萄の木から作られた貴重な品でな。祭りの日に舞を舞った巫女だけが、これを賜る事ができるのじゃ。
この為に毎年祭りの巫女を引き受けてると言っても過言ではないな。ほれ、おぬしも呑んでみるがいい」
フライヤは酒のグラスを、パックとジタン、そしてフラットレイにそれぞれ手渡す。
「あ、ホントだ。うまいな、この酒」
「国王だって滅多に口に出来る代物じゃねぇしな」
「貴重な酒を、奥方殿のおかげで毎年呑めるという訳だ。感謝せねばな」
その言葉にフライヤが嬉しそうに微笑む。
「私が舞の稽古に専念できるよう、旦那様が協力して下さったからですわ」
結婚してから今も変わらぬ2人の熱々ぶりに、傍観者のジタンとパックはもはや互いに苦笑いを浮かべるしかない。子供達は慣れたもので、微笑み合うフライヤとフラットレイをちらりと見上げた後は、何事もなかったようにプリンをぱくついている。
食事が終わった後で、パックがフラットレイに向かってこう切り出した。
「あのさフラットレイ、頼みがあるんだけど。花火の前に俺は城に戻るけど、そん時にチビ達も一緒に連れてって、今夜はそのまま城に泊めたいんだ。いいだろ?」
「父上、母上お願い!」
「パック様とお城で花火見たいの」
国王陛下と子供達のお願いに、フラットレイがどうする?とフライヤを見た。
「ダメじゃ。陛下だけでなく、女官の方々にもご迷惑がかかる」
途端にえ〜!と不満げな二重奏が上がる。
「城じゃ誰も迷惑だなんて思わないぜ。女官長なんて、チビ達のお泊まりの度に嬉しそうにあれこれ世話焼きまくってるのは、フライヤも知ってるだろ?」
「ダメなものはダメじゃ」
今宵は誰もが祭りで浮かれ、忙しくしているのだ。フライヤは頑として首を縦に振らない。
「なぁフライヤ、俺が口挟むのも何だけど、別にいいじゃないか。理由は良くわかんないけど、こいつらが楽しみにしてるんだろ?」
「ジタンおじちゃんったらニブチンねぇ。お城にはギーゼラお姉ちゃまがいるのよ。パック様がみんなで花火見ようって約束したのよね」
「これ」
余計な事を言うでないとフライヤがシルフィンの頭を軽く小突くと、怒られちゃったと幼女が小さく舌を出す。
「ああ、あの可愛い婚約者殿ね。昼間の舞見せてもらったけど、綺麗だったよな〜。やっぱ王妃になったら巫女やめちゃうんだろ? もったいないよな」
「なんじゃ、おぬしも見ておったのか」
「たりめーだろ。俺がフライヤの舞を見逃す訳ないって」
「ふふ、たとえ世辞であっても嬉しがらせてくれるのう」
女の子を口説く話術は相変わらず健在のアレクサンドリア大公殿に向かって、フライヤが宛然と微笑むと、ジタンが苦笑を浮かべる。
「俺はプロの役者だぜ。舞台に関しては本当の事しか言わねーぜ? 今日の舞は、ちょっと懐かしくって、見てると元気になれるってゆー感じだったよな」
「そうかそうか。ささ、もっと酒を呑むがよい。陛下、フラットレイ様もおかわりいかがです?」
フライヤがあの舞で伝えたかった事を、ちゃんと見て取ってくれたのかと、上機嫌で酒を勧める。
「俺は1杯で十分だ」
「折角だから私はもう1杯もらおうか」
差し出された2つのグラスになみなみと、フライヤが貴重な酒を注ぐ。
「でさ、さっきの話に戻るけど、婚約者と一緒に花火見物するんだったら、どーしてわざわざコブ付きなんだ? 2人っきりで婚約時代の思い出とか作りゃいいじゃねぇか」
ジタンの言葉に、パックがはぁ〜と思い切り深い溜息をついた。
「その2人っきりってのが問題なんだよ。王宮で俺があいつと2人でいるとだな、女官達や老執政官(ジジイ)達が妙〜に嬉しそうにするんだ。この分では来年にも世継ぎの顔が見れそうだってな。
王宮のおしゃべり雀達の言う事などいちいち間に受けてなぞおれぬが、俺はともかく、まだ式も挙げてないうちからそんな風に期待されたら、あいつが可哀そうじゃないか」
王宮のどこかでほとんど毎日のように口に上る話題に、パックが疲れたようにげんなりと肩を落とす。
半年も先の挙式の、更にその後の事で王宮中で盛り上がられても困るのだが、ブルメシア王家は多産の国にも関わらず、その強い魔力の所以に出生率が極端に低い。パックの亡き母もなかなか世継ぎを成せず、辛い思いをしたとも聞く。
「ふ〜ん」
にやにやと笑うジタンを、下世話な話は一切無用とばかりにパックがじろりと睨む。
「まぁそういう事情でしたら、かまわないでしょう。ね、フライヤ」
フラットレイがパックに助け船を出すと、子供達も必死に母に哀願する。
「「お願い、母上」」
「…くれぐれも陛下やギーゼラ様、女官の方々にご迷惑をかけるでないぞ」
「「は〜いvv」」
溜息混じりにお許しが出ると、子供達がぱあっと顔を輝かせる。
「陛下も子供達とこっそり夜中に広場の祭り見物にいらしたりしないで下さいね。ただでさえ警備に追われている竜騎士達がパニックを起こしますから」
フラットレイがにっこり笑顔でパックに釘を差す。まさか3人の秘密の計画を知ってる筈もないが、パックも慣れたものでおう、とそ知らぬ顔で返事を返す。
とりあえず最大の難関を突破した事に、パックと子供達はニッと共犯者の笑みを密かに交わし合った。







      

メニューに戻る