王様の休日 前編





青の王都のほぼ中央に位置する風の神殿前の広場には、花祭りに奉納される舞を一目見ようと、多くの人々が集まっていた。
長い冬の乾期が終わりを告げ、草花が一斉に萌え出すブルメシアの春。枯れた土色の大地が、恵みの慈雨に瑞々しい一面の緑に染まる様は、どんな優れた魔道士でも為し得ない創世の神々の魔法だ。
人々はブルメシアに豊穣をもたらす恵みの雨に感謝し、雨期が始まる春に花祭りを行う。
青の王都に住む民の心の拠り所である風の神殿に人々は集い、祈りを捧げ、娘達は舞を奉納する。
ブルメシアの国中の街や村でこの日一斉に花祭りが行われるのだが、やはり国中から選びに選び抜かれた娘達が舞を競う王都の奉納舞は、その華やかさも舞の美しさも群を抜きん出ており、これを一目見ようと遠方からも多くの人々がやって来る。
ちなみにブルメシアの全ての神殿を統べる王宮の大神殿でも花祭りの儀式は行われるのだが、祭りの中心は何といっても王都の民が日常に訪れる城下街の風の神殿である。
神殿前の大広場には舞を奉納する神楽舞台が設けられ、既に人々が集まって舞が始まるのを今かと待ちわびている。
その雑踏の中に、人の流れに紛れるようにして1人の青年が広場へとやって来た。
神官達が風の精霊に捧げた祈りのかいあって、よく晴れた穏やかな晴天であるにもかかわらず、くたびれたマントのフードを目深に被った姿はいかにもいわくありげだ。
怪しい青年に即座に目を付けた警備の竜騎士が、祭りの神殿警護の総責任者に耳打ちすると、総責任者自らが研ぎ澄まされた片刃の槍を手に持って、その青年の元へと近づく。
「…陛下。お忍びで祭りを見に来られるのも結構ですが、その格好、かえって目立っていますよ」
呆れ顔のフラットレイが苦笑を浮かべる。
パックが王宮を脱走して来るのは予想の範疇だったので驚きもしないが、何もわざわざ流れの民のような薄汚れたマントで頭の先から全身覆い隠さずとも…と彼は心の中で思う。
「ふん、どーせ俺の茶色の肌色で、マントがなくとも判る奴にはそれと知れるんだ。わざとボロボロの汚い格好していれば、少しぐらい目立っても俺に近寄って来る奴などそうはいないだろう?
それといつもの小言なら聞かぬぞ。…妻と、子供達の初舞台見たさに、祭り警護の総責任者を自ら買って出た奴の言葉なんて、説得力ないからな」
勝ち誇ったような若き国王陛下に、フラットレイは更なる苦笑を重ねただけだった。
彼がその任務を買って出たのは、必ずや王宮脱走をして何かをやらかすであろう国王陛下がおられる為でもあるのだが、当の最重要要注意人物様本人は知るよしもない。
「小言など言うはずもありませんよ。陛下もリーヴとシルフィンの初舞台を見に来て下さったのでしょう?
神楽舞台脇の警備関係者の天幕でしたら、舞台が間近でご覧いただけますから、ご案内致します」
フラットレイは笑みを浮かべると、パックの先に立って人混みをかき分けて行く。
あの大戦から5年と少しの歳月が流れ、幾多の紆余曲折を経て結ばれたフラットレイとフライヤの竜騎士夫妻は、その間に双子の兄妹を授かっていた。
1人はブルメシアの古い言葉で“生命”という意味のリーヴと名付けられた男の子。
父のフラットレイによく似た顔立ちと蒼い瞳をしているが、ミルクに琥珀を溶かし込んだような淡い金髪と、強い風読みの能力(ちから)は、母のフライヤから受け継いだ物だ。
もう1人は、風の精霊王の娘の1人の御名と同じ、シルフィンと名付けられた女の子。
白銀の髪と肌に碧の瞳と、こちらはフライヤと生き写しの容姿をしている。
その能力のせいか少し感受性が強く繊細なところのある兄と違い、同じ風読みの能力を授かったにも関わらず、妹のシルフィンの方はかなりのお転婆娘で近所でも王宮でも評判だった。
今年で3歳を迎える双子の兄妹は、今日の花祭りに初の舞台を踏む。
大きくなったら父上や母上よりも強い竜騎士になるんだと豪語してやまぬ元気いっぱいの子供達だが、ブルメシアの女の子の常で母より舞を習うシルフィンに、やきもちを妬いた兄のリーヴも舞を習いたいと言い出した。
最初は単純に母を独占する妹への嫉妬とライバル心からだったが、王宮で新入りの竜騎士見習い達の前でフライヤが披露した武術の演舞“武踏”を目にしてからは、リーヴは男の子には珍しく舞の稽古にもかなりの本気で取り組んでいる。
ブルメシアで最も風に愛された竜騎士と称されるフライヤの舞踏は、本当に風と舞を舞っているかのように優雅でかつ力強く、誰よりも強い最強の蒼の竜騎士フラットレイと共に、2人の子供達の自慢と憧れであり目標でもあった。
そんな子供達を両親は未来の竜騎士の卵として厳しく指導する一方で、目の中に入れても痛くない程かわいがる親馬鹿ぶりを見せている。


その頃、舞台の袖ではリーヴやシルフィンと共に初舞台を踏む幼子達が、仕度を整え、祭りの舞台が始まるのを待っていた。
巫女姿の女の子達と短いチュニック姿の男の子達。揃いの衣装を纏った子供達は、それぞれ頭に花冠を戴いて、尻尾には小さな鈴を結びつけている。
子供達がそっと覗いた広場は早くも多くの見物人達でいっぱいで、緊張と不安のあまり1人の子供がしくしくと泣き出してしまった。
その涙が他の子供達の緊張を更に煽り、涙の連鎖反応を呼ぶ。子供達に付き添って世話をしていた母親達は、我が子を宥めるのに大わらわとなった。
「「母上〜〜」」
ひどく不安げにフライヤを見上げるリーヴとシルフィンの瞳も、いまにも泣き出しそうに揺れている。
「なんじゃ、そのような情けない顔をしおって」
言葉とは裏腹に、フライヤは至極優しい笑顔を浮かべて、子供達の髪を撫でる。
「母も初めての舞台を踏んだ時は、とても緊張したから、おぬし達の気持ちも判るがの」
「ほんとうなの、母上?」
国王陛下の御前で美しい舞を堂々と舞うフライヤの姿をいつも見ているリーヴとシルフィンが、驚きに目を丸くして母を見上げると、フライヤはにっこりとうなずいた。
「なに、緊張せずとも、おぬし達の大好きなシュークリームやプリンが舞台の前に並んでいるとでも思えば良いのじゃ。
舞が終わったら、本当のシュークリームとプリンを、おぬし達にたんと食べさせてやるぞ」
「でもぉ…」
大好物を鼻先にぶら下げられて心はときめくが、それでも子供達の不安はまだ消えた訳ではない。フライヤは他の子供達にも聞こえるよう、よく通る大きな声でこう言った。
「良いか2人とも。槍の訓練の時にいつも言うているであろう?
怖いと思った時にこそ、勇気の証、尻尾を立てるのじゃ。おぬし達に勇気はあるかな?」
にっこり笑顔で問うフライヤの目の前で、チリン、チリンと尻尾の先に結ばれた鈴が音を立て、小さな尻尾がピンと立ち上がる。
すると舞台袖のあちこちでも、フライヤの言葉につられたようにチリン、チリンとかわいらしい鈴の音が次々と響く。
フライヤは心底嬉しそうな顔をして、両手で双子の頭をそれぞれ撫でる。
「良い子じゃ。私はここでおぬし達の舞台を見ておるゆえ、少しぐらい失敗してもよいから元気良く舞っておいで」
「「はい、母上!」」
奉納舞の進行を仕切る巫女が合図を出し、子供達はあらかじめ決められた順番に並ぶと、舞台へと飛び出して行った。


いくら母に見物人を大好きなお菓子と思えと諭されても、やはり幼い子供。舞台上で位置に付いたリーヴとシルフィンは、自分たちを注視しているあまりの人の多さに目眩を感じて、固まってしまった。
その時2人の目の端で、何がキラリと光った。そちらに思わず目を向けると、槍を肩にしたフラットレイとパックが並んで、2人に大きく手を振っている。
「リーヴ」
「うん」
双子の兄妹は緊張しながらも、目線でもってうなずき合う。
楽の音が鳴り響き、幼い子供達は皆それぞれ一生懸命な表情で、舞い始めた。
「ふ〜ん、やっぱりフライヤが舞を仕込んだだけあって、シルフィンもリーヴも綺麗に踊るな。稚児舞の中でも一番目立ってるぞ。おまえも2人の将来が楽しみだろ?」
「ええ」
パックの手放しの誉め言葉に、フラットレイも目を細めて実に嬉しそうにうなずく。
子供達の晴れ舞台に、彼の頬は緩みっぱなしだ。
やがて舞が終わり舞台を辞した子供達は、笑顔と拍手で迎えてくれたフライヤの腕の中に、競うように飛び込んだ。
「2人ともようやったの。見事な舞じゃったぞ」
「あのね、舞台に立った時、僕とってもどきどきしたの!」
「でもとっても楽しかった!」
口々に初舞台の事をおしゃべりしだす子供達に、フライヤはご褒美のキスをする。そこへフラットレイを後ろに従えたパックがやって来た。
「みんな初舞台よくがんばったな。全員、上手に踊れていたぞ」
「「パック様、父上!」」
「久々に楽しませてもらったから、みんなに褒美をやろう」
そう言ってパックは、懐から飴玉のいっぱい入った袋を取り出す。母親に促されて、子供達が全員わらわらとパックの元に集まった。
国王陛下直々の誉め言葉と、子供の目には宝石にも等しい色鮮やかな賜り物に、幼子達は嬉しそうに笑み崩れる。
飴玉を配り終えたパックは、竜騎士一家の所へとやって来てリーヴとシルフィンの頭をグリグリと撫でながらこう言った。
「おまえ達、腹減ったろう? もうじきお昼だし、着替えたらメシ食いに行かないか? 何でも好きな物奢ってやるぞ」
「「本当?」」
「しかし陛下…」
すっかりその気の子供達に、両親はちょっぴり困ったような顔をパックに向ける。
「かまわん。フラットレイは警備の役目があるし、フライヤもこれから自分の舞の仕度があるんだろ?
俺も1人で祭り見物はつまらんから、最初からそのつもりで来たんだ。気にするな」
「申し訳ありません、陛下」
フライヤとフラットレイが揃って頭を下げる。
パックもリーヴを手伝ってやりながら着替えさせ、井戸端で紅を落として来た兄妹に、フライヤが祭りのお小遣いを手渡した。
「無駄遣いはするでないぞ」
「「は〜い♪」」
「陛下。すみませんが、子供達をよろしくお願い致します」
「おう」
パックに手を引かれ、クレセント家の双子と国王陛下は祭りで賑わう街へと繰り出して行った。




風の神殿への参道の両脇には、王都のみやげ物や貴金属の細工物、珍しい武器などを扱う様々な店が建ち並び、祭りという事で更にその前に屋台の天幕が立ち並ぶ。
甘い綿菓子に魅かれて屋台の前に立ち止まったきり動かない子供達に、パックは苦笑しながら腕を引っ張る。
「甘いモンはメシの後だ。心配しなくても、後で必ず連れて来てやるよ」
パックの目的は参道から脇道を抜けた所にある、青の王都最大の市場だった。
王都近郊の村々から運ばれて来た新鮮な野菜や、海辺の村からの獲れたての魚介類が並び、そんな素材を使った旨い食事を出す店が無数にある。
大戦直後は壊滅状態で混乱を極めたこの市場も、今では元のにぎわいを取り戻していた。
「こんにちわ、陛下。今日は摘みたての苺がおすすめですよ!」
「なんの、こっちのオレンジも新鮮だよっ!!」
民の生活と切っても切れないこの市場を、パックは視察と称しては城を抜け出して遊びに来ているので、店の売り子達も国王の顔も気性も良く存じており、気軽に声をかけて来る。
「おう、帰りにでも寄らせてもらうよ」
顔なじみの売り子に気さくに返事を返しながら、どの店でメシにしようかと思案する。
クレセント家の双子を引き連れたブルメシア国王陛下の後を、少し離れて竜騎士団の制服を着た1人の青年がつけて来ている。
目立つ槍の代わりにマントの下に短い棍を隠し持ち、密かに王の護衛についたまだ若い青年の襟章は、彼が今年見習いから正規の騎士に昇格したばかりである事を示している。
竜騎士としての経験がごく浅い青年は、だがパックにとっては非常に嫌な相手だった。
青年――グリフィスはパックの幼い頃からの悪戯友達の1人で、互いの手の内も、いざという時の逃げ道も、路地裏の隅の抜け穴に至るまで全部知り尽くしている。
パックの幼友達は――彼をいつも城から迎えに来るフラットレイへやフライヤへの憧れも手伝って――全員竜騎士を志し、日頃磨いた悪戯ととんずらの技の賜物か、見習い試験に揃って合格を果たした。
中でもパックとすばしこさを常に競っていたグリフィスは、特に将来を有望視されている。
他の者ならいざ知らず、幼い兄妹を連れたパックが彼を撒くには、かなりの困難を伴う。
「たくフラットレイの奴、恨んでやるぜ」
気の置けない相手ではあるが、つかず離れず背後について回られて監視されては、うっとおしい事この上ない。
パックは振り返って彼を手招きすると、早速路地裏で商談を始めた。
「グリフィス、レアカード5枚で手を打たないか?」
「いいえ陛下。たったのレアカード5枚で竜騎士の職務と誇りを売り渡し、陛下と竜騎士団長殿のご子息達に万一の事態があっては、私は騎士団にいられなくなります。
いくら国王陛下のお言葉とはいえ、そのような事は出来かねます」
バカ丁寧な口調と仕草で、実に申し訳なさそうに恭しく頭を垂れるグリフィスに、パックは露骨に嫌な顔をする。
「おまえ、王宮じゃないんだからその口調はやめろよ。街ン中ではパックでいいって、いつも言ってるだろうが」
「陛下、申し訳ございませんが只今は任務中ですので、いくら私が陛下と幼なじみであっても、陛下のご命令には従えませぬ」
目だけは嬉しそうに陛下、陛下と連呼するグリフィスに、パックがますます嫌な顔をするのが珍しくて、双子が囁き合う。
「ねぇリーヴ。パック様、苛められてるの?」
「…みたい。パック様がんばれ〜」
無邪気に声援を送る双子に、パックがげんなりと肩を落とす。
「……みろ、おまえが嫌がらせをするから」
ちょっと脱力ぎみに、大きな溜息1つ。
「レアカードと言っても、ただのレアカードじゃない。ファブール社のオーナーのシド大公が、去年のトレノのカード大会の優勝者への権利として、今夏に発売する予定の新シリーズの試作品を送って来たんだ。
未発表の試作品だから、市場に出回らない物も結構あるだろうしな。…その中から好きなカードを選ばせてやろうと言ってるのに、あーあ。もったいない。
仕方ない、頭の固い邪魔者がくっついて来るが、気にせずに祭りを楽しもうぜ」
俺はいい友を持ったぜとか何とか言いながら、交渉に失敗した惨敗者を演じ、子供達をうながしてパックがとぼとぼと歩き出そうとする。
「……待てよ。国王のくせに気の短い奴だな。俺はレアカード5枚に、もう少し色をつけて欲しいと言ってるんだが?
あの竜騎士団長殿の仕置きを覚悟しなくちゃならないんだ。高くつくぞ」
「そうこなくっちゃな。プラス初代劇場艇完成記念のカードでどうだ?」
「マニア物だが、それなら持ってる。3代目記念のがあれば、そっちがいい」
「チッ。そっちは発行部数の極端に少ない超レア物じゃねーか、と言いたい所だが、実は去年の大会でたまたま2枚手に入れてる。交渉成立だな」
「ああ。頃合いを見計らって、いつもの店で待ってればいいんだろ?」
カードマニア同士の秘密の会話にリーヴは興味津々といった表情で2人を見上げているが、シルフィンはつまらなさそうに、きょろきょろと大通りを行き交う人々を眺めている。
何だかんだ言っているが、グリフィスもパックの楽しみの邪魔をするつもりは元よりない。
花祭りはブルメシアの全ての民が訪れた春を祝う祭りであり、神殿で祈りを捧げるのは巫女と神官の役目だ。
パックも国王として大神殿の朝のおつとめに加わって来たが、今日この花祭りの日は滅多にない王の休日だった。
パックが幼い頃父王と一緒に普通の市民に変装して供も付けずに城を抜け出し、祭りでにぎわう王都をそぞろ歩くのを、遊び仲間の子供達はよく目撃したものだ。
家族を失ったパックが、弟妹のように可愛がってるクレセント家の双子を連れて、共に祭りを楽しみたいというパックの気持ちを、グリフィスは最も良く知る者の1人だった。


幼なじみと別れ、パックは市場のとある小さな店へとやって来た。
「おや陛下、いらっしゃい。今日はお食事ですか?」
「ああ。俺は…そうだな。あさりのチャウダーにしようかな」
「あたしも!」
「僕は野菜とげんこつ芋のスープ!」
そこは女主人の息子が作る新鮮な野菜を使ったスープやシチューなどを食事で出す他に、ゆでたげんこつ芋やとうきび、冷たく冷やした西瓜などを安価で売っている為、遊び疲れてお腹をすかせた子供達が良く立ち寄って行く。当然パックも幼い頃からの常連客の1人だった。
リーヴとシルフィンも、パックに連れられこの店にしばしば立ち寄る為に、こんなエピソードがある。
子供達が生まれて半年程経った頃、ある日フライヤが流行り風邪をひいて寝込んでしまった。そこでフラットレイが子供達を連れて、散歩がてらになにか珍しい果物でもフライヤに買ってこようと、市場を訪れた。
果物屋に行こうとするフラットレイを、だが子供達は反対方向へと引っ張って行く。
「そっちはダメなの。こっちなの!」
連れられて行った先は、この女主人の店。
「……ここは母上と良く来るのかい?」
いつものお散歩コースなのかな?と尋ねたところ、子供達は「ううん、パック様!」と無邪気に元気良く答えた。
その直後の槍の訓練で、パックはフラットレイに、当分の間、城を抜け出す気力が失せるくらいボロボロになるまでしごかれたとか―――。
「うまいか、おまえ達」
「「うん!」」
よほどおなかが空いていたのか、子供達ははぐはぐと夢中になって食事を続ける。
「じゃあ、これを食い終わったら次は屋台へ行こうな」
「「は〜い♪」」
パックに連れられ、焼きイカやタコ足、綿菓子、風船、飴玉などなど、リーヴもシルフィンも目をキラキラさせながら、屋台が延々と続く参道を歩き続ける。
人混みのずっと前方で、何やら大勢の人間が騒いでいるのに出くわした。
「…何だろう?」
野次馬ではなく、王都を統べる者として騒ぎを見極める必要がある。パックは子供達の小さな手をはぐれぬようしっかりと握ると、出来る限りの急ぎ足で人混みをかき分けて行った。
そこで見たものは…。
何と昨夜の前夜祭で劇を演じたタンタラス団の面々と、見るからに人相の悪いブルメシア人の集団が、広場の中央で殴り合いの喧嘩をしているではないか。最悪な事に、アレクサンドリア大公ジタン閣下まで、殴り合いに混じっていらっしゃる。
「…………」
見なければ良かったとパックが頭を抱えたのは、ほんの一瞬。
すぐさま周囲を見渡し、野次馬の中にルビィがいるのを見つけると、風船ごと子供達を押しつけた。
「悪い、こいつらをしばらく預かっててくれ」
そう言ってマントのフードを深々とかぶると、ぐるりと取り囲んだ野次馬の輪から進み出る。
「助っ人するぜ、ジタン」
そう言う間にも人相の悪い集団の1人が、パックに殴りかかって来た。それをあっさりとかわして、強烈なパンチをお見舞いする。
「いいのか、ブルメシアの国王様御自ら」
そういうジタンが口元でニヤリと不敵に笑う。
「アレクサンドリア大公殿下が、ブルメシアで殴り合いの喧嘩をして役人に捕まりでもしたら、それこそ外交問題になるだろーが」
だから自分を巻き込め、とパックは暗に言う。
「へーき。俺盗賊やってて今までに捕まった事なんてねーもん。おまえにゃ迷惑かけないって」
ドカッ、バキッ。
「他の国ならいざ知らず、ブルメシアの竜騎士は優秀だぞ」
ゲシッ!
「確かに。フライヤにだけは、旅の途中何度か盗み働こうとしてブン殴られたからなぁ」
「だろ?」
嬉しそうに笑う2人は、喋っている間も次々に敵を容赦なく殴り倒して行く。生きて伝説になった英雄と、武門の国の国王陛下のコンビでは、並の相手では全く触れる事すら出来ない。
あらかた片が付いたかと思った所へ、野次馬の間から大勢の敵の仲間とおぼしき連中がわらわらと現れた。
「仲間をこんな目に合わせてくれて、覚悟は出来てるんだろうな?」
ありがちな陳腐な科白を吐くが、相手はこちらの軽く3倍近くの人数がいる。その連中のうち何人かを、パックはどこかで見た事があるような気がした。
「…ところでおまえら、何でこいつらと喧嘩してるんだ?」
「知らねぇよ。祭り見物してたら、いきなり向こうがインネン付けて来やがるんだ。断っておくが、こっちは何もしちゃいねぇ。…で、こーいう事になっちまったってワケ」
「何もないのに因縁? おまえ達に?」
確かにタンタラスの連中は盗人面だが…と考えた所で、パックは敵の正体に得心がいった。
「ジタン、こいつら手配中の盗賊団だ。どうりでどこかで見た連中だと思った訳だぜ」
「なるほど、ご同業者ってか」
人混みの中で商売中、同じ匂いを嗅ぎ付けて、ジタン達を商売敵と踏んで因縁をつけて来たのだろう。
「王様よ、こいつら捕まえたら、俺達でも賞金出るのかい?」
話を聞きつけたブランクが、背中合わせにそっと囁く。
「当然!」
言いながらパックは、敵に鋭い回し蹴りをくれる。かぜんやる気を出したタンタラス団だが、多勢に無勢な事に変わりない。
「パック様がんばれ〜! ああ、後ろッ!!」
マントで隠していても市場の者は皆、王の顔を知っている。国王陛下自らの大立ち回りに、見物人達はやんやの大喝采だ。
「そこや、ジタンッ! ブランク、シナ、何やっとるんや! そんな連中叩きのめしたれ!!」
ルビィも興奮気味にヤジを飛ばすが、数に劣るタンタラスの方が次第に逃げ道を塞がれ、男達が囲んだ円陣の中へと追いつめられて行く。
「パック、おまえ精霊魔法使えたろ? ここで使えるか?」
「無理だな。俺の魔力は強すぎて制御が難しいんだ。こんな所で下手に魔法ぶっ放したら、見物人全員巻き添えにしちまう」
「チッ、仕方ねぇな」
そんな会話を続けながら、2人がかりで数人を戦闘不能にしている。その時、ふわりと吹いた一陣の風に、リーヴとシルフィンの耳がぴくんと立った。
「ねぇ」
「うん」
互いにうなずくと、リーヴはルビィの手を振りほどいて一目散に駆け出した。宝物のように持っていた青い風船が、空へ逃げていくのにも目もくれない。
「あ、どこ行くんや! 危ないから戻って来るんや!」
慌てて子供の後を追おうとするルビィの袖を、シルフィンが引っ張った。
「大丈夫、風がリーヴを呼んだの。すぐに戻って来るわ」
「?」
風読みの力を知らないルビィは首を傾げた。
「とにかくあんたまでどっか行かれたらかなわん。大人しくしててや」
そう言って逃げられないよう、シルフィンを両腕で抱き上げる。
その時だった。
「やい、てめーら。大人しくしな! でないとこいつらの綺麗な顔が、二目と見れなくなるぜ」
シルフィンごとルビィを背後から羽交い締めにした男が、ナイフを突きつける。仲間に野次を飛ばすルビィに目を付けていたのだろう。
たちまち甲高い悲鳴が、見物人の間から上がる。ハッと弾かれたように、タンタラスとパックの動きが止まった。
だがルビィも幼いシルフィンも、大人しく人質になっているようなタマではなかった。
「うぁっ! このクソガキ!!」
目の前の男の腕に思い切り噛み付いたシルフィンを振りほどこうとして、男が力を緩めた。すかさず男の腕から逃れたルビィが、振り向きざまに硬く尖った靴の先で、男の股間を思い切り力一杯蹴り上げる。
「――――!!」
聞くに堪えない悲鳴を上げ、気絶寸前の男が膝をついた所に、大人の頭上より少し高くジャンプしたシルフィンが、男の顔面目掛けて着地した。仕上げついでとばかりに男の急所を蹴りつける。
あえなく仰向けに倒れて口から泡を吹いている男に、ルビィが言い捨てた。
「女優の顔を傷つけようとしたもんは、こうなるんや。覚えとき!」
「べ〜だ!」
女2人は手を叩き合って、キャッキャッと黄色い声で互いの行動を褒め称える。男だったら決してしないだろう容赦の欠片も全くない攻撃に、タンタラスの男共も蒼白になるが見なかったふりをして戦闘に戻る。
「なぁ、あいつの口より先に手が出るトコってフライヤそっくりだけど、あの敵には容赦ない仕返しをするトコって…」
「言うな。…リーヴも生まれた時から、とうに尻に敷かれてる」
「やっぱり…(^^;」
フラットレイに性格の良く似た娘の将来に、一抹の不安をよぎらせるジタンであった。
一方、リーヴは参道を走って走って武器屋へと飛び込んだ。
「おじさん、この杖ちょっとだけ借りるよ! パック様…国王陛下の一大事なんだ!」
「あ、おいこら小僧!」
店で一番上等の魔道士用の杖を持って行くリーヴに、武器屋の親父が慌てて後を追うが、小さく素早いリーヴにはなかなか追いつけない。
「パック様!」
リーヴが投げ渡した杖を、しかとパックが受け取った。
「おう、助かる!」
魔力の焦点となる杖があれば、勢い余った力を暴走させずに敵へと集中させられる。
「おまえら、下がってろ!!」
その間にも襲って来る相手を、片っ端からブチのめしながら、タンタラスのメンバーが呪文を唱える間無防備になるパックを背にかばうように、円形に集まる。
「行くぜッ!!」
風の結界が見物人達を護るように広場の中央を囲む。次の瞬間、天から飛来した雷撃が敵全てに襲いかかる。おお!と見物人のどよめきと歓声が一斉に上がった。
「チッ、ちょっとばかしやり過ぎちまったぜ。だから俺の力は狭い限定空間には向かねぇんだよな」
ぷすぷすと黒焦げになって転がっている盗賊団を足でつんつんと蹴りながら、パックがぼやいた。
その時になってようやく市民からの通報で、市場を歩いていた竜騎士のグリフィスが駆けつけて来た。
「陛…パック様!」
この人混みの中で王の身分を明かすのは流石に躊躇われる。
「ああ、ご苦労グリフィス」
パックが呑気に幼なじみに向かって手を上げる。
「うわっ、アレクサンドリア大……」
「しーっ!」
何げにジタン達に視線を移したグリフィスが目を剥く。その口を慌ててパックが塞いだ。
「グリフィス、こいつら手配中の盗賊団だ。全員捕まえて牢へ放り込んどけ。それと恐らくこいつらは人混みの中で“仕事”してたろうから、持ち物チェックを入念にな」
若い竜騎士はパックの言葉に更に仰天した。騎士団長に、国王とアレクサンドリア大公が盗賊団相手に街中で暴れまくったと知れたら、何と言われるか…。しかも目撃証言者は無数にいる。
「レアカードプラス、酒1ヶ月分は奢れよ…」
最早決定的となった仕置きに、グリフィスが力無く肩を落とす。
「おうとも。俺からもフラットレイには口添えしとくからさ。まぁそう嘆くなよグリフィス。俺なんかチビの頃から年中フラットレイにはひどい目に合わされてるのに、誰1人同情してくれたためしがないぞ」
ポンポンと背を叩いて一応の慰めの言葉をかける。
「ジタン。話は通しておくから、おまえ以外の者で誰か、後で城へ行って賞金貰っとけよ」
「おう。祭りを楽しんでる最中に悪かったな。おまえとチビ達の加勢で助かったぜ」
ジタンとタンタラスのメンバーが、一斉に親指を立てる。
「リーヴ、シルフィン。おまえ達も良くやったな」
「うん!」
「あたり前よ!」
得意げに胸を反らす子供達の頭をパックがグリグリと撫でてやる。くすぐったそうな笑顔で顔を上げたリーヴの目に、武器屋の親父の姿が映った。
「おじちゃん!」
とてとてとパックから受け取った杖を返しに走って行く。
「おじちゃんとこの杖で、悪い奴らをやっつける事が出来たんだよ。ありがとうございました!」
ぺこんと丁寧にお辞儀をして、にこにこと無邪気な笑顔で親父を見上げる。
「俺からも礼を言うよ。助かった」
フードを外して、身分を明かす。
「う…。そ、そうか。まぁそういう事情なら仕方ないやな坊主」
国王陛下の口添えと、更に見物人達の視線を一斉に浴びた親父が、困り切ったようないかつい笑顔を足元の少年に向けた。
「さて、と。時間くっちまったからそろそろ神殿に戻らないと、フライヤの舞が始まるぞ」
「でも、まだ母上の舞までに時間あるよ。パック様?」
広場の時計を指差してリーヴが可愛らしく首を傾げる。
「おまえらと、この屋台をずーっと見ながら神殿まで歩いて行ったら、時間がいくらあっても足りねぇよ。リーヴの風船買い直して、それから金魚すくいもしてねーし、他にも寄りたいとこいっぱいあるんだろ?」
「「うん♪」」
途端に子供達は期待に瞳を輝かせながら、満面の笑みを浮かべて大きくうなずいた。