君の竜になりたい





フライヤがパック王子、フラットレイと共にブルメシアの同胞の元に戻ってから数ヶ月後。
彼女はリンドブルム城に客人として滞在していた。
フラットレイと共にパック王子からの親書をシドに届けに来たのだが、役目を果たした後、フラットレイは突然こう言ったのだ。
「フライヤ。すまないが、またしばらく1人で旅に出たいんだ。パック王子の許可はいただいている。すぐに戻るから心配しないでくれ」
もう2度と、君を置いて旅に出たりなどしない。
そう誓った筈のフラットレイに、あまりに突然の事でもあり、当然ながらフライヤは激怒した。
シド大公とヒルダ妃のとりなしもあった為、一応その場では怒りを収めたフライヤであったが…。




「どうにも気にくわん」
「え? なーに?」
フライヤのつぶやきをエーコが聞きとがめる。
「フラットレイ様の事じゃ」
シドに親書を届け、彼女がパック王子の名代としてブルメシアの復興についてシドと情報交換している間、フラットレイはリンドブルムの街をずっと歩き回っていた。
破壊され復興をとげつつある街と、先端の工業技術を視察して回る事も、今回のリンドブルム訪問の重要な任務であるが、彼の目的はどうもそれだけではないらしい。
あらゆる裏の情報に精通しているタンタラス団のボス・バクーに、彼とも当然顔なじみのフライヤではなく、わざわざシドを介して秘かに合っている。
この事はフライヤと街で偶然出会ったシナがうっかり口を滑らせて判明したのだが、シドは街の情報に詳しい者を紹介しただけと言い、バクーは相変わらずの人を食ったような調子で、のらりくらりと知らぬ存ぜぬと言い張る。
その様子からしても、実にあやしい。
フラットレイが何かを計画しているらしい事までは掴めたのだが、一体どこから話を聞きつけたものかスタイナーまでがリンドブルムにやって来て、フラットレイに同行すると言い出し、彼もそれを二つ返事で承知したのだから、フライヤはたまらない。
「何故スタイナーはよくても、この私が一緒に行くのをフラットレイ様は、あれほど頑ななまでに拒まれるのじゃ!」
フラットレイとスタイナーという奇妙な取り合わせの2人は、昨日旅立ってしまった。
『必ず帰って来る』
フラットレイはそう言い残したが、また彼の人が遠くへ行ったきり2度と戻って来ない気がして仕方ない。加えて大公夫妻はじめ、親書を送ったパック王子、バクーにタンタラス団の連中、果てはスタイナーに休暇を与えたガーネットまでもが事情を承知しているようなのだが、誰一人としてフライヤに決してそれを教えようとしないので、疎外感が不安を更につのらせる。
「モーグリ達が教えてくれたんだけど、スティルツキンまでもが一緒にいるらしいわよ」
「…スティルツキンとは、あのスティルツキンの事か?」
「そお! あのスティルツキンよ! どー考えても変でしょ?
まぁ、スタイナーはともかく、旅慣れてるスティルツキンが一緒なら心配する事はないわ。たとえどんなモンスターに襲われても、戦闘に限ってはスタイナーだって頼りになるし」
「フラットレイ様とて、とてつもなく頼りになるぞ」
フライヤがにっこりと笑顔を見せる。
目を細めて恋人の事を語るフライヤは、ケンカ中にも関わらずとても綺麗で幸せそうだとエーコは思った。
「そうそう。それに姫様命のスタイナーが、そう長いことアレクサンドリア城を離れてるとは思えないもの。きっとすぐに帰って来るわよ」
「…そうじゃな。ところでエーコ、おぬしは大公夫妻かガーネットあたりから、何か聞いておるのか?」
エーコは首を横に振った。
「ううん。お父さんにもお母さんにも聞いてみたけど、なーんにも教えてくれなかった」
エーコの話に嘘はない。が、実はほんのちょっぴりフライヤに隠している事があった。
『いいですか、エーコ。世の中には知らない方が良い事だって、たくさんあるのです。あなただってデートの時におめかしして着ていく服を、もし相手があらかじめ知っていたとしたら、つまらないでしょう?
これ以上知りたがるのなら“人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえ”と言いますからね』
恋!
ヒルダ妃に諭された言葉にうっとりとしたエーコは、この事をフライヤには絶対言わないと義理の母親に固く誓った。
「誰も事情を教えてくれないけど、それを知っているみんながフラットレイの事は心配ないと考えているみたいだから、大丈夫よきっと。
それよりフライヤ、せっかくリンドブルムにいるんだから、あたしに護身術とか教えてよ!
お城や街の中にいると、いざという時でも下手に召喚獣呼んだりホーリー唱えたり出来ないんだもん」
ぷう、とエーコがつまらなさそうに、しかめ面をしてみせる。
「いいとも。おぬしの魔力は並外れておるからのう。城や街を壊した場合の被害も並外れた物になるだろうからの」
「ひどーい! それって誉めてるって言わない!」
エーコは小さな拳でポカポカと殴るふりをして、フライヤに子猫のようにじゃれつく。フフっと声を立てて、フライヤはエーコを両手で抱き上げ、目線の高さを合わせる。
「ではお詫びにブルメシア流スペシャル護身術、おぬしに伝授してしんぜよう」
「うん!」
フライヤに遊んでもらえるのと、彼女の機嫌も良くなったので、エーコも実に嬉しそうな顔をする。
エーコはフライヤに手を引かれ、仲良く肩を並べて城の庭へと向かった。




数日後。
フラットレイが旅から戻って来た。スタイナーは直接、アレクサンドリアに戻ったという。
「心配かけてすまなかった」
潔く頭を下げるフラットレイに、不安ばかり募らせていたフライヤは、どうしていいか分からず、ずっとそっぽを向いている。
「…フラットレイ様はずるい。あれ程どこへも行かぬと約束されたのに、行き先すら告げずにまた旅に出てしまわれた。
ブルメシア一の竜騎士であられるフラットレイ様の身に、万一の事があるとは思うておりませぬ。
フラットレイ様がおられぬ間、私が最も不安で心細かった事。それはフラットレイ様が私に何1つ教えて下さらなかったという事じゃ。ただその一事だけが口惜しくて、心細くて…。
けれど私がこんな思いをさせられているというに、この私はフラットレイ様に対し意趣返しの1つすら思いつかぬのだから…!」
悲しみ故の怒りに肩を震わせるフライヤに、フラットレイは深いため息をついた。
「だろうね。大事な約束を破ったんだ、竜の紋章の1つや2つ位じゃ済まないだろう。覚悟はしている」
フラットレイはフライヤから決して目を逸らさず、毅然とした態度でそう言った。
「…他の者ならいざ知らず、私がフラットレイ様に手を上げれる訳がありませぬ。だからずるい、と言っているのです!」
ああ、もうひどい情緒不安定に陥っている、とフライヤは心の中で叫んでいた。
「詫びて下さるとおっしゃられるのでしたら、最初から全てをきちんと話して下さい」
ほんの少しでも、気分を落ち着ける時間が欲しい。
「もちろん、そのつもりだとも」
フラットレイがほっとしたようにうなずく。
「―――実はリンドブルムに来てから、ある宝石(いし)を探していたんだ。君が私にくれた竜珠の代わりに、君にあげたいと思ってね」
「竜珠でしたら、私の物をフラットレイ様に差し上げた時、貴方はご自分のを私に下さいましたが?」
フライヤが今もそれを身につけている事を、フラットレイも承知の筈だが?という風に彼女が首を傾げる。
「でも今の私は、君にまだ何も贈ってはいないからね」
軽く笑うフラットレイに、言ってはならぬ事を口にしてしまったと感じたフライヤが押し黙る。
「リンドブルム中のあらゆる宝石店や合成屋まで足を運んだんだけど、どうしても納得のいく物が見つからなくてね。大公殿やタンタラス団にも協力してもらって、いろいろ情報を集めた結果、直接フォッシル・ルーまで行くのが一番良いだろうという事になったんだ」
フォッシル・ルーの坑道では今でも質の良い宝石が産出する為、リンドブルムが霧の大陸の宝石取引の中心となっている。貴族の街トレノでも宝石の流通は盛んだが、質の良い宝石がより安く手に入り、しかも工業国ゆえの緻密なデザインの細工物が数多く出回っているという事でトレノの宝石商もこちらに買い付けに訪れる位である。
情報集めの為にモグネットで、トレノを擁するアレクサンドリアのガーネット女王に連絡を取ったところ、自分も同行したいと言ってスタイナーが、宝石のありかに詳しいスティルツキンを連れて来た。どうやらアレクサンドリア城に伝わる古地図を見せる約束で、1人孤高の旅を続けるモーグリをつったらしい。
最初はフォッシル・ルーの採掘を続ける盗賊達から直接、原石を買うつもりでいたフラットレイだったが、スティルツキン曰く「奴らはふっかけて来やがるから、止した方がいいな。それより良い所があるんだ」という事で、絶対に他言しない事を条件にフォッシル・ルーを流れる川の下流へと案内された。
スティルツキンしか知らない秘密の場所には、川の流れに洗われ、流れ着いた宝石の原石がいくつも川底に転がっていた。
原石を見極めるという慣れない作業に苦労したが、スティルツキンが手伝ってくれたおかげで何とか2人は目的の物を見つける事が出来た。
「これがその宝石(いし)だ。リンドブルムの一流店で磨いてもらってある」
フラットレイは懐から小箱を取り出すと、美しくカットされたエメラルドをフライヤの手に乗せた。
「なんて綺麗…。どうりでフラットレイ様が、石を探すのに苦労された訳ですね」
手の中で深く鮮やかな美しいグリーンに輝いてるエメラルドを見つめながら、フライヤがつぶやく。
昔から“欠点の無い人間を探すのは、傷の無いエメラルドを探すようなものだ”という諺通り、ヒビや内包物の少ないエメラルドを見つけ出すのは極めて困難な事だった。
見事な宝石に溜息をつくフライヤの様子を、フラットレイは嬉しそうに眺めている。
広いリンドブルムの街中を探しても、フライヤの美しく澄んだ瞳の色に負けないような綺麗な宝石(いし)がどうしても見つからなくて、苦労したかいがあったというもの。
フラットレイは口元を引き締めると、さりげなく言葉を紡いだ。
「エメラルドは、花嫁が持つと幸福をもたらす石、と言われているからね。それに風の魔力も持っている。だからどうしてもこの宝石を指輪にして君に贈ろうと思って。受け取ってもらえるだろうか?」
「指輪? したが、このような大粒の宝石の指輪など、槍をふるう邪魔になるだけではありませぬか」
首を傾げるフライヤに、緊張に身を固くしていたフラットレイが、呆けたように口をぽかんと開ける。
「ク…クク…。流石は我が最愛なる竜騎士殿だ。…クク」
肩を震わせ笑い声を立てるフラットレイを、フライヤは不思議そうな表情で眺めている。
「いいとも。指輪が嫌ならネックレスでも、そのマントを留めるブローチにでも、君がそれを受け取ってくれるなら何でもかまわないさ。
…で、肝心のプロポーズの答えを聞かせて欲しいのだが、我が竜騎士殿?」
クスクスと笑い続けるフラットレイの言葉に、今度はフライヤが硬直してしまった。
―――プ、プロポーズ? そう言えば花嫁の石って……ええっ?!
ようやくフラットレイの真意を悟ったフライヤは、耳まで真っ赤になっている。頭の中がぐるぐるして、心臓は早鐘を打ち、顔だけではなく身体中が火照っているかのよう。
けれどフラットレイの視線と目が合った途端、不思議と心が落ち着いた。
フライヤは軽く呼吸をすると、小さな声でけれどもしっかりとした口調で、フラットレイからのプロポーズの答えを口にした。
「――――はい」




そして更に後日譚。
アレクサンドリア女王ガーネット・ティル・アレクサンドロス17世の、17回目の誕生日に招かれたフライヤとフラットレイは、ガーネットに謁見する為にアレクサンドリア城を訪れていた。
パック王子も途中まで同行していたのだが、やんちゃな王子はアレクサンドリアの街に入った途端、姿を消している。2人の邪魔をしたくないと考えたのか、それとも2人のあまりの熱愛ぶりに耐えられなくなったのかは定かでない。
いずれにせよアレクサンドリアの街はパックお気に入りの遊び場所であり、アレクサンドリア・リンドブルム・ブルメシアの三大国会談も予定されているので、パック王子もガーネット女王の元に必ず現れる筈なので心配はない。
「お久しぶりです。フライヤ殿、フラットレイ殿」
ベアトリクスが城の入り口まで、2人の迎えに現れた。
「久しいの、ベアトリクス。おぬしも元気そうで何よりじゃ」
ベアトリクスの敬礼に、フライヤとフラットレイも竜騎士の敬礼を返す。
「ガーネット様より、お2人がご婚約されたとお聞きいたしました。おめでとうございます」
「ありがとう」
「ありがとうの」
弾む声が、見事なハーモニーを奏でる。
「ガーネット様も早くお2人にお会いして、お祝いを申し上げたいとおっしゃられております。ご案内致しますので、どうぞこちらへ」
ベアトリクスの先導で城の大広間を抜け、女王の間への階段を上って行く。
「ベアトリクス殿、1つ伺っても宜しいでしょうか?」
「何でしょう?」
「しばらく前に、私はスタイナー殿と共にフォッシル・ルーまで旅に出たのですが…」
「はい、存じております」
打てば響くようなベアトリクスの返事。
「その際に彼は見事なルビーを2つ、貴女へ贈るのだと言って持ち帰りました。小さい方は指輪に、そして大きい方は剣の柄飾りにするのだと」
「ええ。ご覧になりますか?」
ちょうど回廊にさしかかった所だったので、ベアトリクスは足を止めて愛用のセイブザクイーンを剣帯から外して、2人の前に差し出した。
柄の先端に美しい輝きを放つ深紅のルビーがはめ込まれている。
「ほう、見事なものじゃな」
フライヤとフラットレイが礼を述べると、ベアトリクスはセイブザクイーンを再び腰に戻す。
「ところでベアトリクス。おぬし指輪の方はどうされたかの?」
核心に迫る質問は、1年前、共にアレクサンドリアで戦って以来、親しくしているフライヤの方が問うた。
「指輪なぞ、戦闘の邪魔になるだけですから。…普段はこのように」
ベアトリクスが胸元から、ルビーの指輪を金鎖に通したネックレスを取り出すと、フライヤが思わず吹き出した。
「多分そうだろうとは思っていたが、おぬしも私とそっくり同じ台詞を言うとはな。私もフラットレイ様からいただいたエメラルドを、指輪ではのうてブローチにしてしもうた」
そう言ってフライヤは、マントの襟元に誇らしげに輝く宝石を示した。
まぁ、と言うようにベアトリクスの口が動く。
そしてフライヤと顔を見合わせるや、互いにクスクスと明るい笑い声を立てる。
フラットレイに至っては、ベアトリクスの言葉を聞いた時から、苦しげに肩を震わせ身体を折り曲げ、それでもベアトリクスの手前礼は失するまいと懸命に笑いをこらえている。
指輪をわざわざ作らせた分、スタイナーの方が気の毒だったかも知れない。
ブルメシアとアレクサンドリアが誇る女騎士達は、共に宝石で華麗に身を飾り立てる事よりも、実の方を選んだようだった。
そして彼女達の戦う姿は、宝石などよりよほど美しく輝いている事を、その贈り主達は最初から知っている。知った上で尚、輝ける女騎士達に少しでも似つかわしい、美しい宝石を男達は懸命に求め探し出して、その想いを託した。
だが続くベアトリクスの言葉には、フライヤもフラットレイも凍り付いた。
「…それにしても私の誕生日の贈り物に、このような立派な宝石をいただくのは嬉しいのですが、スタイナーは10日以上もガーネット様をお守りするという大事な任務を放り出していたのです。来年もこのような事がないよう、スタイナーにはきつく言い置いたのですが…」
ふうと肩を落とすベアトリクスに、フライヤとフラットレイは互いに顔を見合わせる。
確かに誕生日当日に贈り物をして、当然ながら誕生日プレゼントと思い込むベアトリクスに、それはカン違いなのだと意見できる勇気のある者はアレクサンドリア城広しといえど唯1人、ガーネット女王その人しか存在しない。
『スタイナーも気の毒に…』
目顔で言葉を交わすと、2人は深いため息をついて天を仰いだ。

落胆する竜騎士達をうながし、再び女王の間へ向かうベアトリクスは心の中でつぶやく。
本当はスタイナーがどういうつもりで、自分に指輪をくれたのか理解っている。
あの無骨で不器用な、けれどまっすぐな気性の男が、顔を赤くしながら真剣な瞳で、私に指輪を渡してくれた時、とても嬉しかった。
けれど、私は彼の気持ちに応える事は出来ない。
…私は今日、アレクサンドリアを、そしてガーネット様の元を永遠に去るのだから。
私の半身とも言えるセイブ・ザ・クイーンは、ガーネット様にお返ししよう。私にはただ1つ、この指輪の思い出があればいい…。

女王の間の扉の前で、ベアトリクスは規則正しく3回ノックした後、扉を開く。
玉座のガーネットが嬉しそうな笑顔で立ち上がって、2人を迎えた。
「よく来て下さいました、フライヤ、フラットレイ。婚約おめでとう」
「ありがとうございます」
仲良く手をつないで、ブルメシアの恋人達は玉座の前に進み出る。
その背後で、ベアトリクスは女王の間の扉を音もなく閉じると、ガーネットの私室へと足を向けた―――



−Fin−





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