The Cross Moon





ここはリンドブルム、劇場街。
「早く早く、フライヤ! あと1時間で公演が始まっちゃうんだからさ!!」
形の違う尻尾の男女が仲良く手を繋いで…と言うよりは、小麦色の尻尾の少年に、細い闇色の尻尾に黄金のリボンを結んだブルメシア人の女が、引きずられるような格好で、大劇場の楽屋口へと入って行く。
「本当にフラットレイ様の行方を知る者が、ここにおるのであろうな、ジタン?」
「もちろん。絶対確実な情報だぜ!」
ジタンは、陽の恵みをいっぱいに受けた小麦の色の尻尾をゆらゆらと揺らして、フライヤに明るい笑顔を向ける。


恋人を捜す旅の途中、リンドブルムに立ち寄ったフライヤは、久方ぶりにタンタラス団の面々と再会を果たした。
数日間のリンドブルム滞在中、恋人の手がかりは思うように掴めなかったが、出立する前に、タンタラスの公演を見に来て欲しいとジタンに言われていた事を思い出し、大劇場を訪れたのであるが…。


ジタンの案内でフライヤが連れて行かれたのは、狭い通路にずらりと並んだ楽屋の1つ。
ジタンが扉をコンコン、とノックする。
「フライヤ連れて来たぜ」
「待ってたで、入りぃな」
独特の口調の返事が返って来て、ジタンが扉を開ける。
フライヤの予想に反して、楽屋の中にいたのはルビィ1人。彼女は既に舞台衣装に着替え、メイクも済ませて、後は出番を待つばかりの格好で鏡の前に座っていた。
「……で? フラットレイ様の行方を知っているという者は、どこにおるのかの?」
フライヤは腰に片手をやって、ゆっくりと狭い楽屋内を見渡す。
「まぁ、そう慌てんなって。2人とも、そっちのテーブルに座って待っててや。
………うふふ♪ これや、これ!」
ルビィがうきうきと取りだしたのは、ドラゴンの図柄が描かれたタロットカード。
「最近、流れの民の婆さんから教わったんやけどな、これがよう当たるんよ♪ 行方不明の恋人の居場所だって、ばっちりや」
「最近…ねぇ。ジタン、おぬしは何か占ってもらったのかの?」
「え、俺? 俺はその…う、占いは信じるタチじゃないからさ!」
ジタンが妙に慌てたそぶりで、手をブンブンと横に振る。
「それより、こないだブランクが女難の相が出てると言われて、その次の日、見事に女にフラれてさぁ〜」
「シナが仕事でドジ踏んで、ボスからお仕置きくらったのも当てたで。…たく、人が折角忠告してやったのに、全然うちの占い、信じんもんだから」
ルビィがちょっぴりふくれる。
「他にもな、マーカスがトレノのカジノで大負けしたのや、ゼネロ達3兄弟が旅先でグランドドラゴンに襲われて、えらい目に遭うたんも当てたんや♪」
「…バクーはどうなのじゃ?」
「それが、ボスもジタンと同じでな。うちが占ってやる言うてるのに、いっつも何だかんだ言うて、逃げ出すんよ」
何だかルビィの占いには、ろくな結果が出ない。これではジタンがルビィの占いを嫌がるのも、無理からぬというもの。
「…つまり、私はジタンの身代わりという訳か」
ちらりとジタンを軽く睨むと、少年は悪びれた様子もなく、へへと小さく含み笑う。
「ま、どうせこんな事だろうとは思っておったがの」
フライヤはやれやれ、といった風に溜息をつく。
「でもさ、ルビィの占い、結果はともあれ本当に良く当たるんだぜ。
フライヤも、フラットレイの行方を探すだけじゃなく、ついでに恋愛運でも見てもらったら? 行方不明の恋人より、いい男が目の前に現れるかも知れないぜ?」
ジタンはそう言いながら、立てた親指でしきりに自分を指さす。
「阿呆めが。おぬしよりフラットレイ様の方が、何十倍もいい男に決まっておる」
呆れたように冷たい目を向けるフライヤに、ジタンはちえっと、おどけてふくれて見せる。
2人のやりとりにクスクスと笑い続けるルビィが、こう言う。
「ジタンの馬鹿はいつもの事やけん放っといてな、ほんまにフライヤの恋愛運、占ってあげるで?」
「いや結構」
フライヤは首を横に振った。
「―――結果は…わかっておるからの」
フライヤはそう言うと、ルビィからタロットを受け取り、横一文字にカードを広げる。裏返しのカードの中から、フライヤは1枚のカードを選んで引き抜いた。
「…また、おぬしか」
彼女は微苦笑すると、カードをテーブルの上に置いた。
フライヤが引いたのは、焔を纏った巨大な火竜(サラマンディア)と、その足元に鎖と蜘蛛の巣で繋がれた人間の髑髏の図―――『悪魔』のカードだった。
「カードの意味は“誘惑”……そして“後はあなた次第”」
フライヤは一種凄絶な笑みを、ルビィに向けた。
流れの民が好んで使う伝統的なタロットでは、悪魔の足元で、ごく緩い鎖に繋がれた人間の男女の姿が描かれている。
望めばいつでも鎖を自ら外して自由になれるのに、彼らはそうしようとはしない。…いや鎖に繋がれている事にすら、気付いてないのかも知れない。
「旅の途中でフラットレイ様の行方を知る手がかりになればと、やはり何度か流れの民に占って貰ったのじゃがの、いつも最終結果にこのカードが出るのじゃ」
―――このカードは、私の心の弱さそのもの…。2年もの間、世界中を訪ね歩いて、フラットレイ様の手がかりは何1つ見つからなんだというのに…訊ねた誰もがあの方の訃報を信じて疑わぬというのに、私はまだ…諦められぬ。
辛い旅をこれ以上続けるより新しい恋人を見つけろというジタンの言葉も、わからないでもない。そうすれば、どんなに楽になれるか、全く考えなかった訳でもない。
―――けれど、やはりダメじゃ。あの方を…私を抱きしめてくれるあの方の腕の優しさを忘れるなど、私には出来ぬ。
騎士の最高位である紅の竜騎士、王家に生まれた竜の娘、風見の力授かりし風の巫女…。
あまりに多くの物を背負った彼女が、唯一、何も考える必要もなく、ただ暖かな彼の人の腕の中に包まれて、穏やかで静かな眠りにつける場所。自分がありのままの自分でいられる、ただ1つの場所。
優しい記憶は、甘やかな呪縛の鎖となって、今もフライヤを蒼の竜騎士に縛りつけて離さない。
―――想いの鎖を自ら外し、あの方の事を全て忘れて生きる勇気は、私には…ない。
「“人の心の弱さに悪魔はつけ入り、誘惑する”か。…それでもフライヤは恋人探しの旅を続けるんやろ?
人の想いは、誰かが――例え悪魔が、誘惑の言葉を耳元で囁こうが――どうこうできるもんでもあらへんしな」
物思いに耽るフライヤの思考をまるで見透かしたかのように、ルビィの瞳が悪戯めいた光を煌めかせる。
「よっぽど惚れとるんやな、その恋人に。
うちなんて、見ての通りの掃き溜めやからなぁ。何だかフライヤが羨ましいわ」
ロマンスに憧れる乙女の、羨望の溜息混じりに微笑むルビィにつられて、フライヤもかすかに笑みを見せる。
一方、2人の会話に置いてきぼりを食らったジタンは、所在なさげに尻尾をぷらぷら揺らして困惑していた。
「え〜と、もしもし? 何だかお2人の会話が、全っ然見えないんだけど」
フライヤの言葉だけでは、カードの意味が全く理解出来ないお子様が、説明を求める。
「つまりそうじゃの…。たとえ地上で最も知恵と魔法に優れた者、竜とて、永遠に空を飛びけておられる訳ではない。飛び続ける為には、羽根を休める場所が必要じゃ。
地上に生きとし生ける者は全て、大地という鎖に縛られると、まぁそういう事じゃな」
ジタンはますますわからない、といった表情で、金の髪をぽりぽり掻いている。
「ん〜。なんか…良くわかんないけどさ、フライヤにとっての“竜が羽根を休める場所”ってのが、フラットレイって事なんだろ?」
「まぁの」
口元で小さく微笑むフライヤの表情は、今までジタンには決して向けられた事のない、寂しげな、けれどとても美しいものだった。
フラットレイを愛していると、輝くような誇りを全身で表している、そんな見る者が切なくなる程、綺麗な笑みだった。
ジタンは、フライヤにそんな表情をさせる、まだ見ぬフラットレイという男に、嫉妬とも羨望ともつかぬ奇妙な胸の痛みを覚える。
「そんなに想ってる恋人だったら、どうして、いつ戻るかさえ判らないような旅に出るのをOKしたのさ?」
ジタンはつい、長いこと思っていた疑問を口にする。
「“最愛の者であるからといって森を渡る風を止める者はいない。とどまれば風は生命を失う”」
それはジタンも知っている、古きバラードの一節だった。
風と大地の妖精王に、炎の妖精の姫君は答えて言う。
「“例えそうであっても、私ならば、腕の中に抱きしめてどこへもやりはしない。私の想いが相手を殺そうと、共に滅びて本望です”。
…うちなら、恋人をどんな事をしてでも引き留めるか、それが叶わぬなら一緒について行くけどな」
情熱の紅い石の名を持つ少女は、まっすぐに顔を上げて、正面からフライヤを見据える。
「そう出来たなら、私もどんなにか良かったと思うがの。今更嘆いたとて、時は過去には戻らぬ」
フライヤは静かにそう言って、再びあの美しい笑みを見せた。
「時、と言えば、おぬし達の公演ももうすぐ開演ではなかったのかの?
フラットレイ様の行方を占ってくれると言うのであれば、急いだ方が良いのではないか?」
フライヤの言葉に、ジタンもルビィもあっと叫んで、時計を見やる。
「そうやそうや。ちょうどええわ、フライヤ。この中から、もう1枚カードを引いてぇな」
フライヤはルビィに言われるまま、カードを次々に引いた。
「え〜と、最初に引いた『審判』のカードが示しているのは“北”の方向やね。リンドブルムから北の方向に行けば、何か恋人の手がかりが掴めると思うで♪
次のカードは、ソードの3とペンタクルスの5か。
3の月と5の月、あるいは3と5のつく日、もしくは3年後か5年後に、何かある筈や」
「ふ〜ん。何かいーかげんな占いだなぁ」
ジタンのツッコミに、ルビィが柳眉を吊り上げる。
「なんやて? これはこーいう占いなんや! とにかく3と5の数字のつく時がポイントやと、フライヤに覚えておいてもろうたらええんや!」
いつもの騒ぎが始まりそうになったので、フライヤがしれっとした顔で2人の間に入る。
「よさぬかジタン。私はもう客席の方にゆくぞ。おぬしらの舞台が終わったら、もう1度バクーらの所へも挨拶に来よう。
ルビィ。おぬしの占い、感謝するぞ」
そう言ってフライヤは立ち上がり、優雅に軽く頭を下げると、楽屋を出ていこうとする。
「あ、おいフライヤ! もう少しここにいても…」
「フライヤ。ちょっと待ってぇや!」
ガタン、と立ち上がったルビィの声に、フライヤが振り返る。
ルビィは急いで残ったカードを表に返すと、中から1枚のカードを抜き取って、フライヤに手渡す。
「これ、恋人に会えるお守りや。持ってってぇな」
蒼と紅、見つめ合う2頭の竜が描かれた『恋人』のカード。
蒼の竜騎士と紅の竜騎士。まるで対である自分達をそのまま描いたようなカードに、フライヤは微笑んだ。
「…本当に良いのか? これでは占いが出来ぬであろう?」
「いいっていいって。実は予備におんなじカードがもう1組あるけん、これはうちからの餞別と思うてや」
「ではありがたく頂戴しようかの」
フライヤはカードを大切に懐にしまうと、楽屋を後にした。
パタン、とドアが閉められると、ひらひらと笑顔でフライヤに手を振っていたルビィが、重い溜息をつく。
「…フライヤさん、本当に大丈夫やろうか。何だか心配やなぁ」
「? また何か悪いカードでも出てるのか?」
少年がルビィのつぶやきを聞きとがめる。
「そうや。――このソードの3は見ての通り“悲しみ”と言う意味や」
ルビィはテーブルの上の、ハートに3本の剣が突き刺さったカードを指し示した。そして彼女は引き出しから、タロットの本を取り出す。
「ペンタクルスの5は、こっちの絵のがわかり易いからな。ほら、教会の前を歩く乞食の男女が描かれてるやろ?
この2人はうつむいて歩いてるから、教会がそこにある事に気付かない。…でも“視点を変えれば、救いは常にそこにある”。
このカードはそういう意味なんや」
「そうか……。あのさ、ルビィ。予備のカードがあるって…あれウソなんだろ?」
ジタンが何となく、感じた事を口にする。
「ほんま、あんたって時々、妙にカンが鋭いんな。
あんたの言う通り、予備のカードはあらへん。でも、カードはそうしようと思えば、いつだって手に入れられる。そんな事より、うちがフライヤにしてあげられる事って、あれぐらいしか出来へんからな。
あんただって、フライヤをここに連れて来たんは、単に占いが嫌で自分の身代わりにする為じゃあらへんのと、同じやねん」
ルビィが微苦笑を浮かべた。
「なぁジタン。流れの民の婆さんが言っていた。カードを操るのは、常に人の手なんやと。…それを運命と呼ぶかは、その人次第や」
「運命を…操るのは人の手…か」
言葉遊びのように、ジタンがつぶやく。
愛しき者を追って世界を彷徨う彼の人が、運命の糸をその手でたぐり寄せ、あの『恋人』のカードに描かれたつがいの竜達のように、再び蒼の竜騎士の腕に抱かれん事を。
美しく哀しい瞳をした彼の人の為に、ジタン達は心から祈らずにはいられなかった。






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