青き祈りのかけら 2 


「あ、おはよー、フライヤ。メシの仕度もう出来てるぜ」
翌朝。不寝番を交代してテントで眠っていたフライヤが、目を覚まして外に出てくると、朝食の仕度を手伝っていたジタンが声を掛けて来る。
リンドブルムから近くの村に使いに出て道に迷った子供だと言って、昨夜彼女はジタンを男達の眠るテントに放り込んだのだが、その生来の明るさと人なつこさからか、朝食の仕度をしている隊商の者達とすっかり馴染んでしまっている。
「盗賊じゃと言うたが、悪人という訳ではなさそうじゃの」
フライヤは苦笑しながら1人つぶやくと、お玉を手にスープを配るジタンの所へ行き、椀に盛ったスープとパンを受け取った。

野営地を出発した隊商はリンドブルム高原をひた走り、夕刻前にリンドブルム竜座の門へと到着した。
「ここでお別れだな、フライヤ。あんたがいてくれて本当に助かった。ありがとう」
隊商の長から護衛の礼金を受け取ったフライヤは、袋の中を改めて首を傾げる。
「はて。これは約束の額より、かなり多いのではないか?」
「いいって事よ。余分の金で新しい槍が買えるだろう? 皆からの気持ちと思ってくれ。あいにく俺の扱う品に刀剣の類はないが、リンドブルムには良い武器屋が幾つかあるからな」
「では遠慮なく」
正直言ってとても助かる。フライヤの気に入った槍が見つかった所で、果たして手持ちの路銀でそれを手に入れられるかどうか、少し心許なかったのである。
「またこの大陸のどこかで出会う事があったら、そん時はまた頼むよ」
「ありがとう。おぬし達の商売がうまくいくよう祈っておる」
門をくぐった所でフライヤは隊商と別れた。商人の娘の1人を口説いていたらしいジタンが、もう皆が行くからそれじゃねとあっさりフラれて戻って来る。
「フライヤ。武器屋に用があるんだろ。腕の良い合成屋を知ってるから、とりあえずそこへ行ってみようぜ」
女の子を口説きながらも、しっかりフライヤの会話を聞いていたらしい。
「何故におぬしと一緒に行かねばならぬのだ。その合成屋の場所を教えてくれれば、それで済む事ではないか。おぬしリンドブルムに家があるのだろう? 疾く帰るがよい」
「え〜。だって俺を捕まえたのはフライヤじゃないか。一宿一飯の恩もあるし、俺、フライヤの行く所だったら、どこでもお供しちゃうもんね♪」
フライヤは美人だから、こんな綺麗なお姉さんの捕虜になれるなんてラッキー♪などと、ほざくジタンに、フライヤはこんな事なら食事などやらずに、あの場で切り捨てておけばよかったと心底後悔する。
暗くなる前に早く行こうぜ、とフライヤの手を取ってさっさと歩き出すジタンに、とんでもない奴をうっかり餌付けてしもうたと、肩を落としてとぼとぼ付いて行く。

商業区の奥まった路地にその店はあった。
“トーレス合成屋”。繊細な曲線を組み合わせた透かし模様の金属の吊し看板は、ここの鍛冶師の優れた腕を物語っている。そして何より、その看板に描かれた竜の片翼のマークにフライヤは見覚えがあった。
それはフラットレイがリンドブルムに公務で出かけた際に、街中の合成屋で一目見て気に入って購入したという懐剣に刻まれていた、鍛冶師を示す銘であった。
もしかしたらという想いに駆られ、フライヤは早速店内に入る。
「店主、槍を探しているのじゃが。いくつか品を見せてもらっても良いか?」
合成屋には客が持ち込むアイテムから武器を作る他にも、鍛冶の業物が所狭しと並んでいた。応対した頑固そうな老人が、好きなだけ見ていっておくれと償いた。これはと思う槍や剣をいくつか手に取り納得した上で、フライヤは老人に先端を布でくるんだ槍と折れた穂先を見せる。
「実はお恥ずかしい限りなのじゃが、旅の途中で槍を折ってしもうての。代わりを探しておるのじゃ」
「ふむ…。これはずいぶんと使い込まれた槍だな。良く手入れもされている。…だが使い込んだせいで、刃の部分が大分薄くなっておる。おそらくは槍の寿命を使い果たしたのであろう。お嬢さんのせいばかりではないよ」
老人は折れた槍と穂先を検分してそう言った。
「そうさの、2週間程待ってもらえるなら、質の良い極上のミスリル銀が入荷する。この槍も見たところかなりの業物のようだし、ミスリルと合成してみるのも面白いだろう」
「急ぐ旅でもなし、おぬしに任せるとしよう」
それから槍の形や柄の長さ太さなど、委細を打ち合わせて決めた。
「…ではそのようにお顔いする。ところで店主、話は変わるがここ2年の間にこの店にブルメシアの竜騎士が訪れた事があるじゃろうか? 名前はフラットレイ・ハイウインドと言って、くすんだ金髪に着い瞳、赤い柄の片刃の槍を持っておるのじゃが」
「さあなぁ。うちの店はお城の兵士の方々に御鼻眉にしていただいてるおかげで、時々リンドブルムに公務で訪れる竜騎士が何人か、来ては品を見ていく事があるからなぁ」
そうか、とフライヤは目に見える程落胆する。
「まてよ親父。そのお嬢さんの探し人かどうかは判らないが、片刃の槍を持った竜騎士なら、前に刃の研ぎを頼みに来た事があったろう? 珍しい型の槍だったから、覚えてるんだ」
奥の炉の前で何やら作業をしていたウェインが、2人のやりとりを聞いていたらしく、奥からカウンターの前へと出て来た。
「おお、そうだった。帳簿を見れば、何か判るかもしれん」
トーレスは早速帳簿を取りだして、ページをめくり始めた。
「あった。確かに去年の夏頃に、赤い柄の片刃の槍を研ぎに出したブルメシア人がいるが…これはお嬢さんの探している人かね?」
彼が示した帳簿にはフラットレイの名ではなく、シグルドと書かれていた。
「…ブルメシアの伝承にある古の偉大なる竜の名じゃの。じゃが、私の知る限りこの名の竜騎士は、通り名や渾名を含めてもブルメシアにはおらぬ筈」
だが気になる。片刃の槍を愛用する竜騎士はフラットレイも含めて片手で数える程しかおらず、ましてや赤い柄の槍ともなれば。
フライヤは知らない。古の竜の名を名乗るその竜騎士は、確かにフラットレイであるのだが、彼が記憶の一切をなくし、己が過去を求めて世界を彷握っている事を。
「確かその人ほ旅の途中とか言ってたなぁ。ほら、連絡先が宿屋の名前になってるだろ?」
「なるほど、ではこの宿に行けば更に何か判るやも知れぬな。礼を言う」
ウェインから宿の場所を聞き、代わりの槍を借りて、フライヤとジタンは合成屋を出た。
「なーなーフライヤ、そのフラットレイとかいう奴、何モン?」
「フラットレイ様はブルメシア最強の誉れ高い竜騎士じゃ。3年程前に修行の旅に出たきり、行方知れずになってしまわれたのじゃ」
遠くを見つめて淡々と語るフライヤの横顔はひどく寂しげだった。ジタンに剣を突きつけた女騎士の研ぎ澄まされた鋭い気迫が消え失せ、そのまま風に溶けてどこかへ消えてしまいそうな程修げな空気を漂わせる。
「そのフラットレイって、フライヤの恋人ってヤツ?」
何故だかもやもやとした苦い胸の痛みを覚えながらジタンが訊ねると、フライヤは静かに額いた。
「フラットレイ様が旅立つ時、1年経ったら必ず戻って来ると私に約束して下さった。…けれど約束の1年を過ぎてもフラットレイ様はブルメシアには戻られなんだ。
そればかりか、あの方がどこかの地で果てたという噂が、ブルメシア中で囁かれておる。
あの方は自らが立てた約束を決して破るようなお方ではない。私は居ても立ってもおられずに、こうして故国を飛び出して来てしもうたという訳じゃ」
己の感情を交えずただ事実だけを述べて、自嘲気味にかすかな笑みを見せるフライヤの、エメラルドの瞳が切なく揺れている。
「…俺だったら、いくら強くなりたいといっても、恋人を悲しませてまで修行の旅に出たりなどしないのにな」
本気でそう思った。
「おぬしは良い子じゃの」
フライヤがふと口元を綻ばせ、ジタンの頭を撫でる。
「子供扱いするなよ」
頬を膨らませるジタンに、フライヤは更に彼の頭をグリグリと撫でた。
「良いのじゃ。私は不吉な噂など、信じてはおらぬ。フラットレイ様が旅に出られたのは、フラットレイ様のお考えがあっての事。あの時何としてでもあの方を引き留めるべきであったと思わぬ事がない訳でもないが、過ぎた時は決して戻らぬ。…ならばこうして少しでも前に進むのみじゃ。
そうしていれば、いつか必ずあの方に巡り会えると信じておる」
惨く揺れていたエメラルドの瞳に、出会った時の女騎士の輝くような意志の光が戻っている。燃えるような夕日に照らされる白い横顔は、この上なく綺麗だとジタンは心の中で思った。
「そっか…。とりあえず、少なくとも2週間はリンドブルムにいるんだろ? だったら劇場街の俺んとこのアジトに来ないか? 宿代だって浮くしさ。
劇場街はリンドブルム以外の町からもいろんな奴がやって来るし、ボスのバクーの情報網ならフラットレイって奴の事も何か判るかもしれないぜ」
「劇場街か…。ふむ、行ってみる価値はありそうじゃの。じゃがおぬしの所に世話になると言うても、盗賊の片棒を担ぐ気は毛頭ないぞ」
「…俺達はまっとうな盗賊なの! 客人に、んな事させる訳ねーだろ」
まっとうな盗賊とは一体どんな物だろう…とフライヤは額を抑えたが、とりあえず口には出さなかった。

エアキャブに乗って劇場街へ行き、ジタンの案内で2人はタンタラス団のアジトへと到着した。
「ラッキーカラー商会?」
表の胡散臭い看板を目に止めたフライヤが首を傾げる。それにかまわずジタンはアジトの中へと入って行った。
「ただいまー」
タンタラス団の者は全員、劇の稽古の真っ最中だった。
「あ、ジタンさんお帰りなさいっス」
「ご苦労さんジタン。首尾はどうだったん?」
ジタンが誇らしげに懐から古い日記を取りだして見せると、やったな!と仲間達が口々に歓声を上げる。
「おめー単独での初仕事にしては上出来だ。ガハハ!」
頭のバクーがバシバシとジタンの背を叩く。
「ところでジタン、おめーの連れてきたあの嬢ちゃん、一体何モンだ?」
―――なんと、ジタンの言うていた通り、本当に劇団兼盗賊だったのじゃな。
ちょっと面食らったような顔で、所在なげに入口に立っているフライヤを差して、バクーが訊ねる。彼女の癖である左手を腰に当てながら、フライヤは軽く会釈した。
「私はフライヤ・クレセント。ブルメシアの元竜騎士じゃが、今は故あって王宮を辞して旅をしておる。こやつとは…その、ちょっとした事で、昨日知り合ったばかりなのじゃが」
「でさ、ボス。頼みがあんだけど、フライヤをしばらくここに置いてやってもいいだろ? フライヤにはトレノからの帰りに世話になったしさ」
「ふーん。察するに、おめーがこの嬢ちゃんに迷惑かけたってトコか。知り合ったばかりの人間をおめーがこのアジトに連れて来たって事は、よほどの訳ありのようだな。…話してみな」
鋭い眼光でひたとフライヤを観察していたバクーだったが、事と次第によっては手を貸さぬでもないと言外に言われ、フライヤはジタンとの出会いの詳細は伏せて、フラットレイの事、折れた槍の事など、ざっとあらましを話した。
「…人捜しか。いくらネズミ族の旅人が珍しいと言っても、この広い霧の大陸でたった1人の人間を捜すのは並大抵の事じゃねぇ。広い砂漠の中から、1粒の砂を見つけるようなもんだ」
「わかっておる。これまでにも何度かフラットレイ様らしき人物の噂を聞き、彼の地を訪ねてみても、すれ違いになってしもうたのか結局会えなんだ。
じゃがいつまでたっても戻らぬあの方を想って故国で憂えておるよりも、こうして旅をして少しでもあの方のおられる所に近付けるなら、遥かにマシというもの。国を出た時から、苦労は覚悟の上じゃ」
悲しみに彩られた瞳は、けれどもフラットレイへの強い想いの光を宿して輝いている。
「いいだろう。俺はここリンドブルムだけでなく、トレノやアレクサンドリアの盗賊ギルドにも多少は顔が利く。そのフラットレイとやらの情報、あたってみようじゃねぇか」
「かたじけない」
フライヤはほっとしたような表情を浮かべ、ぺこんとバクーに頭を下げた。
「ただし、条件がある。お前さん、ブルメシアの出身なら踊りは得意か?」
ブルメシアの民は、踊りと音楽の民として広く知られている。
「一応は一通りの手ほどきを受けてはおるが、大したものではないぞ」
フライヤの言葉は謙遜で、彼女の母は剣舞を縮らせたらブルメシア随一と王宮で絶賛される程の舞の名手だった。その母から幼少の頃より手ほどきを受けているフライヤの舞は、母と並んで舞ってもおさおさ見劣りのするものではない。
「じゃ決まりだな。実は5日後から公演があるんだが、踊り子役の女優がなかなか見つからなくてえらく困ってたんだ。情報を集める代わりに、お前さんにそれを演ってもらう」―――お、お、踊り子じゃと〜〜!!
フライヤの頭の中に、芸を生業とする流れの民の娘が好んで纏う、しなやかな肢体を惜しげもなく晒した派手な衣装が浮かんだ。あのようなあられもない格好で、舞台に立てというのか。
だらだらと冷や汗をかき続ける彼女に、バクーが畳みかける。
「上演期間はlケ月。場所はリンドブルム最大の大劇場で、前評判もチケットの売り上げも上々。リンドブルムはもとより、トレノやアレクサンドリアからも客が大勢やって来る。その間ずっと大劇場の看板には役に扮した出演者の似顔絵が掲げられ、パンフレットにも名前が載る。もちろんお前さんの似顔絵もだ。
俺達タンタラス団の劇はこの大陸でも結構有名なんだ。しかも今回の劇じゃ、踊り子の役はなかなかのおいしい重要な役目でな。お前さんの踊りや演技が優れていれば、それだけ世間の話題にもなる。噂を聞いて、尋ね人がここへ現れる事だってあるかも知れねぇ。
どうだ、踊り子の役、やってみねぇか? もちろん出演料もそれなりにはずむぞ?」
痛いところをつかれ、フライヤはうめいた。
フラットレイ様にお会いできる可能性が少しでもあるならば…しかし踊り子の役というのはちょっと…。
「―――良いじゃろう。その踊り子の役、引き受けた」
結局選択の余地はなく、フライヤは不承不承うなずいた。
「ガハハ、そうこなくっちゃな! ルビィ、台本を渡してやれ。晩メシの後で早速、稽古に入ってもらうぞ」
バクーは至極機嫌良く、フライヤの肩をバシバシと叩く。思いがけない展開に、彼女をここへ連れて来たジタンも嬉しそうに尻尾を揺らして、じゃれついて来る。
「俺、踊り子の恋人の騎士役演るんだ! どーせなら劇以外でも恋人同士みたく……痛てっ!!」
「おぬしどこを触っておるのじゃ!」
フライヤに抱きつこうとして、回した手でお尻を思い切り触っているジタンの頭をゴツンと殴る。
「あほうが。ジタンの役は、踊り子に片思いの騎士やねん。フライヤ、こいつにダマされたらあかんで」
女性陣の冷たい視線をジタンは全然気にもせず、偶然だったけどいい思いをしたな〜と、へらへら笑って誤魔化している。
そんな一幕もあったが、食事の後いよいよ劇の稽古が始まった。