青き祈りのかけら 1 


荒野に甲高い金属音が、幾度となく繰り返し響いていた。
剣を振るう荒くれ者の男達に立ち向かうのは白銀の肌と髪をした美しき女竜騎騎士。
街から街へと巡る隊商を狙った山賊の襲撃に、護衛として隊商に加わっていたフライヤ・クレセントは仲間の屈強な男達と共に山賊と戦うが、敵の数はあまりに多く、味方は1人また1人と地に倒れて行く。
「ユリウス!」
最後に残った味方の魔道士が呪文を詠唱し終えるわずか手前で、そうはさせじと山賊の刃が彼を襲った。ユリウスは短い悲鳴を上げて頽れた。彼だけでなく、既に多くの敵味方の死傷者が地に転がっている
残る護衛はフライヤただ1人。彼女に相対する敵は5、6…8人はいようか。
ニヤリ。男達が勝ち誇ったように、野卑た笑みを浮かべる。
だが、負けるわけにはいかない。
荷を積んだチョコボ車の中で、女達が震えながらすがるような祈りを天に捧げているのを、風がフライヤの耳に運んで来る。もしここで自分が敗北するようなことになれば、女達――特に若い娘には――悲惨な運命が待ち受けている。
今の自分にあれが出来るかどうか―――。だが、やらねばならぬ。山賊どもはじりじりと包囲を狭め、間合いを詰めて来る。
『風の精霊よ、我に力と加護を!』
魔力を帯びた古き竜の言葉で叫ぶと、フライヤは槍に己の気を凄まじい勢いで注ぎ込む。フラットレイが最も得意とした技を、頭の中で反芻しイメージをくっきりと心に描く。
「竜剣!」
紅の疾風となったフライヤの槍に、風の刃が纏わりつく。
竜剣の一閃が更に無数のカマイタチへと変化し、敵を切り裂く。1人目の山賊が地に倒れた時にはもう、フライヤのの碧の瞳は次の敵の動きを補足し、斬りかかっていた。
“紅の閃光”と異名を取る程の、目にも止まらの電光石火の槍捌きでたちまち半数の敵を屠ったフライヤに、敵の余裕の笑みが消える。
急激な力の消耗に目の前が暗くなり、これは最後までも保たぬやもしれぬとフライヤは心の中で思うが、彼女は殊更敵に向かって微笑んでみせた。
ふうっと花のごとく口元を綻ばせてみるフライヤの姿は、戦女神がその場に降臨したかと見まごう程、凄絶なまでに美しく、抜き身の刃の切っ先のごとき危険な光に彩られている。
「ひるむな、やっちまえ!」
今度は3人同時に、三方から斬りかかって来た。フライヤは軽いジャンプで難無く逃れ、間合いを取って降り立つと、再び竜剣に風の力を上乗せして敵に迫る。
袈裟懸けに一斬、返す刃でもう一斬!
キィィーン!!
不快な甲高い音と共にフライヤの槍の穂先が折れ、はじけ飛んでキラリと地面に突き刺さった。
山賊共は倒したが、まだ敵はもう1人残っている。フライヤはすぐ側に倒れていた味方の剣を拾って正眼に構えるが、その表情はひどく硬く、剣を握る手つきもどこか不慣れな様子がありありと伺える。
「俺様の部下を屠ってくれて礼をいうぜ、綺麗な姉ちゃん。だが得意の得物がなくっちゃあ、てめぇもお終いだよなぁ?
怖いか? ん?
だがてめぇは殺さないでいてやるよ。てめぇは生かしておいて、後でたっぷりとかわいがってやるぜ」
チョコボ車の中で息を詰めて外の様子をうかがっていた女達が、もはやこれまでかと声にならない悲痛な叫びを上げる。ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべ、男がゆるりとフライヤに近づいて来る。その歩みに従いフライヤが一歩また一歩と後ずさる。トンとフライヤの背がチョコボ車に当たった。
「うぬが首領か」
「おうとも、このフェルディナンド様率いる山賊団と言えば、裏の世界じゃだれもが知ってらぁな」
山賊の首領は笑いながらフライヤに斬りかかった。だが目にも止まららぬその一撃を、フライヤは難なく剣で受け止める。
「チッ」
即座に方向を変えた剣の切っ先がフライヤの右側面から襲って来る。彼女はそれもあっさりと受け流したばかりか、こんな筈ではと戸惑う男のスキをついて、鋭い攻撃を放って来る。
だが敵も流石は百戦錬磨の強者、たちまち激しい剣戟の応酬となった。
先程の怯えた様子はどこへやら、フライヤはひらりひらりと身軽く山賊の攻撃をかわし、鋭い気合いと共に確実に敵の急所を狙って攻撃を仕掛けて来る。
得意の槍を失い、追い詰めたと確信した筈の相手が、実に鮮やかな剣捌きを見せた事に―――そればかりか自分の方が次第に追い詰められている事実に、山賊の首領は焦りを感じ始めていた。
敵が繰り出した斬撃をギリギリでかわし、フライヤが空高く舞い上がる。つられて顔を上げた山賊が、まぶしい太陽の光に目を焼かれ、慌てて腕で顔を覆い隠す。
「ケッ、その手には乗らねぇぜ。お天道様を目くらましに使ったところで、てめぇの殺気が俺に、てめぇの居場所を教えてくれらぁ!」
憎々しげにそう吐き捨て、ニタリと口を両横に大きく広げて彼女をあざ笑う。
ピリピリと肌を刺すような紅い竜の殺気は、遙か天の高みにある。体術には自信がある。ジャンプで降りてきた瞬間その場を飛び退き、剣で仕留める。
男がその瞬間を思い浮かべてほくそ笑んだ、その時。
「ガッ!!」
キラリと上空で何かが光った、と思った次の瞬間。山賊の首領の身体は天より飛来した剣に貫かれていた。
遅れてフライヤが、地面に串刺しになった男の側に、鮮やかに降り立った。
「愚か者めが。武門の国ブルメシアの竜騎士は、槍だけでなくあらゆる武術を身につけておるのじゃ。罪なき者を殺めたうぬの所行、あの世で悔いるがよい」
そう言い捨てるフライヤの周りに、隠れていた女達や商人達がわっと集まって来た。
「フライやさん、早く手当てをしないと!」
フライヤのマントに血が滲み、白い肌に受けた傷が裂け目から覗いている。
「このぐらいの傷、大事ない。とりあえずはポーションと…出来ればエーテルもくれぬか。おぬしらは、私よりも重傷者の手当を先にしてやるがいい」
体内の竜の気を一気に使い果たしたので、フライヤは今にも倒れそうな顔色をしていたが、何でもないフリをしてみせる。彼女は地面に刺さったままの折れた槍の穂先を拾うと、道の端にぺたんと座り込んだ。
立て続けに使ったポーションとエーテルで大分傷も回復し、同時に気力も戻って来る。
「…長いこと無理をさせてしもうたの。すまぬ」
フライヤは詫びの言葉をつぶやいて、愛おしげに折れた穂先に手を滑らせる。
フライヤがブルメシアを出奔してから2年間、ずっと側にあって戦ってくれた槍。竜剣に更に風の魔力を重ね、己の竜の気全て込めて放つという無茶な使い方をした為に、彼女と仲間の生命を護って砕け散ってしまった。
「己の竜の力、全てを御し切れぬとは、私もまだまだ未熟という事か」
折れた槍に向かってフライヤは、1人問いかけるようにつぶやく。
娘達にきちんと傷の手当てを押してもらい、チョコボ車へ戻ったフライヤは、厚手の布で折れた穂先と槍の柄をくるむと、他人の手の届かぬ安全な所へ大切にしまい込んだ。
死傷した仲間の手当と埋葬を終え祈祷を済ませると、隊商は足早にその地を離れた。


その夜の野営地で、フライヤは1人焚火の前で不寝番を務めていた。幸いリンドブルムまであと1日の距離。他の怪我人達はまだ静養が必要じゃからと言って、彼女は真夜中の交代時間まで1人で不寝番を引き受ける事となったのだ。
フライヤは商人の1人から剣を借り受けて身に帯びていたが、やはり得意の槍が手元にないというのはこんなにも心落ち着かぬ物であったのかと、溜息と半ば苦笑混じりに腰の剣に手を触れる。
「明日リンドブルムに到着したら、早急に槍を手に入れねばならぬな」
リンドブルムに着いたら武器屋か腕の良い合成屋を幾つか回って、それからフラットレイの情報を知る者を探して…。リンドブルムは巨大な街だ。どこへ行けば彼の人の噂を聞けるだろうか…。
パチパチと炎のはぜる音を聞きながらそんなことを考えているうちに、昼の戦闘の疲労のためだろうか、フライヤは眠りに落ちていった。

どれくらい時間が過ぎただろうか。ふいに風が変わった。不穏な気配を運んでくる風に、フライヤは薄く目を開けた。
何者かが密やかに隊商のテントへと近づいて来る。フライヤはそのまま眠ったふりを続けた。音もなく歩を運ぶ賊は、こちらが眠り込んでいるものと思って、そろそろと彼女の前を通り過ぎて行く。
フライヤは目を開けると、素早く剣を抜いてジャンプした。わずかな物音に賊は振り向いたが、そこに見いだしたのは燃える焚き火の焔だけだった。眠っていた筈の不寝番は一体どこへ消えたのかと、賊がキョロキョロと周囲を見渡す間に、白き竜が空から華麗に舞い降り、剣の一撃で賊を仕留めた。
「しもうた!」
きゅう、と気絶して転がる賊は、フライヤの予想に反してまだほんの子供だった。霧の大陸を2年間旅して来たフライヤも、少年のふさふさの尻尾は全く見たことがないものだ。
「このような子供が、なにゆえに?」
峰打ちではあるが、少年に怪我はないかどうか確認しようと、フライヤがかがみ込むと…。少年が腰に付けた革袋の中で、何かがキラリと炎に輝いた。不審に思ったフライヤが革袋を開けてみると、まばゆい輝きを放つ宝石がいっぱいに詰まっている。
「一体どういうことじゃ?」
少年の旅装束や装備はごくありふれた物。何の目的があってかは判らぬが、夜中に隊商にこっそり忍び込むなどろくな者のすることではない。この少年が無数の宝石の正当な持ち主とはいささか考えにくい気がする。もしや昼間の山賊と何か関わりのある者だろうか?
フライヤは考えを巡らすと、焚き火の近くに置いてあった桶の水を少年の頭にぶちまけた。
「うぁっ?!」
驚き目を覚ました少年の鼻先に、抜き身の剣の切っ先が突き付けられる。
「おぬし何者じゃ。こそ泥のようなまねをしおってからに、この隊商に何用じゃ!」
「…………」
睨め付けるフライヤを上目遣いでうかがいながら、少年はゆっくりとした動作でそろそろと起き上がる。
ぐぅぅぅぅぅ…。
情けない腹の虫の音が、無言の睨み合いの張りつめた緊張感を破る。てへ、と少年は頭をかいた。
「見つかっちまったからにはしょーがない。俺、喜んで綺麗なお姉さんに捕まっちゃう♪
雑用でも何でもするからさ、メシ食わせてくれない? 旅の途中で食料全部なくなっちゃって因ってたんだ。
俺の名はジタン・トライバル。リンドブルムの劇団タンタラスの団員さ」
妙に人なつこい…というよりあまりに脳天気な科白と笑顔を浮かべるジタンに、フライヤは柳眉をきりきりと吊り上げた。
「……劇団員じゃと? ならばおぬしのその腰の袋は何なのじゃ?!」
怒気と共にフライヤの剣の切っ先が喉元に触れる。ジタンはしまった、という顔をしたが、やがて観念したのかゆっくりと両手を上げる。
「…わ、わかったよ。頼むからその剣を下ろしてくれないか、綺麗なお姉さん。これじゃ詰も出来やしない」
「…………」
フライヤは少年を睨みつつ剣を下ろしたが、抜き身のそれをまだ手に持ったまま、顎で話を促す。

―――かつて古(いにしえ)の時代、長期の航海にも耐えられる大型船がアレクサンドリアで初めて建造され、イプセンなどの探検家達が夢と冒険を求めて次々と霧の大陸を飛び出していった。その当時海を荒らし回った偉大な海賊が、集めたお宝を隠したという洞窟の地図があるという。
それがトレノのとある貴族の屋敷に保管されていると聞き、ジタンは単身トレノへと向かった。けれどジタンがトレノに到着するわずか半日前、その貴族の屋敷に賊が忍び込み高価な宝石類を奪って行ったのだった。
屋敷に仕えるメイドの少女から、盗まれた金品の中に古ぼけた日記帳、すなわち海賊の適したお宝の地図が含まれていると、世間話ついでにさりげなく聞き出したジタンは、頭のバクーが懇意にしているトレノの酒場のマスターのツテで、賊のアジトの情報を手に入れた。
「山賊フェルディナンドじゃと?!」
トレノの貴族の屋敷に押し入ったという賊の名を聞いたフライヤは、驚きの声を上げた。
「奴を知っているのか?」
ジタンは昼に隊商が、彼等に襲撃された事を知るよしもない。
「まぁな。それで?」
早速山賊のアジトに向かったジタンは、物陰に隠れて様子を伺った。うっそうとした森の奥の頑丈な作りの小屋の中に、見張りが2人いる他は誰もいない。これは好都合だと、ジタンは隠し持っていた魔物の好むという香を小屋の周囲に撒き、自分は木の上に隠れた。
「で、魔香に魅かれて現れたモンスターと見張りが戦っている間に、小屋に忍び込んで目的の物を手に入れたってワケ。狙った獲物は必ず手に入れるのが、俺達の掟だからな」
「…ついでに山賊の上前もはねたという訳か。ほんに呆れた奴じゃ」
実にあっけらからんと自分の武勇伝(?)を得意げに語るジタンに、フライヤは何と言って良いやら開いた口がふさがらない。
「だって敵に先を越されて、ただ目的の物だけを取り返すのは、盗賊のプライドが許さないだろ?」
そう言って口を尖らす様は、そこらの子供とたいして変わりない。
「で、地図とお宝を手に入れたはいいけど、トレノから思わぬ回り道をしたもんだから、途中で食料がなくなっちまって、それで…」
「それでこの隊商に目を付け、食料を盗み出そうとしたという事か。食料だけでなく、高価な荷も狙うつもりではなかったのか? え?」
エメラルド色の鋭い眼光に睨まれ、ジタンは懸命にぶんぶんと首を横に振った。
「二兎を追う者は一兎も得ず。目的の物を手に入れたら、余計なお宝にまで下手に色気を出すと失敗する。タンクラスの掟第2条だ。それに俺達は、真面目に商売してる奴からは盗まない。…その…食べるモン程度なら、まあちょっとはさ…」
バツの悪そうに小声でつぶやくジタンに、フライヤが大きく溜息をついた。
「まぁ良い。ジタンとやら、武士の情けじゃ。おぬしに何ぞ食べる物を見繕って来てやろう。代わりに…」
フライヤの剣が銀色の軌跡を描き、ジタンが腰に付けていた革袋が宙に飛んだ。それを白い手が受け止める。
「この宝石は食事の代金として貰っておくぞ。…この隊商には、一家の稼ぎ手をフェルディナンドの山賊一味に殺された家族が何人もおる。人の命は宝石では購(あがな)えぬが、彼等が今後の生計を立てる幾らかの足しにはなろう」
てっきりくって掛かって来ると思いきや、ジタンはあっさりうなずいた。そういう事情なら仕方ないな、とも。
「お宝の地図があればまたいつでも手に入れられるし、その宝石はお姉さんにあげるよ。その代わりに名前、教えてくれる? 綺麗なお姉さん♪」
ジタンの尻尾がぱたぱたと、期待するように揺れている。どうもこの少年と話をしていると、調子が狂う。
「…フライヤ・クレセント。ブルメシアの元竜騎士じゃ」
フライヤとジタン。後にガイアとテラの命運を賭け、戦いを共にする事となる2人の、何とも奇妙な出会いであった。